リボツナ4 | ナノ



俺終了のお知らせ




ガランと広い生徒会室のソファの上で寝転がっている。
午後から一緒に展示を見て回ろうと獄寺くんと約束していたが、もうそんな気力も削ぎ取られてしまった。
リボーンに言われて気付いたが、もう1時間もしたらみんなの前で女装姿を披露しなければならない。
そろそろ着替えをと思えど、どうにもやる気が湧いてこないのだった。
どうして一般生徒であるオレが生徒会室に居るのかといえば、ここを着替えの場として提供されたからだ。
生徒会役員は学祭の進行と見回りで忙しいし、実習棟の一番上の端にあるから誰も近寄ることがない。
しかもご丁寧に立ち入り禁止の札まで掲げていて、人の気配すらない。
こうして秘密は守られていくのだろう。よかったと言うべきか、余計なことをと思うべきか。
重いため息を吐き出しつつ、ふと西日が差し込む窓の外を眺める。
先ほどまでパステル色の空と羊が群れているような雲が見えていたのに、今はオレンジと黄色に染められている。
こうして見れば確かに秋の空だ。
このまま家に帰りたいなと心の中で泣き言を零しながらもソファから立ち上がった。
そんなオレの足元に置かれているのは少し小さめのトランクが一つ。中には勿論衣装が入っている。
副会長から3日前に手渡されたそれは誰の趣味なのか聞き損ねたが、教えられても得もないのでどうでもいい。
手を伸ばしてトランクを引き寄せ、床の上に転がすと蓋を開けた。
渡された時に教えられた着付けの仕方を思い出して黒いワンピースを下から引き摺り出す。
その上に載せられていた猫耳は一旦取り出してソファの上に置くと、着ていたYシャツに手を掛けた。
すべてのボタンを外し、腕からシャツを抜き取ると床の上に放り投げる。
その内大きくなるわよ!という母親の期待を背負ったズボンはダボダボで、ベルトで辛うじて止めているだけの状態だ。
そんなズボンからベルトの拘束を緩めれば、いとも容易く床に落ちてトランクス一枚の情けない姿になる。
足を引き抜きパニエとかいうゴワゴワしたスカートを履いた。

「えーと、この上からワンピースだっけ?」

何でスカートの上にワンピースを着るのか分からないが、副会長曰く「そこが萌えどころだ!」ということらしい。
中のスカートのせいで横に嵩を増したワンピースの裾を引き下げると、今度は白いフリルで飾られたエプロンに袖を通した。
黒に白が映えて女の子が着ればさぞかし可愛いのだろうと思う。
しかし自分が着るとなると話しは別だ。

「男にこんな格好させても気持ち悪いだけだよな…」

しかし服のインパクトが強いから着ているオレの印象が薄れると言われてしまえば頷くしかない。
トランクの隅に押し込められていた白い袋を手に取って、中から黒く長いそれを引っ張り出した。
自分の髪とはまったく違う、艶々と流れるような黒かつら。
ツンツンと跳ね放題の自前の茶髪をネットに押し込め、どうにかはみ出なくなったことを確認してから頭に載せた。
それにしても背中まであるかつらの毛先がもぞもぞして気持ち悪い。

「あとは下着か」

ブラジャーは回避できたが下は替えろと言われている。何でと訊ねると副会長は真顔で答えた。

「トランクスだと見えた時バレるって…見えた時点で終わるだろ!?オレの人生なんだと思ってるんだよ!」

それにしても女物の下着というヤツは面積が少ないものだ。
これが憧れの京子ちゃんの物だったらよかったのに、何が悲しくて男の自分が履かなければならないのか。
身に着けたワンピースの裾の短さを確かめてまたため息が漏れる。
膝より上にある裾は少し歩くだけで今にも見えてしまいそうに頼りない。
つまりは下着を替えておかないと、前は手で隠せても後ろや裾から見えた場合にヤバいことは分かる。
がっくりと肩を落としてスカートの中に手を入れ、トランクスのゴムに指を引っ掛けた。
スルリと足元に落ちたそれを跨いで、ソファに置いておいた下着に手を掛ける。が…

「…そういえば、下着を履く前にこれ着けろって言われてたっけ?」

腰骨に引っ掛けて履いてみると、先にリボンのついたゴムが4つ腿の前後にぶら下がる。
先に履いた黒いストッキングの端を垂れ下がるゴムで引っ張り上げ、それからようやく下着に足を差し込んだ。
誰の趣味なのか知らないが、光沢のある薄手の下着は可愛らしいピンクのレースが眩しい。
やはりというか、当たり前だが前の収まりが悪くてモゾモゾ位置を動かしつつグッと深く引き上げた。
スカートをたくし上げ、下着を晒したままの姿は誰に見られるものじゃないと思っていたのに。

「誰だい?ここは立ち入り禁止だと…」

「ひぃぃ!!」

足音もなく突然現れた人物に悲鳴を上げる。
人が近付いてくる気配もなかったが、彼なら当然かもしれない。
並高の恐怖の番人、雲雀恭弥が扉の向こうに立っていた。
恐怖と羞恥と、それから情けなさにしゃがみ込む。
彼には男女の区別などないし、そもそもオレは男だから容赦してくれる筈もない。しかも妙なものを見せてしまったし。
顔を伏せてどんな制裁が加えられるのかと震えていれば、ふぅんと声を出してこちらに近付いてきた。

「…ひょっとして今年の女装枠?」

声も出せずに必死で頷くと、雲雀さんはオレの背後で立ち止まった。

「立ってみなよ」

言われるまま立ち上がると裾を手で押さえながら向き直る。
少し長めの黒い前髪の隙間から雲雀さんを伺い見れば、腕を組んだポーズでオレを眺めていた。
上から下まで何度も行き来する視線に肩を窄めて縮こまる。

「すみません…!変なものを見せてしまって!」

懐からトンファーを出していなくてよかった。だからこの隙に逃げ出そうと頭を下げて足を横に踏み出すも、追うように雲雀さんの手が前に現れる。
絶対絶命か?!
じんわりと汗が滲み出て、パニック映画の主人公さながらに焦りと恐怖で心臓が跳ねた。
やはり制裁は確定かと思えば雲雀さんから視線が外せない。
目の前の手がオレに向かって伸びてくる。
内心の悲鳴を抑えるように口に手をやってぎゅうと目をつぶるも、身体に衝撃はついぞ感じられない。
恐る恐る瞼を開き、顔をあげると雲雀さんは間近に迫っていた。

「あのー…」

殴られそうではないが、今の状況が分からなくて戸惑う。
雲雀さんの手は何故かオレのワンピースの裾を摘まんでいて、少しムッとしたように見える顔ながらも噛み殺されそうな殺気はなかった。

「ねぇ、この裾もっと長くならないの?」

「え?あー…今はムリです」

オレには裁縫なんて出来ないし、出来たとしてももう時間がない。
ふうんと面白くなさそうに頷いた雲雀さんが、裾からやっと顔を上げた。

「僕は膝丈が好みだよ」

「はぁ、そうですか」

どういう意味だろうかと首を傾げていれば、雲雀さんの腕が肩に回ってきた。

「あ、あれ?」

引かれるように肩を抱かれ、雲雀さんに寄り添う形で足が床を蹴る。
上靴と違いヒールのある靴のせいで上手く歩けないオレに合わせるように添えられた手に驚いて横を向くと、雲雀さんと視線が合った。

「そろそろ時間じゃないの。付き添ってあげる」

「ととと、とんでもないっ!結構です!」

というか、冗談じゃない。
リボーンとだって御免なのに、雲雀さんがミスコン会場に現れたら絶対パニックになる。
群れるのが嫌いな人がどうしてあんな場所に行くなんて言い出したんだ。
しかもオレを連れて行けば注目度は臨界突破間違いない。興味本位で探りを入れられてオレだとバレてしまうかもしれない。
遠慮させて頂きたいと慌てて両手を左右に振るも肩に回された腕は緩む気配もない。
オレの気持ちなんて知ったことじゃない雲雀さんは、ソファの上に置いておいた猫耳に気付いたのか方向を変えて手を伸ばした。

「これも君の?」

「そうですけど!」

黒髪に合わせたのか、はたまたワンピースに合わせたのか黒い猫耳をカポンと頭に嵌められる。
それを見た雲雀さんが満足げに頷いて、また歩き出した。

「ちょ…っ、あの!」

このままこの部屋から出たらオレが終わる。
だけど雲雀さん相手に逃げ出せる気がしない。
どうしたらいいんだとパニック状態のオレが、部屋から一歩踏み出したところで別の声が掛った。

「ツナ、か…?」

終わった。


2012.09.11







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