リボツナ4 | ナノ



6.




駐車場では確認する間もなかったが、どうやら自分たち以外の客も居たようでチラホラすれ違う足音と視線にホッとする。
今回オレたちをお世話してくれる仲居さんだという年嵩の女性に連れられて奥へと歩いていくと、オレより少し上だと思われる女の子が2人でリボーンを見て嬌声を上げていた。どこでも女の子は同じなのか。
自然と眉間に皺が寄っていく。
いつものことじゃないかと知られないように小さく嘆息していれば、隣からオレにしか聞き取れない声が掛かった。

「妙な顔になってるぞ」

「ななな…何が!」

見透かされたようなタイミングに顔がカァと赤らむ。見られまいと顔を手で覆って横を向けば、上から覗き込むように顔を寄せられた。

「そんなに怖いのか?」

見当違いな台詞に一瞬動きが止まり、仲居さんとリボーンに2歩遅れたことに気付いて慌てて距離を詰める。

「…あのさ、一応訊いとくけど……出ないよ、な?」

「何がだ?」

「だからっ!その…あれだよ、足のない…」

先ほどすれ違った女の子たちにモヤモヤしていたことも忘れてリボーンに訊ねれば、オレたちの一歩前を足音も立てずに歩いていた仲居さんが歩調を緩めて振り返った。

「ご安心下さい。お客様のお部屋には出ませんので」

「え?……には?」

引っ掛かった単語を聞き返しても応えはなかった。
出るって何だ?アレじゃないよな!違うよな?誰かオレの気にしすぎだと言ってくれ!
否定が欲しいのに誰もくれる人などいない。
そんなオレを半歩後ろからリボーンは楽しげに眺めていた。













外観通りの和風旅館だった館内を少し歩けば2階の奥部屋に案内された。畳部屋が2つ繋がっているだけだが、かなり広い。
板の間にはオレが見ても価値なんて分からない掛け軸やら壷やらが置かれていて、手荷物を入れるために何気なく置かれていた箪笥も手の込んだ作りだったから自分がここにいることが不自然でならない。
二人で泊まるには贅沢すぎると思いつつ、先ほどの夜景が見えると聞いていた一人掛けのソファが2つ設けられている広い窓側に足を伸ばした。

「夜景の綺麗なびっくり旅館なんて中々おつだろ?」

「イヤイヤイヤ!びっくりは余計だって!普通でいいだろ、普通で!!」

自分が特別怖がりだとは思わないが、日常生活ですら自分がままならないのだから、びっくりドッキリはご遠慮願いたかった。
思わず靴下の先を確かめて、穴が開いていないことに胸を撫で下ろしてから夜景を眺める。
綺麗だな、と視線を釘付けになっていれば隣にリボーンが並ぶ。爪先立ちで窓ガラスにへばり付くオレと、少し屈んだ姿勢のリボーンの目線の位置が近付いていた。
ふっとため息のような声を漏らしたリボーンに顔を向ければ、景色を眺めていたと思っていた視線がどこを向いていたのかを知る。

「なん、だよ」

オレだけしか映していない黒い瞳から逃れようと顎を引いて上体を反らす。少しだけ隙間の空いた身体と身体の間を縮めるようにリボーンの手がウエストに回り、ぐっと力が込められる。それに反発するように足に力を入れれば、代わりにリボーンの顔が寄ってくるから身体が強張った。

「そうやって、警戒されればされるほど近付きたくなる。オレとお前の距離をムリヤリ0にしてやりたくなる。だが、そうすればお前はオレから逃げるだろう…?」

「う、あ…ぁ」

上手く切り返すことも出来ない。その言葉の裏に何が隠されているのかさえ分からない。
分かるのはあと少しで距離がなくなってしまうということだけだ。
切れ長の眦を縁取る睫毛の長さに現実逃避したオレは、唇に自分以外の生暖かい息遣いを感じて目を瞠った。
こんな時どうすればいいのか知らない。


キスされるのかな、と状況から判断した。

嫌じゃないらしい、と他人事のように自分の気持ちが落ちてきた。


目の前の睫毛がわずかに伏せられて、オレも目を閉じなきゃと妙なところで律儀になる。ぎゅっと瞼を閉じて視界を塞いでから顎を少し上げると、唇の先に触れるか触れないかといったところで襖の向こうからオレとリボーン以外の声が掛かった。

「お支度すまされましたしょうか?」

「ひっ!」

寸前で手を滑り込ませたオレが、自分たち以外の存在に驚いて腰を抜かすと、リボーンはオレの頭の上で舌打ちを漏らした。
慌てて首を上げれば、もう普段通りのリボーンが「どうぞ」と返していて。
大人と子供の差がそこにあって、それをどう表していいのか分からない。置いていかれた気分でリボーンの顔を見上げていれば、仲居さんはリボーンと一言二言かわすとまたさがっていく。
それをぼんやりと見ていれば、オイと声が掛かった。

「聞いてたか?予約しておいた貸し切りの露天風呂の時間だぞ」

「はい…?」

正直聞いていなかった。それどころじゃなかったともいう。
露天風呂なら知っているが、それを貸し切りって何だ。自分を置いてどんどん進んでいく事柄に目を白黒させて瞬きを繰り返す。
しゃがみ込んだままのオレの腕を軽く引いて立ち上がらせると、いつもの頭一つ分高い位置まで戻った顔が苦笑いを浮かべた。

「こうやって色々なけりゃ、お前なんかあっと言う間にペロリだ」

「ぺろり、」

意味が分からない。やっぱりリボーンとオレには埋め難い差があるらしい。
返す言葉も思いつかないまま曖昧な表情を浮かべると、リボーンの口許がより深く口角を上げて笑みの形からいつもの皮肉げな顔へと変わっていく。

「安心しろ、きちんとバツも用意してある」

「どこに安心するんだよっ!」

「平気だろう?学校であれだけ脅してもビクともしなかったんだ。なに、ちょっとした肝試しだぞ」

「ちょ、じょ…!」

冗談じゃないと叫ぶ前にいつの間に抱えていたのか旅館の浴衣をオレの頭の上に乗せてきた。
視界を遮られたことに慌てて手を伸ばし浴衣を頭の上から退ければ、リボーンは部屋と廊下に繋がる遣戸の手前にいた。

「風呂に入る前にお前に指令を言い渡す」

「何キャラ?!」

一瞬着替えを持っていこうかと迷ったが、そんな暇も与えてくれずにリボーンはオレに向かって小さいソレを放り投げてきた。
ぽとんと浴衣の真ん中に落ちたのは、リボーンのコントロールのお陰だということは言うまでもない。

「…ケータイ?」

「そうだ。それで『出る』と噂の一回のロビーの奥にある鳳凰の間とかいう部屋まで行って一枚写真を撮って来い」

「ええぇぇえ!!いや、マジ…っ?」

どうしてバッグの底に押し込めた筈のケータイがここにあるのかなんて考えない。一体いつからくすねたのさえ聞く気が起きないのは、よくあることだからだ。
浴衣の上にある自分のケータイを恨めしく思いながら、リボーンの顔を覗き込むといい笑顔を浮べて頷く。

「当たり前だ。それが出来ねぇならもっと別のお仕置きにしてやろうか?」

「遠慮します!」

いやらしい顔で笑うリボーンに全力で首を横に振って辞退する。多分こっちの方が難易度が低い筈だから、ここで挫けてはいけない。
いくら『出る』と噂があるにしても、そうそう頻繁に『出る』ようなら商売にならないだろう。
そう自分に言い聞かせて浴衣とケータイを握り締めたまま、遣戸に手を掛けて一歩踏み出した。



2012.02.28







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