リボツナ4 | ナノ



2.




玄関を開けたら美人が居た。
うん、恋人のいない独身男の休日という状況においてはおいしいと思われる。
けれど頭上30センチから零れた声がそれを裏切った。
自分でいうのもなんだが、ダメツナとは思えないほどの速度でドアノブを内側に引き寄せるとガチャンと鍵をかけて玄関を締め切る。

「コスプレなら余所でやれよ!」

そう、なにもココでやる必要はない。
日本にはコスプレ文化が根付いているので、休日になればそういった催しも開催されていたりする。そこで披露してくればいい。
先ほどの美女の格好をよくよく思い返してみれば、あれは最近自分がハマっているギャルゲーの攻略対象ではない女教師のコスプレだった。
攻略対象ではないことを惜しく思ってはいたが、それを誰かに告げたことはない。
勿論ギャルゲーをプレイしていることを含めてだ。
相手の調査力と洞察力に戦慄さえ覚え、心の底から帰って欲しいと願いつつ玄関のドアにしがみつくように耳を押し付けそばだてた。
そんなオレのチキンハートを熟知している相手は、フンと鼻を鳴らして扉の向こうで笑う。

「どうだ?等身から衣装、メイクに至るまでパーフェクトに模倣してみたんだぞ」

偽乳を反らしてポーズまで決めているだろうことも分かってきた。あいつは多分そういう男だ。
どうして貴重な休日をこんなくだらないことで潰されなければならないのだろうか。
どういう訳なのかあいつには拘りがあるらしく、オレの許可なく住居に侵入してくることは今のところない。
ゆえにここでオレが折れなければ勝ちだ。
そんな攻防戦をかれこれ3度ほど繰り返していた。
つまりは追い返すことが今日も出来れば、恋人も親友もいない一人きりの時間が約束されている。
……嬉しくないが。
自分の情けなさに少しだけ沈みかける。それに気付いたオレはイヤイヤいかんと首を振って、自らを鼓舞するように声を上げた。

「帰れ、この変態!アリカ先生はそんなにデカくない!全世界のアリカ先生ファンに謝れ!」

やけくそ気味に大声で追い払おうとするも、ドアの外の相手はそんじょそこらの一般人とは訳が違った。

「ハッ!馬鹿言ってんじゃねぇ。あの等身を生身の人間で再現するならこれぐらいになるんだぞ。じゃなきゃ頭が異常に小さい人間だってこった」

「うぐぐ…ぅ」

確かに8.5等身を再現するなら、あの身長は妥当かもしれない。
つまりは扉の向こうの相手が8.5等身であるという証拠を突き付けられた訳で、そこは受け入れざるを得ない。
しかし。

「だっ、だからって毎週毎週うちに来るなよ!いい加減にしてくれって!」

いくら勧誘されようとも、この扉の向こうの人物の話を聞く気はない。
今はアリカ先生のコスプレをしている男の名はリボーンという。
どうやら実家の差し金で派遣されたらしい『恋愛コンサルタント』なる怪しい肩書きの人物だ。
ドア越しの攻防の末掻い摘んで聞いた話を総合するに、こいつはオレの恋愛相談役ということらしい。
恋人の一人もいないオレを憂いて実家が差し向けたお節介と下心たっぷりのお目付け役だ。

オレの実家というのは代々続いている芸能事務所の一家で、親戚には大御所と呼ばれる俳優や歌手を擁している珍しい芸能一族でもある。
従兄には危険の香りというよりも地獄への階段を登らせてしまいそうなロックバンドや、甘いマスクで世の女性という女性を陥落させしめる縁戚も在籍していた。
だったら何もオレみたいな青二才が継がなくてもと誰でも思うだろうが、どっこいオレでなくてはという理由があった。
傍迷惑にも程がある理由が。

自分でも情けないと自覚しつつ、それでも逃げ出したい一心で玄関扉の向こうに神経を集中していれば、呆れたようなため息が漏れ聞こえる。

「ふざけんな、どうしてなのか分かってんだろ。こっちの予定も詰まってんだ、余計な手間掛けさせるじゃねぇ」

「知らないよっ!いいだろ、もうほっといてくれよ!」

ドアの向こうの人物のことは名前と顔と肩書きぐらいしか知らない。
だけど実家の差し向けた人物であるというだけで、オレには十分だ。
うだつの上がらない会社員などをするより、身を固めて稼業を継げということなのだろう。大きなお世話だし、頷ける筈もない。
ダメツナはダメツナらしくしていたいだけなのに、何がいけないのか。
屈してなるものかと息を潜めて扉の向こうの気配が立ち去ることをまっていると。

「あらぁ?沢田さんのお宅に何か御用かしら?」

ドア越しでもはっきり聞き取れる声に目を剥く。
あの少し年嵩の女性の声は…

「あの!こんにちは!この人はそういんじゃなくて…っ!」

考えるより先に動いた身体が玄関扉を押し開けて、目の前の手首を握りしめてドアの中へと押し込める。
現れた女性はこのアパートの管理人の娘さん、というにはいささかとうがたっ…イヤイヤイヤ!
つまりは近所付き合いを円滑に進めるために、いらぬ誤解は避けたいのが本心だ。
独身寮という訳でもないのにやたらと独身男性ばかりが入居しているこのアパートは、お世辞にも綺麗とは言い難いながらも賃貸料は格安の物件なのだ。
自分のように低所得者にはありがたいアパートだといえる。
気に入られたいとか、気があるとかでは決してないが、それでも女を連れ込んだなんて誤解された日には管理人の奥さんからの「早く出ていけ」攻撃が始まるらしいから必死にもなる。
我ながら卑屈な笑みを浮かべながら、しどろもどろに言い訳をするために口を開こうとするも、管理人の娘さんは興奮気味にうちの玄関扉に手を掛けると覗き込んできた。

「まあ!沢田さんの知り合いにこんな素敵な方がいたのね!?ねえ、どうして隠すの?よかったら紹介して!」

「って、えぇ?」

自分より美人な保険のセールスレディは追い返すという噂だが実はそうでもなかったのか?と訝しみながらも後ろを振り返って驚いた。
先ほどまでのコスプレ女装姿が嘘のように、ブラックスーツに黒い帽子を目深に被った男が居たからだ。


2012.08.16







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -