リボツナ4 | ナノ



3.




こんなことになるなら、さっさと帰っていればよかったのだと後悔してももう遅い。

あの男がこの部屋に居つくことになって既に3日は経とうとしていた。
慣れない掃除に苦戦しながらも、どうにか人が座れるスペースを確保したそこにソファを持ち込んで居座りだした男を追い出そうとして3日になるということでもある。

だからといってリングで魔界への通路を繋いで逃げ出すことも出来ずにいた。
何故ならリング使用の際には名を詠唱しなければならず、名を知られたくないのだから当然といえば当然といえた。

今も偉そうにソファの上で足を組む男の顔をラグの上で胡坐を掻きながらチラっと覗き見ると、すぐに気付いた男がニヤリと凄味のある笑顔をこちらに向けた。

「どうした、そろそろ降参するか?」

「まさか!」

正直、ヘロヘロのヨレヨレだったがそれでも男に名を知られるぐらいならば死ぬ気で頑張ろうと思うほどにはツナにも悪魔としての意地があった。
3日間一緒にいて分かったのは、男はやはり人間じゃないということだけだ。

ツナと同じく眠ることはなく、そして食事もしない。悪魔は人間の欲望を力に還元して取り込むのに対し、天使や御使いたちはそういった力の摂取すら必要としない。
ただし、神を信じる心や清らかな思いとともにある筈であった。

「…大体さ、どうしてオレのところに居座ってるんだよ。」

そこが不思議なところである。
ツナは悪魔である。神を信じる心も持ち合わせていなければ、清らかな思いなどというものもない。
そもそもこの男は人間を誑かしてその精を搾取していたのだ。だとしたら悪魔なのか。

答えは否だ。

淫魔の類ならこれほどの力はない。下級悪魔が人間を誑かすのは精を搾取するからではなく人を淫猥な行為で自らの虜にさせるためだ。
上級悪魔ならば…とも考えてみたが、どの魔族にも該当するような力ではなかった。

悪魔でもなく、天使でもない。
だとしたらなんだと考えてみるも、勉強をサボってばかりいたツナには思い出すことが出来ずにいた。

それにつけてもそろそろ力の限界だ。
男の監視を逃れて魔界に逃げ出そうとすること数十回。その度に真横に突然現れたり、後ろから尻を撫でられたり、ついでに押し倒されそうになったりと散々な目に遭っている。

どうしようかと途方に暮れていると、突然男がソファの上に倒れこむようにうずくまりはじめた。
うっ…!という苦しそうな声にこれでぽっくり逝ってくれればいいのにと心底思って眺めていれば、ボン!という音とともに白い煙が立ち上りそれに包まれた男が消えて中から赤ん坊が現れた。

その赤ん坊は天使独特の頭の輪っかに腰を覆うだけの布地、それから手には弓矢が握られていた。
その姿に見覚えがあるツナは絶叫を上げた。

「えええぇぇぇえええ!!!?おま、キューピッドだったのか!」

「煩ぇ。」

不機嫌そうに眉を顰める赤ん坊は、ちっちゃな紅葉のお手々を振り上げるとツナの顔をバチーンと張り飛ばした。
なりは小さくなれど、中身もその力も同じだった。
思い切りよく叩かれたツナは頭を庇いながらもまん丸お目々の赤ん坊ににじり寄っていった。

ふくふくのホッペは薔薇色をしていて、小さい鼻も口も眩いばかりに可愛らしい。長い睫毛に濡れたように輝く瞳は清らかな天使そのものだった。

可愛いもの、特に小さい子供が大好きなツナは不愉快そうに口をへの字に曲げている赤ん坊にそっと手を近づけていく。
張り倒されることも予測済みだが、それでも少しだけなら触れるんじゃないのかという淡い期待に背けなかった。

恐る恐る近づけた手は意外や叩き落されることはなく、そのまま赤ん坊のホッペをゆっくり撫でると大きな黒い瞳がくりんと下からツナを見詰め返してきた。

「なんだ?お前幼児が好きなのか?」

「うーん、特にどうこうしたいって訳じゃないんだけど…うわ、つるつるでふくふくだ!」

赤ん坊の頬の薄い皮膚の手触りを確かめていると、手の平の中の赤ん坊の顔がニヤリと覚えのある表情を作った。その顔を見てやっと自分の失態に気付いたツナは慌てて赤ん坊から逃げ出そうと飛び退いた。

「だったら最初からこの格好で迫りゃよかったんだな。お前は悪魔だ。悪魔は欲望に弱い。なぁ、お前の名前はなんだ?」

飛び退いたツナの上に飛び掛ってきた赤ん坊は、自分の可愛らしさをよく知っている顔でにっこりと微笑みかけた。まさに天使の笑顔。うっかり流されかけて、それでもどうにか思いとどまることが出来た。

赤ん坊の言う通り、悪魔のツナには一度自覚した欲望を抑えることは難しい。
触りたい、撫でたい、抱っこしたい!という可愛いものではあるものの、それも欲には変わりがない。

だがツナにも分かっていた。

「いいい嫌だっ!言うもんか!お前はあの卑猥な男なんだ!忘れてないんだからな!風呂に入ろうとする度に服ん中手ぇ突っ込んできたのも、居眠りしてたらパンツまで脱がされそうになったことも!どんなに今は可愛くっても中身はあいつだっ!ってか、キューピッドがなんであんな卑猥な男になるんだよ!」

詐欺だ、異常だと騒いでいると、ツナの上に座り込んだ赤ん坊がやれやれと深くため息を吐いた。

「お前勉強してねぇだろ?キューピッドってのは天使じゃねぇ。本来の姿はエロースっつうあの姿だ。この姿はあくまで仮の姿であって、あっちの方が元のオレだぞ。」

「だったらなんでこんな可愛い姿になるんだよっ!」

あのままだったらいくらでも拒否できたのに!とふくふくのホッペに触りたい衝動を押さえ込んでいると、オレの手をついっと取り上げた赤ん坊はその頬に押し付けた。

「可愛いだろう?抱っこしたいだろう?いいんだぞ、思う存分抱き付いても。お前がオレのこの姿にメロメロに溺れたらイイことしてやんぞ。」

「嫌ぁーー!!」

思わず目の前の赤ん坊と素肌のふれあいを思い描いてしまったばかりに、いつもはまったく大人しい部分がなんだか熱くなりはじめて視界が滲み始めた。
悪魔には禁忌もなければ、掟もない。
だけどこいつとだけは交わりたくないという思いだけは捨て切れなかった。

ジタバタと赤ん坊から逃げ出そうともがいていると、目の前の空間がいきなり歪んで、そこから見覚えのある顔が突如、にゅっと現れた。

「…10代目?何していらっしゃるんですか?」

右腕兼、お目付け役のゴクデラその人だった。

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