1.寝苦しさに目を開いた。 いつの間に寝ていたのか、片手をタブレット端末に押し潰されバンザイの格好を続けていたのだろう…肩から腕にかけてしびれにも似た痛みがある。 動かない腕を敷布団とタブレットの間から引き抜くと、反動をつけてどうにか身体を横へと向けた。 寝る時は暗闇にしなければ寝られない性質ゆえに、室内は外の時間を遮断している。 眠いと思いつつも翌日が休暇だったこともあり、時間を気にすることなくネットを渡り歩いていたことを思い出す。 最後の記憶は4時を少し超えた時間だったということは、今は少なくとも『翌日』だと知れる。 ひょっとしたら翌々日なんてことも考えられて、重い身体をどうにか引き起こす。 暑い日が続いて、ただでさえ体力のない自分にはつらい季節だ。 空調はゆるく利かせたままだったが風に直接あたることが苦手で長袖を着込んでいた。だから背中やうなじに汗がたまっている。 29から28に温度を下げてから暗闇で仕切られた部屋を抜け出した。 「…みず、なんかあったかな」 自分以外に誰もいない部屋を出ると、同じく誰の気配も感じられないダイニングキッチンへと足を運ぶ。 思いの外視界が良好で、まだ昼間と呼べる時刻だろうかと顔を上げた。 「10時…?」 一瞬、丸一日以上寝たのかと我が目を疑った。 それでも日曜の朝ならばいいかとダイニングの入り口に放りっぱなしの家電の表示画面を確かめれば、意外や土曜のAMを知らせてくれる。 ということは、まだ寝られるということだ。 残念ながら自分には休日を過ごしてくれる彼女もいない。親友は海外で野球の世界に飛び立っているし、友だちの一人はイタリアで、もう一人はこことは違う地元に帰っている。 つまりは誰にもこの休日を邪魔されないということだ。 なんという幸福。 やれ稼業を継げだの、君しかいないだのという口説き文句を厳つい顔をした男たちに囲まれながら泣き落されそうになることもない。 自分はダメツナだ。学生時代から言われ続けて早10年にもなる。 きっとこれは治らないんだから、そんなオレに稼業を継がせようとする方が悪いんだ。 自分が継いだら即座に業績は傾くだろうと頷いて、それからいまだ買い換えていない小さな冷蔵庫に手を伸ばした。 エアコンのないキッチンにひんやりと冷気が漂う。 冷蔵庫から流れる冷気に顔面を冷やされて、それにしばし身を任せていれば来客を知らせる呼び鈴が鳴った。 「…ふぁ、い!」 今日は何か届く日だっただろうか。 平日はしがない営業職をしていて、ネットで買い物をすることもままある。 よく注文するのはゲームソフトだが、この暑さに買い物すら億劫になり、最近はもっぱら買い置きいできる冷凍食品や飲料水を頼んでいた。 それとも何ヶ月か前に注文した本でも届いたのだろうか。 いつもの宅配のおじさんだろうと、テーブルの上に放り投げっぱなしだった財布を片手にボサボサの頭のまま玄関へと向かう。 幸いなことにパジャマ姿ではないが、外に着ていけるほど小綺麗でもない。 つまりは夏の定番、Tシャツに短パンの姿のまま玄関のカギを開けるとドアノブを回して外へとドアを開いた。 「いつもすみません、今日は…」 何ですかと続けられなかった。 何故ならそこにはいつものおじさんが居なかったからだ。 代わりに居たのはかなり背の高い綺麗な女性で。 おじさんの顔がある筈の位置から30センチは上にある顔を眺めるために首を思い切り上げなければならなかった。 「おはようだぞ、ねぼすけさんめ」 声を聞いた途端にドアを持つ手に汗が滲んだ。 2012.08.10 titel ひよこ屋さま |