リボツナ4 | ナノ



ナメた真似したら俺が殺す




講堂から聞こえる賑やかな声を余所に、出番まで待機を命じられている出場者や推薦者たちは一様に熱視線をこちらへと向けていた。
隣に居るこいつはいつものことだからか涼しい顔をしているし、視線を他へと向ければ覗き込まれるから気分転換さえ出来ない。
頼まれごとに弱い自分を今日ほど悔やんだことはない。
それでも一人、また一人と舞台に呼ばれて抜けていく待機所は人の密度が減ってきていた。
恥ずかしがり屋の女の子でもあるまいし、いつまでもリボーンにしがみついていられるかと顔を上げれば、突然後ろから腕を掴まれる。

「おぉ!やっぱメイクのせいじゃないじゃん!元がかわいーんだって!」

よろけそうになったオレを背後から抱き留めた男が顔を近付けながらそう叫んだ。
その言葉に隣の女の子が不満あり気に頬を膨らませる。

「そぉ?だって副会長ってV系のバンドしてるんだよ?メイクはお手の物じゃん。どーせ地は大したことないって」

わざとなのか、元からなのか、ギャルっぽい格好をした女の子と無精ひげを生やしたチャラそうな男は目深に被ったニット帽の奥から好奇の視線を投げかけてきた。
よく見ればこの2人には見覚えがあった。確か隣のクラスのお騒がせカップルだ。
つい先日、学祭の準備をしている生徒たちを見廻っていた雲雀さんが噛み殺したという噂が流れていた。
何でも準備もせずに人気のない教室でイチャついていたらしい。彼と同中ならば絶対しない暴挙だといえる。
1週間の謹慎処分が下されたとも聞いていたが、もう出てきていたのか。
隣のクラスということは、同級生ということで、オレのことを覚えているかもしれないということだ。
慌てて俯くとオレより少し低い位置から手が伸びてきた。

「何コレ?狙うにしてもやり過ぎじゃない?このガーターとか黒いストッキングとかさ」

鷲掴みにされたスカートの裾をひらりと捲られて太ももが露わになる。
自分でも情けないほど生っ白い痩せたももに黒いストッキングが少し喰い込んでいて見られたモノじゃない。
ギャル女の手から奪い返した裾を必死で押さえていると、今度は後ろに別の手が伸びてきた。

「ロリ顔に黒ガーターサイコーじゃん?!下着は?なあ、下着も黒?それとも縞パン?」

アホじゃないのかと叫びたくなるほどの台詞に目を剥いていれば、捲られる寸前で浅黒い手が目の前で捻り上げられる。
手を追って顔を上げると、リボーンが汚いモノでも触っているような顔でチャラ男の腕を締め上げていた。
余程痛いのか情けない悲鳴をあげる男は逃げようとして暴れるも振り解けない。
リボーンは無言のまま背後に捻り上げた腕ごと男に蹴りを入れた。
地べたに這いつくばって逃げ出した男を余所に、ギャル女はハートマークを飛ばしながらリボーンにすり寄ってくる。

「やだ、マジすごい!ホントに強いし、近くで見てもカッコいい!」

キャアキャアと騒ぎ立てながらリボーンに身体を擦り寄せるギャル女を見てムカムカした何かがせり上がる。
モテない男のやっかみだと思いたければ思え。
スカートの裾を握っていた手をそこから離し、胸を押し付けるように凭れかかっていたギャル女の肩を掴んだ。
非力ながらも男の端くれではあるオレは、力の限り後ろに引っ張るとリボーンからギャル女を剥がした。
なによぅ!とこちらを睨むギャル女の向こうで、リボーンが意味深に笑みを浮かべる。
自分のしたことの恥ずかしさは言われるまでもない。顔を背けて一歩横に距離を置くと、追うようにリボーンが隣にきた。

「…なんだよ」

またモテないだのと哀れまれるのかと身構えていれば、カツラの上から頭をグリグリと掻き回された。

「ちょっ!バカ…!」

容赦ない力のせいで外れそうになるカツラをどうにか抑え泡を喰いながら顔を上げると、リボーンはカツラの奥に手を伸ばしオレの頬を両手で包んだ。

「今度はオレのYシャツに茶色の猫耳もいいな」

「はぁ?」

そういう格好はフレンチに連れて行きたいという彼女にでもさせればいい。
オレがして楽しい訳ないだろうに。
などとリボーンを睨め付けている間にも、ミスコンは恙無く執り行われていたらしい。
気が付けばギャル女もチャラ男も消えていて、残っているのはオレとリボーンだけになっていた。
そろそろ呼ばれるだろうかと見える範囲で身なりを整える。
その横でリボーンも燕尾服のジャケットについていた埃を手で払って手袋を嵌めた。

「…お前ってさ、奉仕の心なんて欠片もないけどそういう格好似合うのな」

自分だと多分七五三になってしまいそうだが、こいつだと英国紳士…じゃないイタリアンマフィアも裸足で逃げ出しそうだ。
おかしい。ちっとも執事くさくないぞ。それでも似合うのだから羨ましいと素直に思う。
しかしながらメイド姿なオレと並ぶと確かにバランスはいいかもしれない。
この格好のお陰でいい目眩ましになっているのか誰もオレだとは気付いていない。
この調子で優勝狙えちゃったりするかも!と取らぬ狸の皮算用を始めたところで声が掛る。
慌てて呼ばれた方へと駆け出すと、リボーンが横から腕を差し出してきた。

「…掴まれってこと?」

わざとらしくエスコートするポーズを取るリボーンが憎い。
だけどここで突っ撥ねることも出来ないから、渋々リボーンの腕に手を添えてお祭り騒ぎになっている会場へと足を踏み入れる。
途端にわぁああ!という大歓声が広がって、そういう場に慣れていないオレは肩を揺らして掴んでいた腕にしがみ付いた。

『本日の台風の目!清純派メイドとフェロモン系執事の登場だぁ!』

お前プロレス実況と間違えてるんじゃないかと内心で突っ込みつつ、オレとリボーンとを取り囲むように入り口近くで騒ぐ人だかりを割りながら壇上へあがる。
異常に男子率が高いことに気付いて顔を引き攣らせていると、リボーンの手が肩に回ってきた。
だけど今はそれを振り払う余裕すらない。
同じクラスのヤツに見られたらヤバいんじゃないか。ドキドキと跳ねる心臓と、嫌な汗を感じながらもざっと下を見渡す。
一番端から手前にきたところでギャアと声が漏れそうになった。

「どうした?」

オレの挙動がおかしくなったことに気付いたリボーンが小声で訊ねてくる。
それに口をパクパクさせながら、前から2列目の右端にいる親友に目をやった。
オレの視線を追ったリボーンが、フンと鼻で笑う。
お前にとってはつまらないことかもしれないが、オレにとっては重大事だ。
逃げ出したいというより、逃げようと決めたオレが後ろに足を引くと、その下からフラッシュが光る。
何事だと光った方向へ視線を下げると、ケータイやらカメラを構えた男子生徒がオレのスカートの中を撮ろうと覗き込んでいるところだった。

「ひぇ!」

戻ることも出来ずに壇上の真ん中へと戻っていく。
そんなことに気付いていない司会がミスコンの進行を始めた。

『では、推薦者の方にお聞きします。彼女のチャームポイントは?またどこが可愛いですか?』

差し出されたマイクを一瞥したリボーンは、その下でまだオレのスカートの中を覗き込もうとしている数人に視線を落としたまま呟いた。

「…てめぇら、ぶっ殺されてぇのか?」

その一言と冷たい笑みを浮かべた顔に、男子生徒たちはステージの下から蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、少ないながらもいた女の子たちは興奮の叫びを上げた。


2012.09.19







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