リボツナ4 | ナノ



笑顔は無料生産できません




長かった夏休みが終わり、残暑というにはあまりにも暑い日が続いていた。
暦の上では秋だとか、朝晩は過ごしやすくなってきたとはいえ、学校にいる時間帯は真夏と変わらない気がする。
しかも今、自分の目の前には大きな鉄板とそれに見合ったバーナーが火を吹いているのだ。暑くて当然かもしれない。
夏休みの間、故あってずっとエアコンのある自室に籠りきりだったせいで余計に暑さが身にしみる。

「沢田!何サボってんのよ!早くフランクフルト焼いてよ!!」

「…ちぇっ」

労いの欠片もない隣の女子からの抗議の声に小さく舌打ちしつつ、けれど大っぴらに反抗することも怖いから聞かれないように俯いた。
新学期が始まったばかりだというのに学祭なんてこの学校ぐらいのものだろう。
文化部は夏休みの間に準備が出来るとはいえ、運動部なんて県大会が終わったばかりだというのに、だ。
親友でもある野球部所属の山本は、これからの部費がかかっているという名目で執事カフェなる出し物の給仕を休憩なしでさせられている。
今日は昼に一緒に校内を回ろうと約束していたのだが、結局は野球部のマネージャーとカフェを楽しみにしていた女の子たちの懇願に負けて反故になってしまった。
まあ約束を果たしたら果たしたで、オレが女の子たちから吊るし上げられるのでよかったのかもしれないが。

それにつけても熱い。いや、暑い。
鉄板から立ち上るバーナーの火力でフランクフルトだけではなく、オレもあぶられている。
背後から入る風は鉄板から立ち上る熱気に煽られて焼け石に水といった状態で、首からぶら下げたタオルで顔を拭うも額に浮かぶ汗は一向に引きそうにない。
交代が来るまであと20分。
昨日は2時間このフランクフルトを焼く係をしたせいで2キロも痩せた。今日は何キロ痩せるだろうか。
女の子ならいいダイエットだと喜ぶかもしれないが、生憎とオレは男でしかもどちらかと言わずとも痩せ気味なので嬉しくもない。
ふと、痩せるという一言で思い出したのは昨日の一コマだ。
学祭の1日目を終えてどうにか家に帰り着くと、向かいに住む同級生の男が何故か玄関の前に立ちはだかっていた。
ちなみに友だちではない。
頭の出来が違うから通っている高校も別だし、最近では会話もしてないのだから幼馴染という括りも憚られる。
相変わらず女性関係が派手だとは聞いてはいたが、オレには知ったことじゃない。
こいつの顔を見たのは何ヶ月ぶりだろうかと考えていると、目の前の顔が口を開いた。

「遅かったな、ツナ」

そう言われて今が何時なのかと首を傾げる。
制服のズボンのポケットからケータイを取り出すと、20時を少し過ぎたところだった。
確かに早いとは言えないが、学祭の1日目なんてこんなものだろう。片付けを済ませ、翌日の準備をしてきたのだから早いぐらいだ。
正直にいえばもうクタクタで、こいつの相手をする気力もない。
昔からこいつとは反りが合わなかったオレは、逃げ出したい気持ちでため息を吐くと、横を通り抜けようと一歩前に踏み出した。

「用があるならさっさと言えよ。ないなら退いてくれって」

自分より随分と大きく育った相手に視線を合わせることも煩わしくて、ボソリと俯き加減でそう呟けば、行く手を阻むように横から手が伸びてきた。

「勝手に逃げんじゃねぇ…っと」

ウエストに回された手が確かめるように絡み付いてくる。
思いの外近付いてきた身体にギョッとして肩を揺らすと、それを追うようにもう片方の腕まで回されて固まった。

「お前、また痩せたのか?中学ん時より細くなってんじゃねぇか」

「バッ!離せって…!」

言われた台詞より回された腕に驚いて、押し退けるように手を突っ撥ねると、どうにか相手の腕から抜け出せた。

「何するんだよ!」

突然の接触にドキドキと煩い心臓を知られまいと大声を上げれば、相手は肩を竦めて身体を離した。
少し空いた距離にホッと息をつく。
そんなオレを見透かしたようにもう一度顔を近付けてリボーンは黒い瞳をわずかに眇めた。

「そんなんだから後夜祭で猫耳メイドに抜擢されるんだぞ」

「んな!」

誰にも知られていない筈の事柄をさらりと告げられて飛び上がる。
そんなオレの反応を見たリボーンはクツクツと低い声で笑った。

「やっぱりか…お前の学校は毎年一年で一番華奢な男を女装させて後夜祭のミスコンに参加させるんだろ?」

ハメられたと知って睨み付ける。

「何で猫耳メイドなのか知ってるか?」

知る訳がない。オレが知っているのは、何故かオーダーメイドのようにぴったりだったメイド服の着心地だけだ。
それよりもどうしてこいつがそれを知っているのか。
毎年うちの学校は後夜祭にミスコンを開催している。
最初は誰に投票しようかと気楽に構えていたオレは、生徒会の副会長だという男に突然拉致られた。
誰も居ない放課後の役員室で、相手は見ず知らずの上級生のみ。
何か目をつけられたのかと怯えていると、突然オレの前で副会長が土下座をした。

「この通りだ!男の君に頼むのは本当に忍びないが、毎年の行事なんだ!男らしく女装して今年のミスコンに出場してくれ!」

意味が分からない。男らしい女装って何なんだ。
しかし額を擦りつけて頼みこんでくる相手に、対応が遅れていれば相手はそこを突いて畳みかけてくる。
気が付けば審査員にも一般生徒にも秘密の女装ミスコン参加が決定されていたという訳だ。

思い出すだけで気分が落ち込むから、敢えて思い出さないようにしてきたというのにどうして他校生のリボーンが知っているのだろうか。
ひょっとしたら秘密だというのは建前で、実はみんなオレが女装することを知っているのか。
顔色を変えてリボーンを覗き見ると、まるでオレの心を見透かしたように首を横に振った。

「安心しろ、他のヤツは知らねぇ」

本当かよと猜疑の目を向けるオレに、リボーンはまた顔を近付けて囁いた。

「明日のフランク、2本な」

「っ!?」

どうしてフランクフルトを焼く係だと知っているのか。しかもたかりに来る気なのか?
それを訊ねる前に、リボーンは背中を向けて去っていった。

などという不毛なやり取りを頭から振り払うように首を振って追い出す。

「あと少しだし、もう来ないよな?」

手元に放置されたままの誰かの時計に視線を落とせば交代の時間まで5分しかない。
そろそろ代わりが来る頃だと噴き出る汗をタオルに押し付けていると、頭の上から2本と声が掛った。

「あ、はい。フランクの食券2枚で…」

と精一杯の愛想を浮かべて顔を上げた先には、今一番会いたくなかった顔があった。

「ついでにスマイルもつけろよ?」

誰がそんなものつけてやるものか。



2012.09.08



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