リボツナ4 | ナノ



7.




露天風呂に浸かって待っていると手を振って背中を向けたリボーンと別れたオレは、湧き上がる恐怖を押さえ込んでどうにか1階の奥座敷らしい部屋の前へと辿り着いた。
途中、仲居さんに呼び止められて先に進むことを引き止められるも、それに適当な相槌を打ることで逃げきる。
仲居さん曰く、

「この先のお部屋は使われていないんですよ。電球も外してありますので足元が危ないですし、何より今時分から少し『賑やか』になるんです」

と笑顔を浮かべながら教えてくれる。その情報に自分の顔が引き攣るのを感じながら敢えて訊ねてみた。

「…電気点いてないのに、ですか?」

「ええ」

ナニが盛り上がっているのだろうか。
重ねて訊くことも出来ずに頭を下げると、いつものことなのか慣れた調子で帯の間に挟んでいた小さな懐中電灯を手渡される。
それをありがたく借りて仲居さんに頭を下げてここに居るという訳だ。
正直逃げ出したい。でも逃げても同じなんだろうことも知っているからこうして『鳳凰の間』に行かざるを得ない。
仕方なしに遣戸に手を伸ばす。時間のせいなのか一階だというのに人の声も聞こえてこない。思ったよりも広い旅館らしい。
厨房が近いようで炊事の音は聞こえてくるから、それに勇気を貰って戸を横に滑らせた。
カラカラカラと思ったより軽く開いて息を飲む。それほど広くもない一間だけの畳部屋だった。ひょっとしたら茶室だったのかもしれない。
オレのように肝試しにくるバカも見当たらなくて、余計に怖いと思いながらもどうにか足を踏み入れると部屋の奥でカタッと小さな音がした。

「だ、だれっ!」

オレの声に答えは返ってこない。気のせいだと念仏のように唱えながら手にしていた懐中電灯を恐る恐るそちらに向けても何も見えない。
あるのは年代物らしい竹で編まれたつづらのような箱と、その横にあるひょろっと縦に長い提灯だけだ。
電球も取り外されているという部屋は小さい窓が一つ見えるだけで、外からの月明かりすら拒絶している。
自分の手にした灯りだけが唯一辺りを照らす光で、それを絶対に放すまいと握り締めながら辺りを窺いつつズボンのポケットに手を入れた。

「早く済ませよう!そうしようっっ!」

少し角ばった自分のケータイをポケットから抜き出し、片手で開閉ボタンをさがす。遠くを照らしていた懐中電灯を手許に持ってきて画面を覗き込めば、

ガタン、ガタンガタン!

先ほど照らした辺りの位置からまた音が聞こえてくる。今度はかなりはっきりした音だった。
しかし竹の箱と提灯しかなかったというのに何が動いたというのだろうか。
ネズミかもしれないと現実逃避をしながら、また懐中電灯をそちらへ向ければ思いも寄らないモノが見えた。

「…ッッ!!!」

声も出せずに口をパクパクと開閉させる。視界の先の暗闇に薄くぼんやりと光る何かが見えて、その下の方からパチンパチンという音が聞こえ始めた。

逃げようと、勿論思った。

いくら逃げたことでお仕置きが怖いといえども、生きているリボーンと生きていない何かと比べればそこに居るだけリボーンの方がいい。
心の中で肝試しはオレのせいじゃないです!静かに眠っているところをごめんなさいぃ!と叫び続けていれば、今度はオレの真横からまた音がした。

「ひぃぃいい!!」

咄嗟に音のした方向から身体を捩ったオレは、暗闇のせいで足元も手許も疎かになっていて。
手入れのされていない畳の盛り上がっていた縁につま先を取られて躓いた。

「うわあぁ!」

転びかけた拍子に手から離れていった懐中電灯を追っていけば、身体は重力に逆らえずに下へと引かれる。
畳のお陰で痛い思いはしなかったが、代わりに身動きも取れなくなったオレの上から暗い影が覆い被さってきた。

「ッ!」

迫り来る影から身を庇うように頭を両腕で抱えていると、カチャという音の後に頭の上を突然光が差した。

「何遊んでんだ、ツナ」

「あ、あぁ…リボーン?」

どうしてここに?とか、いつから居たのかよりも、その顔を見て安堵に顔が歪む。覗き込むように腰を屈めてオレを見詰めている顔に飛び付けば、一瞬だけ躊躇うように強張った腕がすぐに背中に回ってきた。

「なんだ、怖かったのか?」

腰と背中を包むように抱き寄せられたことにも気付かず、からかいの色を含んだ声色にムッと口を尖らせると顔を上げた。

「怖いに決まってるだろ!ホンモノだって!ぜっったい、ホンモノが居るって!!」

電気も通っていない部屋にボウッと浮かび上がった光とラップ音を思い出してリボーンの胸倉を掴み上げる。
だからここから立ち去ろうと声を上げれば、リボーンはこちらに向けていた懐中電灯の灯りを提灯のある場所へと向けた。

「よく見てろ」

「いやだっ…!」

幽霊は刺激しないに限ると読んだマンガにあった。だからこういう場所で騒ぎを起こすことに怯えていれば、リボーンの灯りがすぐに外れた。

「もう風呂行こうよ!」

「待ってろ……お、そろそろか」

「何がそろそ、」

じっと見詰めていた先の提灯の斜め上辺りに、またも薄ぼんやりとした灯りが壁を照らし始めた。
声も出せずに目を瞠って、だがリボーンにしがみ付く腕だけは離すまいと身体を寄せれば、真横にある顔がつまらなそうに吐息した。

「よく見てみろ。本当に幽霊の光に見えるか?」

「って、あれ…」

先ほどは怖さに見続けることも出来なかったが、今回は半ば強制的に見せられているせいで光源がどこにあるのか掴むことが出来た。

「提灯が光ってる?」

「ああ、どう見ても提灯だな。さっきオレがどこを照らしていたか、お前が照らしていたのはどこだったか覚えているか?」

「バカにするな!おっ、覚えてる…けど、その……提灯だよね?」

勢いよく答えたものの、やはり自分が信用できなくなって声が尻すぼみになる。それにどうして提灯を照らすと光がつくのか分からない。
どうやら顔に出てしまったらしい迷いを一瞥で悟ったリボーンは、またフンと鼻で笑った。

「蓄光って知ってるか?」

漢字すら思い浮かばす首を横に振ると、呆れた様子で言葉を続けながらオレの腰を片手で掴むと立たせてくれた。

「ようは光を当てそれを蓄えることで暗闇でも光るってこった」

「ふん?」

分かったような、分からないような顔で斜め上にある顔を上目遣いで見上げれば、元々オレの返事など期待していなかった様子でまた手許の懐中電灯を奥に向けた。

「こっちの竹籠は少し時間が掛かるみたいだが…」

しばらく無言のままで灯りの指す方角を見詰めていると、今度はパン!パン!という音が響いてきた。

「ひっ…!でた!!」

「お前本当にバカだな、隣の提灯と同じだぞ。こっちは蓄光で得た燐光によって電気が発生し……分かってねえな?」

科学は苦手だ。科学も、と言い直すべきかもしれないが。
とりあえずは心霊現象でなかったことだけ知れればいい。そう思っていた心の中を読んだようにリボーンは言葉を止めた。
腰に回されていた手が何故かするりと滑り落ちていく。しがみ付いていた手を緩めていたオレは、その手が自分の知りを撫でるに至って悲鳴を上げた。

「うわわっ…!!なに?なんだ!」

「何だ、じゃねえだろ?一人で写真撮って来いって言っただろうが」

「だってリボーンが先に来てたんじゃないか!」

両の手で捏ね始めた手から逃れるべく身体を離そうとしたオレを、リボーンの手は逃がさなかった。

「どの道オレが声を掛けなけりゃ逃げてただろうが」

「そ…、」

違うとは言えないから押し黙る。
そんな会話をしているにも関わらずリボーンの手はズボンのポケットの中へと入り込むと、ポケットの薄い布地越しに皮膚の薄い部分を撫でた。

「ひっ!」

「もっといい声出してみろ」

言うとポケット越しにトランクスと掻い潜って奥へと指が伸びる。触れるだけの指の動きに身体が震えた。
逃げようとしても追ってくる手に戻されてリボーンの肩に額を押し付けられてしまえば身動きも取れない。
自分以外触れることもないそこをリボーンの指が行き来して、それに息が漏れた。

「ん、ふ…っ」

鼻から抜ける息遣いが自分のものとは思えない艶を含んでいて驚く。頬が火照り、身体がそれに引き摺られるように熱くなる。
身に覚えのある熱だ。リボーンに触れられるたびに熱量が増していく。
だけどこの先は知らない。
ふとリボーンはどんな顔をしているのか気になって、隠すように埋めていた自分の顔をわずかに上げた。

「言い付けの守れないお前には、どんなお仕置きが相応しいか…」

指を止め、思案するようにオレから視線を逸らした顔が柔らかい笑みを浮かべる。
綺麗なカーブを描いている顎と、唇とをぼんやり眺めていれば、リボーンは何か思い付いた表情で視線をこちらに向けた。

「ぼやぼやしてると風呂の時間が過ぎちまうな。お仕置きはそっちといこう」

オレだけを映している瞳に囚われて身震いする。
怖いと思ったこの感情は、先ほどの恐怖とは別のベクトルを向いていた。
だけどオレしか見ていない黒い瞳が伏せられた瞼に隠されてしまうと、思わず追って顔を近付けた。

「行くぞ」

それをかわすと、落ちていた懐中電灯を片手で拾ったリボーンに押されて部屋を出る。
廊下に出れば遠くから灯りが漏れて、自分とリボーン以外が居たことを思い出した。


そういえば、どうしてリボーンはオレを旅行に誘ったのだろうか。


2012.03.01







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