リボツナ4 | ナノ



1.




初めての人間界はツナにとってどこを見ても、誰を見ても興味深いものに満ち溢れていた。
人間たちには魔界といわれる異世界から、立派な跡継ぎになるためにこの世界にやってきたというのに本来の役目などどうでもよくなりつつあって人間の時間でいうところの1ヶ月が経とうとしている。

魔界でも指折りの名家に数えられるボンゴレの次期後継者であるツナは、あるひとつの試練を与えられていた。

『人を誑かし、魔界に連れ帰ってくること』

それが後継者になるための条件だった。
生贄というほど大層なものではないが、人間を誑かし身も心も自分のものにするということはなかなかに難しい。

しかも人間という存在が好きになってしまったツナには、なおさらその試練が重く伸し掛かっていた。
魔界より瘴気が薄いせいで、あまり長く人間界に留まることができない。
そろそろ一度魔界に戻って瘴気を蓄えてこなければ、人間と同じく魔力が使えないようになってしまう。

右手の中指に輝くリングは魔界一の魔力を閉じ込めている。このリングを使いこなせるのは一時代に一人という稀な存在だけだ。
悪魔の中でもおちこぼれだったツナなのに、不思議とこのリングとの相性がよく自由自在に魔力を扱うことができた。

だから魔界に帰るにしても、このリングで人間界と魔界を繋ぐ空間を出現させることも可能である。
そんな訳であまり切実ではないツナの、人間界での生活は一旦幕を閉じようとしていた。









悪魔だとて食事をしない訳ではない。
いうなれば人の悪意や憎悪などの暗い意識の塊を増幅させて頂くこともその一つである。
だから人が多ければ多いほどよく集まるそれに、ツナは今のところ飢餓を覚えたことはない。

今日も今日とて浮気だ他人の出世だと妬みや嫉みにドス黒い意識を作っていた者たちのそれを頂戴してきた帰り道だった。

存在感が薄いツナは悪魔であるということも相まって、夜の公園などを徘徊していても気付かれることはまずない。
瘴気の薄さに身体が重く力が出ない状態で、ふらふらと夜の公園へと吸い込まれていったのは瘴気が少しでも濃い場所を選んだ結果だ。

昼はあれほど近寄れない公園が、何故か夜になれば一変して瘴気の吹き溜まりになる。
暗闇が支配する公園の、そのまた奥のベンチの後ろの物陰に倒れこむように転がったツナは、その奥の外灯の明かりがわずかに漏れる木陰の奥からの声に顔を上げた。

ああんとかそんな色っぽい声に、なるほどなとまた顔を芝生にくっ付ける。
外での行為を楽しむ人間など珍しくもない。魔界では当たり前だ。

けれどツナはいわゆる性行為というものを経験せずに人間界に来てしまったがために、それを楽しむこともなく煩わしさに眉を顰めるだけにとどまっている。

ひときわ大きな女性の声があがり、その後ぱたりと物音がやんだことにやっと瘴気をゆっくり蓄えることができるとホッと息をついていると、女性の声がした草むらから何者かが現れた。

どうせ気付かれやしないだろうと、タカを括っていたツナの目の前に現れたのはすらりとした肢体が目に眩しい青年だった。

年の頃は20代半ばといった男が、何気なくこちらを振り返るとおやという顔をして立ち止まる。
立ち止まった男の姿に思わず悲鳴を上げそうになった。

「なっ…」

「やっぱり見えてんな。てめぇ、天使じゃねぇ…悪魔か?」

「って、あんたも?」

見えない筈のツナに話しかけ、あまつさえ悪魔だと見抜く眼力にそう返すといいやと男は頭を横に振った。

「悪魔じゃねぇ。だが天使というのもちっと違うな。」

「ええぇぇえ!?だって悪魔じゃなかったらなんでそんな布一枚だけの格好でいるんだよ!」

天使には不要の男性のシンボルがその布地から見てとれて、しかも晒している裸体は見るだけで女性なら孕みそうなほどエロテックな代物だ。

天使は男でも女でもない。性は不要なものでしかなく、性ある天使は極限られた者だけの筈だ。
まかりないにも魔界でも3本の指に入る名家に生まれたツナは、一応の天使の知識も叩き込まれていた。
けれど目の前の男はツナの知る限りの天界の天使または御使いのどれにも当て嵌まらない。

そもそも人間の女を誑かすような御使いなんぞ存在するのだろうか。

ジッと座ったままで男を見詰めていると、顎に手を当てたまま男はマジマジとツナを見詰め返していた。

人間界に馴染むために人間の格好をしている上に、瘴気不足で少々へタれ気味のツナは天使ですら人間と間違うほどだ。
よく見破ったと感心していると、男がこちらに一歩踏み出してきた。

逃げるいわれもないと、男を見詰めたままでいると突然男がツナの肩を蹴ってきた。
バランスを崩したツナはゴロンと背中を芝生に打ち付けて、仰向けに転がった。そこを男に乗り上げられて目を見開いた。

「お前…まだセックスをしたことがねぇな?だからオレを前にしても平気でいられるっつーことか。悪魔の…しかもその指輪、ボンゴレの頭領ってところだろうに…くくくっ…」

馬鹿にした笑い方にキッと睨み上げると、益々笑みを深くしてその悪魔のように美しい顔を近づけてきた。

悪魔といえば不気味なバケモノといったイメージが強いかもしれない。だが、人の前に現れる悪魔は天使のように…いや天使よりも魅惑的な姿をしているものが多いのだ。
でなければどうして人を誑かせることができようか。

天使なのか悪魔なのかさえ分からない男に身体を押さえつけられたまま、顔と顔が近付いてそのまま上から塞がれた。

「ふぐぅ!」

離せ!と言ったつもりが思い切り舌を入れられて妙な声になる。
逃げ出したくとも男から発する光のせいで思うように身体が動かせない。
しまいには口の中まで男の舌を差し込まれ、逃げること敵わず口付けを交わす羽目となった。

官能的なというに相応しい口付けに、それさえ未経験だったツナはあっという間に攫われてしまう。
気が付いた時にはどちらのものとも知れない唾液を飲み込まされて、嚥下しきれなかったそれが頬を伝って耳朶まだ零れ落ちていった。

縋るものを求めて宙を掻いていた手を握り取られ、それから芝生の上に押し付けられてハッと意識が戻った。

「んはっ…!なななななにするんだよ!」

「気付いたか。さすがは腐っても鯛、幼くてもボンゴレだっつーことか。」

「訳わかんないこというなよ!って、オレ男!お前も男だろ!?」

「…そこまでお子様なのか?まぁいい、ホイホイ堕ちる人間にも飽きたところだしな。おい、てめぇ名前は?」

「教えるか!」

名前は悪魔にとって一番大事なものだ。魂の契約の際に自分と相手を結ぶ要の役割を果たす。
そんなものを天使とも悪魔とも知れない男にどうして教えることができるというのだ。

慌てて男の下から逃げ出しすと、いつの間にやらシャツのボタンが全て外されていた。
とんでもないエロい男だと唖然としていると、ふむと男はわずかに考えこんでからこう呟いた。

「なら教える気になるまでてめぇの傍を付き纏ってやるぞ。」

と。

まさか悪魔であるツナが得体の知れない男に付回されることになろうとはその時は思ってもいなかった。


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