唖然・騒然・依然いつもは余裕綽々の黒い瞳が驚いたように見開いてオレの顔を凝視している。 こいつのこんな顔を見るのは何年ぶりだろうかと逃避しかけたオレの横で、雲雀さんも横から覗き込んできた。 「君、ツナって言うんだ?」 まさかバレてなかったとは思わなかった。 毎日の日課の如く遅刻ばかりしているオレなのにと思えど、そういえばリボーンですら確認を取るぐらいなのだと気付く。 やはり副会長の助言通りこの姿で正解なのかもしれない。 姿見がなかったせいで似合っているのかおかしいのかすら分からないが、それでも引かれるほど酷い訳でもないらしい。 雲雀さんにバレて朝の検査でお小言が増えたら嫌だから曖昧に言葉を濁していると、今度はリボーンに腕を取られた。 「時間だぞ」 ぐっとそちらに引かれたせいで身体が傾ぐ。 履きなれない女物の靴のせいもあってリボーンの肩に額を押し付ける格好で転がり込む羽目になった。 だけど肩に回されていた手はまだ離れてはいない。 やはり追求されるんだろうかとそっと後ろを振り返るも、雲雀さんの視線はオレより高い位置にある顔を睨んでいた。 「ちょっと君、うちの生徒じゃないのに邪魔だよ」 いまにもトンファーを出しそうな気配に怯えているのはオレだけで、リボーンはいつものことながら面の皮も厚く自分より少し低い位置にある雲雀さんの顔を眺めながら返した。 「それがどうした。お前こそどうしてこいつを連れていこうとするんだ?行き先は鵜の目鷹の目で群がる生徒が押し寄せる講堂だぞ」 やはりというか、当たり前だが雲雀さんの眉が寄っていく。けれど腕はオレから離れていかない。 いくら人気のない生徒会室の前とはいえ、さすがに通りかかる生徒も居ない訳ではなくて汗が滲む。 そこに居るのが雲雀さんとリボーンなら尚更人目を引くからだ。 遠巻きとはいえ集まりはじめた人垣を背にリボーンと雲雀さんがオレを挟んだまま無言を貫いていると、間を縫うように放送が流れる。 『実行委員会よりお知らせです。18時より並盛高校平成24年度ミスコンを開催致します。参加者とその推薦者は17時30分までに講堂横の中庭まで集合して下さい。繰り返します…』 あと6分だぜという人垣から聞こえてきた声に、雲雀さんはオレから手を離してため息を吐いた。 「…いいよ、君が誰なのか調べさせるから。絶対に」 嫌な宣言を背中に受けながら、少しでも顔を隠そうと俯き加減でリボーンの腕にしがみ付く。 雲雀さんに知られるのも怖いが、他の生徒にバレるのも御免蒙りたい。 黒いかつらとエスコートするように伸びてきたリボーンの手のお陰で周りの視線から少し隠されてホッとする。 しかし、そんなオレたちを見ていた雲雀さんが何かを思い出したように声を掛けてきた。 「隣の男はアルコバレーノ高のリボーンだよね?確か中学は僕と一緒だった」 妙に記憶力のいい雲雀さんに内心で悲鳴を上げる。 顔には出さずドッと背中に汗を掻きながら震えていると、リボーンは人垣の真ん中でわざと立ち止まると雲雀さんの方へ振り向いた。 「あぁ、そうだぞ」 一刻も早く立ち去りたいオレと迫る時間を無視して会話が始まる。 「確か君は女子ばかりを連れていただろう?わざわざ群れるなんて悪趣味だけど、そういった意味でその子は除外されるんじゃない?」 バレちゃう!際ど過ぎるよ!と雲雀さんの言葉に身を硬くしていれば、リボーンはさもおかしそうに笑い声を上げた。 「一緒にするんじゃねぇ。悪ぃが昔っからこいつはオレの特別だぞ」 まあ、ある意味特別だ。幼稚園からのご近所さんだし、当時は本当に仲がよかった。 バカな約束もしたよなと懐かしんでいたオレの横から突然悲鳴が上がる。 「そんな…!本当なの?!」 リボーンににじり寄ってきた上級生らしき顔に見覚えがあると思っていれば、リボーンはその女子生徒に素気無く頷く。 悲鳴を上げて倒れ込んだ女子生徒の横で、獄寺くんの顔が見えてようやく思い出した。獄寺くんの腹違いのお姉さんだ。 バレては堪らないと慌てて顔を背け、リボーンに小声で耳打ちする。 「もういいだろ!遅れるから行くぞ!」 全然行きたくないが、ここで衆目を集めることはできるだけ避けたい。 リボーンのせいでチクチクと痛い視線が突き刺さりまくっている。 探るような、舐めるような纏わりつく視線を振り切って歩き出すと、やっと雲雀さんを構うことをやめたリボーンの手が腰に回ってきた。 「…何だよ」 変なところを掴むなと手を叩き落すと、それを見ていたらしい他の女子生徒が何人も声を上げた。 「ちょっと、今の見た!?」 「見た!どうしてリボーンさんの手を嫌がるの?」 「信じられない!」 という妬みや嫉み混じりの声に言い返したい気持ちを抑えて講堂へと足を向けた。 その後ろからハーメルンの笛吹き男に導かれた子どもたちのように、ぞろぞろと男子生徒が着いてきたことを知ったのはもっと後の話になる。 2012.09.13 |