来るな!いや来ないでください!オレからなけなしの食券を奪いフランクフルトを2本手にした男がついてきている。 いわずもがな、リボーンだ。 どうしたことか今日は取り巻きの女の子の群れが見当たらないが、オレには知ったことじゃない。 というか、どうしてオレの後ろをリボーンが歩いているのかすら分からない。 話しかけてこないのだから、たまたま同じ方向に向かっているだけなんだろうと思うことにして前に向き直る。 すると自分のクラスである1−2の扉の前から、女の子たちの人垣を割って飛び出してくる人影が見えた。 よく見知った鈍い色の銀髪は一見すると地味な印象を与える。 けれどその雰囲気を覆すような鮮やかな緑の瞳と繊細な顔立ちが見事に外見のイメージを払拭してみせていた。 いいのか、悪いのかはともかくとして。 そんな緑色の焦点がオレに重なった途端、オレにだけに見せる子どもみたいな笑顔が勢いを増して近付いてきた。 「沢田さん!」 「あ、獄寺くん」 お待たせと上げた手を、何故だか後ろから掴まれて驚く。 「な…?」 なんだと振り返ると、フランクフルトを一本喰いおえたリボーンがオレの手を握っていた。 「……」 「……」 どう言葉を掛ければいいのか迷うオレと、そんなオレの顔を見ているだけのリボーンとの間に沈黙が降りる。 とりあえず手は離してもらいたい。今は学祭の真っ最中で、自校の生徒も他校の生徒もついでに教師も見回っているのだから。 近隣では有名人らしいリボーンと、地味で目立たないオレという取り合わせに周囲の視線が集まってきている。 「離せって」 言って手を振り払おうとするも、掴まれたままの腕はビクともしない。 意地になって力を込めても同じだ。 この!このっ!と真剣になるオレを見詰めていたリボーンは、随分と低くなった声をなお低くしてボソリと呟いた。 「猫み…」 「ひぃぃいい!」 被せるように大声を上げたオレにリボーンはうっすらと笑みを浮かべて口を閉じる。 ひょっとして脅されているのか。こんな場所で、こんなに人目を集めた状態でバラされたらオレの学校生活が終わる。というか人生も詰む。 上目づかいで睨むも迫力なんてないことは自覚している。 やはりというか当然というか、リボーンは眦を緩めただけで面の皮一枚傷ついていない。 やってられるかと余計に腹を立てながら、リボーンに掴まれていない方の手でリボーンの腕を握り返すとその場を離れる。 後ろから獄寺くんの声が追ってきたが、ごめんと断って人気のない場所へと駆け出した。 実習棟は文化部の展示がある。だから今、人気のない場所を探すとなると校舎の裏側にあるベンチも芝生も植えられていないクヌギが数本だけある場所しかない。 不気味なほど大人しくオレに手を引かれるまま後をついてくるリボーンにちらりと視線をやる。 すると掴まえていたオレの手から腕を抜き取って、クヌギに手を掛けるとオレをそこに押し付けた。 身長の違いを見せつけるように上から覗き込まれる。 そういえば一度としてこいつより身長が高かったことなどなかったなと、どうでもいいことを思い出して唇を噛んだ。 「な、なんだよ!」 相手のでかさに気後れしたことを悟られまいと、ついつっけんどんな口調になる。 そういえば昔からそうだった。 リボーンは出会った頃から態度が尊大で、オレ様で、そして理不尽なことばかり要求する癖に何故か最後にはヤツの言った通りになる。 同い年だと思いたくないほど余裕があって、いつでもオレは取り残された気分を味わっていた。 バカだけど、頭のレベルなんて比べようもないけど、それでも同じ場所に立っているのに、リボーンだけ別の方向を向いている気がして悔しい思いをしたのだ。 嫌なことまで思い出しかけて慌てて首を振る。 そんなオレを見下ろしていたリボーンは、上から覆いかぶさるように顔を寄せてきた。 「オイ、さっきのヤツは誰だ?」 「は…?獄寺くん、のこと?」 オレに話し掛けたのは彼しかいないよなと思い出しつつ、そういえばリボーンとは面識がなかったのだと気付く。 獄寺くんは高校に入学してから話すようになった友だちだ。 それがどうしたのかと首を傾げていると、上から苛立ったような声が聞こえてくる。 「で、ミスコンの推薦者は山本じゃなくあいつなのか?」 「違うよ!っていうか、うああぁ!!お前のせいで頼むの忘れちゃったじゃないかっ!」 どうやら山本は覚えていたらしい。なんていうのはどうでもよくて、肝心なことをオレは忘れていた。 そもそも誰にも秘密にしなければならない理由は、後の高校生活を思えば理解出来ると思う。 女装したなんてバレれば、きっと一生笑い話のネタにされる。 だから審査員をする教師や生徒会長、各委員会の委員長にさえ内緒で選ばれるのだ。 選出方法は2、3年にアンケートを行い、一番得票数が多かった者が生贄にされる。 しかし秘匿義務が発生するため、副会長一人ですべての事を運ぶのだと伝えられていた。 今年の副会長はオレと同じ1年だ。 名前は何といっただろうかと考えていれば、リボーンは眉を寄せて険しい顔で迫ってきた。 「なら誰にも言ってねぇんだな?」 「言えるか!」 何が悲しくてミスコンに女装して参加しますなんて友だちに言えようか。 それでもミスコン参加には一つだけ条件があって、誰かに推薦して貰わなければならない。 山本が一番気楽に頼めるのだが今日は野球部の用事があってダメみたいだし。 ならば獄寺くんにお願いしようかと思っていたのだが、リボーンのせいでそれも出来そうにない。 単純に時間がないからだ。 オレにはこの2人以外の友だちがいない。というか、2人以外に頼むと即座に噂を広められそうで怖くて出来ない。 いっそバックれてしまうのも悪くないと思っていれば、リボーンが鼻を鳴らしてオレの顔を覗き込んできた。 「だったらオレが推薦してやろうか?」 「へ?」 言われた意味が飲み込めなくて、オレの視線に合わせるように落とされた黒い睫毛の先を見詰めた。 「だから、オレがお前を推薦してやるぞ」 「って……、ええぇ!」 ミスコンとはいえそれほど厳密に行われるものでもない。突発参加も受け付けするような、誰でも参加できる気楽なものだ。他校の彼氏に推薦されて出る子もいる。 だけど、どうしてリボーンが? 「そろそろエントリー終了時間だろ?オレが出してきてやる」 「いらないって!」 はっきり言って大きなお世話だ。 嫌だ嫌だと逃げ出そうとするオレを後ろから羽交い絞めにすると、リボーンは手をジャケットの合わせに突っ込んで内ポケットを探りはじめた。 「ヤ…!だめっっ!」 面白がってかシャツの上から胸を揉まれて驚いた隙に、内ポケットからエントリー用紙を抜き取られた。 ひらひらと掲げたそれを持ってリボーンが背を向ける。 妙な触られ方をしたせいで足の力が抜けたオレは、地面にペタンと座り込む。 「かっ返せよ!」 しゃがみ込んだまま往生際悪く声を上げて手を伸ばしたオレに、リボーンは肩を揺らして笑いながら用紙を持った手を振る。 「時間になったら迎えに来てやるぞ」 「いらないって!来るな!」 言うまでもなく、リボーンは人の話をきくような性格ではない。 2012.09.10 |