リボツナ4 | ナノ



4.




赤ん坊と戯れるツナを確認したゴクデラはいつものことだと分かったように頷いて、ひょいとその赤ん坊を抱き上げた。

「こいつはどこの赤ん坊ですか?見たことない面していやがるけど…」

とマジマジと顔を覗き込むゴクデラに少し垂れ気味の眉をピクリと動かしてもみじのようなお手々を閃かせた。
それを見たツナが慌てて間に入ろうとするも、時すでに遅し。

バチーン!

頬を撫でるなんてもんじゃない勢いで振りかざされたそれをマトモに喰らったゴクデラは、赤ん坊を抱えたまま強かに背中を壁に打ち付けた。
お星様やひよこがひらひらと回る視界の先で、その赤ん坊はフンと鼻をひとつ鳴らすと軽やかにゴクデラの腕から飛び降りた。

「ゴクデラ君!」

「じゅ…10代目…」

ガクリと崩れ落ちたゴクデラの前に座り込むと、その横で涼しい顔をしている赤ん坊を睨みつけた。

「おま、一体何が望みなんだよ!」

ツナを誘惑してどうしようというのか。
そもそも悪魔を天使が誘惑するなんて聞いたことがない。逆なら腐るほどよくある話だが。

悪魔の成り立ちは諸説あるが、大抵の悪魔は元天使だった者たちだ。
誘惑に駆られ堕天使となり、そして悪魔へと身をやつす。

ツナのご先祖さまは元天使長だったのだと言われていた。しかしツナはそれから数えて10代目となる末裔である。
血は薄れることなく受け継がれているが、それでも悪魔として最初から生を受けたツナは堕天使とはまた違う存在だった。

ツナたち悪魔と違い、そして普通の天使とも異なるこの赤ん坊は堕天使でもないのに悪魔を誘惑する力を持っている。
これも神の力なのかと思うとゾッとして、ツナはゴクデラを抱え込んで身を硬くした。

そんなツナの顔を見た赤ん坊はニィとさくらんぼのような可愛い唇をニヒルに押し上げて口を開きだした。

「ずっと以前からオレは神への信仰心を試すために存在してきたんだ。だがな、そんなことを繰り返して3千年も経った今、神への信仰心どころか神の存在すら否定する者が増えてきた。つーかぶっちゃけ飽きたんだぞ。」

「飽きたのかよ!」

「そうだぞ。それでどうせここに居座って人間を見続けなきゃならないんなら嫁でも娶るかと思ったところに現れたのがてめぇだ。」

「…意味分かんないんだけど?!」

分からないながらもよくない予感に、ゴクデラを盾にしながらズリズリと後ろに下がる。するとゴクデラがカッ!と目を見開いてツナの腕から顔を上げると赤ん坊に怒鳴り始めた。

「10代目に目を付けたのはいいがな、この方は次代の魔界を背負う方だ!たかだか天使なんぞにくれてやれるか!!」

「って、なんで君の了解が欲しいの!?」

いささか違う方向に話がズレたと感じたツナがそう戻そうとするも、それを待っていたらしい赤ん坊は可愛らしい顔をわざと冷たくして横を向いて呟いた。

「そうか?こんなヘロヘロでガリガリのみすぼらしいガキのどこがそんなにいいんだ?」

「なっ!!許せねぇ!10代目を愚弄するのだけは我慢ならねぇ!」

血の気の多いゴクデラがリングに赤い炎を灯したところを見て、慌てて止めに入るもすでに遅かった。

ゴウ!と血のように赤い炎に包まれたツナがその熱さに一瞬目を瞑ると次の瞬間、閉じ込められていた力が開放されて身体がふわっと軽くなる。
それは身体を押し込めていた枷が外されたといった感じに似ている。

ぶるっと一つ身震いしたツナは自身が本来の姿に戻ったことを知ってそっと横目で赤ん坊の様子を伺った。
赤ん坊の癖に顎に手を当ててこちらを見ていたとかと思えば、おもむろにこちらに向かって歩き出してきた。

「一瞬だけお前の名が見えたが、そいつの妨害があってフルネームまでは分からなかったぞ。」

途中で気付いたゴクデラがG文字に変えて詠唱したのだろう。
よくやったと誉めるべきか、どうしてこの姿に戻したのだと叱責するべきか逡巡していたところを赤ん坊はすべて無視してツナの足元へと近付いてその小さな両手を広げた。

「ツナ、抱っこ。」

名を呼ばれ、御使いの力に惹かれて、赤ん坊の言葉に従ってしまう。
ハッと気付いた時にはふくふくのほっぺが眼前に広がるほど赤ん坊との距離が近付いていた。

「かなり強力な力でここも隠されていたからな、ツナの力も封印されているんだとは思っていたが…ふむ、てめぇはなかなかの逸材だな。正直ここまでイイとは思ってもみなかったぞ。」

「あ…」

間近で見つめ合う行為に、蛇に睨まれたカエルよろしく身体が動かなくなってしまった。
赤ん坊を放り出して逃げ出そうと頭が指示を送っているのに身体はそれに従うことができない。

力が開放されて、少なくとも先ほどまでのヘロヘロ状態ではなく魔力も使えるようになっているというのにこの状態。
この目の前の赤ん坊は本当にただの御使いなのかという疑問が浮かんだところで、突然腕に痛みが走って驚いて視線をそちらに向けると…

「矢じり…?」

「そうだぞ。これをオレの足に打つとこうなる。」

ツナの腕を射た矢は一瞬の痛みがすぐに嘘のようになくなった。それに驚いていると、その同じ矢で赤ん坊は自分の足を打ち抜いた。
突如、ほわんと広がった痛みにも似た疼きに大きな瞳を瞬かせて自分の腕と腕の中にいる赤ん坊とを交互に見詰めて違和感を覚えた。

暖かいような、気持ちいいような、そんな不思議な感覚にツナは顔を歪めると腕の中の赤ん坊の腕が伸びてぐいっと強い力で顔を引き寄せられる。

「…なにする気?」

「誓いのキッスだぞ。」

「だからなんの誓い?!」

恐ろしいことに顔を振って動かすことも出来ない。
逃げ出したいという気持ちすら浮かんでこない自分に寒気を覚えて目の前の赤ん坊に訊ねると、可愛らしい赤ん坊姿のキューピットはその小さな唇をツナの唇に寄せて吸い付きながら答えた。

「決まってんだろ、伴侶の誓いだぞ。」

「決まってねぇぇえ!!」

理性が拒絶しても、本能が受け入れているせいで腕の中の赤ん坊のされるがまま口付けられているツナは、自分以外の誰かを…と探してやっと気が付いた。

「ゴ、ゴクデラくん…!」

「すみませんっ!すみません、10代目!!オレにはあなたとそいつの邪魔は出来ません!だって素晴らしく背徳的な美しさなんです。赤ん坊に逆らえない10代目はすげー綺麗ですっ!」

「ちょっと!」

何を言ってもムダなのは分かった。しょせんゴクデラも悪魔である。己の欲望には勝てない種族なのだ。
分かっているけれど、ここはどうにかして欲しかったと涙を流すツナの顔を見て赤ん坊はその小さい舌で眦の涙を掬い取った。

「旦那さまの名前は覚えとけよ。オレはリボーン。天使じゃねぇぞ、これでも神だ。」

「って神様ーっ!!?」

「ぬあぁぁあ!!ってことは、そいつはキューピットじゃねぇ、エロースです!10代目!!」

「なに、それ?」

鼻血を噴出し鼻を押さえながらもそう叫ぶゴクデラに、ちっともお勉強が身に付いていなかったことを暴露していると今度はゴクデラが泣き出した。

「うううっ…オレが付いていながら…どうやって9代目に報告すればいいんだ!」

「ちょ、だからどういうことなんだよ!」

おバカなツナは意味も分からずそう叫ぶと、腕の中の赤ん坊がまたも姿を変えてあの如何わしい男へと変貌してしまった。

「ぎゃーっ!嫌だ!オレは赤ん坊は好きだけどお前みたいなエロいヤツは大っ嫌いなんだ!」

けれどやはり身体は逃げ出す気配をみせない。
焦りに顔を歪めているとツナより頭2つ分は背の高い男は長い腕をツナの背中と腰に巻きつけて力強く抱きかかえた。

「ひぃぃいい!!」

「じゅ、10代目…!」

情けない声を上げる主従を無視して男ことリボーンは、前を隠すだけの布を取り払ってツナの魔族の衣装にまで手を掛けてきた。

「待て待て待てーっ!神は知らないけど、魔族は決まった相手としか交わらないんだよ!交われないんだって!」

「知ってるぞ。血を濁さないためだろ。安心しろ、ツナ。オレもこれからはお前一筋だ。それに悪魔も天使も元は神が創った存在だから子供が欲しいならオレがいくらでも創ってやるぞ。」

「そういうもん?!それでいいの!!?」

零れそうに見開いた瞳をリボーンに向けると力強く頷かれ、うっかり流されそうになってリボーンの息を胸元で感じるまで呆然としていた。
そこに瀕死状態のゴクデラの声が聞こえてくる。

「じゅうだい、め…いいんですか?すごく好きになった少女のことは…」

「あ、京子ちゃん!」

脳裏に浮かんだのは人間界で最初に親切にしてくれた少女の顔だった。
慌ててリボーンの頭を押し返すと、冷たく見える切れ長の瞳が悩ましげに眇めた。

「さっそく浮気か?悪魔とはいえ欲望に弱すぎるぞ。」

「って、お前に言われたくない!」

そもそも誘惑したのはリボーンの方だ。しかもキューピットの矢まで持ち出して心まで縛ろうとした。
いくら悪魔で、欲望に弱いからとてそれに唯々諾々と流されたくはない。

キッと睨み上げるツナを見て、その身体から起き上がるとあの黒いスーツが突然現れてまた身に纏ってからツナに手を差し伸べてきた。

「しょうがねぇ…まずはご両親に挨拶が先って訳だな?」

「違うっ!」

どこまでも話の噛み合わない2人だった。

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