3.結局サボりきった6時間目が過ぎると、図書室から追い出されて自分のクラスへと追い返された。 オレが居なかったことなど誰一人気にしていない教室にこっそり紛れ込み、帰りの支度を済ませてHRをどうにかやり過ごすと家路に着く。 リボーンが来るなら茶菓子ぐらい用意すべきかとも考えたが、そこまでするとまるで楽しみにしているみたいで格好がつかない。 残りのこづかいも少ないし、下手に気を利かせて母さんに勘繰られるのも面倒でそのまま帰ってきた。 無用心だと言われても一向に施錠する気のない玄関のドアを開ける。小さい声で帰宅を告げてからテレビの音と母さんの気配のする居間へと足を向けた。 「ただいま」 「あら、おかえり。どうかしたのかしら?」 普段ならただいまもそこそこに自室に篭るのだから、今日のオレの行動を驚くのも無理はない。鞄すら手にしたままで居間を覗き込むオレを上から下まで眺めると、母さんはこたつから立ち上がってこちらに近付いてきた。 「丁度よかったわ、お隣さんからおいしいリンゴを頂いたの!一緒に食べましょうね。手を洗ってらっしゃい」 「う、うん」 上手く切り出せなくて口篭るオレの横を通ると、いつもと同じ口調でそう促してくれる。確かに落ち着いて話をする方がいいかもしれない。鞄を置いてくるかと階段に足を向ければ、キッチンから声が掛かった。 「うふふ…恋バナなんて久しぶりだわぁ!」 「ブブブッ!!なん…っ!?」 のぼりかけていた足を止め階段の手摺りから身を乗り出してキッチンを覗き込むも、母さんのはしゃいでいる声だけが聞こえてくる。 「最近ツナの態度がおかしいと思ってたのよね…!フフ、楽しみ!」 「ちっ、ちが…」 否定も出来ず、かといって夜のことがあるから肯定も出来ない。どうすればいいんだと迷いながらも上手い返答も思いつかないから仕方なしに顔を戻す。 とりあえず鞄を小脇に抱え直して自室のある2階へと駆け上がった。 あれからしばらくの間答えを探していれば、リボーンの手は諦めたように離れて遠ざかっていった。 ホッとしたのに何故か肩透かしを食らったような気分になってそんな自分に驚いた。自分で自分が分からない。 遠ざかるリボーンのジャケットの裾を掴むと椅子から立ち上がった。 「行き先、聞いてないんだけど…」 行きたいなんて素直になれない。だけど誤解されて話が流れてしまうことも我慢できなくてそう訊ねると、リボーンはそれには何も言わずにポコンとオレの頭を軽く叩く。 「車で移動するからって寝るんじゃねーぞ。寝たら罰ありだからな」 「んなっ!?横暴だろ!」 隣で座っているだけなんて寝るに決まってる。行くとか行かないとかをすっ飛ばした台詞に顔を上げてリボーンを覗き見れば、先ほどのオレの態度など気にした様子もなく笑っている顔を見つけた。 どういうつもりで誘われたのか判然としないながらも、どうにか旅行に行けるらしいと分かり安堵に胸を撫でる。ジャケットの裾をぎゅっと強く握り締めて一歩だけ近付くと どうにか口を開いた。 「…今日、待ってるから」 「ああ」 リボーンと旅行に行きたいということだけは自分でも分かっていた。 期待に満ちた母さんの瞳が早く早くと手招きしているようでうんざりする。 こたつに座ったままニコニコとリンゴ片手にこちらを振り返る様子は少女のようでもあるが、興味津々で瞳を輝かせている様はどうにも取り繕えていない。 「あのさ、そういうんじゃないから」 「あら、照れてるのね」 「だから違うって!」 自分だって分からないのに勝手に話を進められては困る。 今日リボーンが家に来ることを伝えなければとコタツを叩くも、リンゴを持ったままの母さんは両手で包むように抱えるとオレの顔をジッと見詰めた。 「そうかしら?最近上の空だったじゃない。クリスマスもお正月も携帯ばっかり気にしちゃってソワソワしてて。行きたいなら自分から誘えばいいのにって思ってたのよ」 「うっ!」 まさかそんなところまで見られていたとは思わなくて顔が赤くなる。 クリスマスも正月もこれといって約束なんてしなかったから、ひょっとしたらメールが来るかもしれないと持ち歩いていたことを思い出して唇を噛んだ。 しかも冬休みにリボーンから届いたメールはメリークリスマスとあけましての挨拶だけで、年が明けて顔を見たのは新学期の翌日の移動教室の時だったなんてオチまである。 だからあの言動の数々はただの悪戯でオレをからかって遊んでるだけなんじゃないのかと勘繰っているぐらいだ。 手を伸ばしていいのかさえ分からないのに恋もクソもない。 ブンブンと首を横に振ると、勢いをつけてコタツに足を突っ込んだ。 「本当に違うから。今日、夜に友だちが来るから…それを伝えたかっただけ」 「あら、お友だちが?」 つまらなそうに小首を傾げている母さんの手許から急須を引き寄せると用意されていた自分の湯飲みにお茶を注ぐ。 「うん、来週の火曜日に旅行行きたいと思って。学校あるから母さんと父さんに挨拶したいって言われてさ」 「わざわざってことは、ツナより年上の方かしら?」 「そう、30だったかな」 ほこほこと湯気を立てる湯飲みに口をつけていると、母さんはリンゴを置くとため息をと一緒に小声でボソリと零した。 「鈍いわねぇ…我が子ながら」 「は…?」 「何でもないわ。それより何時にいらっしゃるの?よければ夕食もご一緒にって聞いてみてちょうだい」 聞き取れなかった前の言葉も気になったが、そういえば夕飯時だったと言われて気付いた。メールしてみるかとケータイを取り出してキー操作をしていれば、それを見ていた母さんはナイフを手にしてリンゴの皮を剥き始める。 「どこで知り合ったの?」 聞かれるだろうと分かっていたからどうにか顔色を変えることなく喋ることが出来た。 「えーと…学校。数学の教科担任」 「数学……って、あの恰好いいモデルみたいな先生!?」 片手にナイフを握り締めたままにじり寄られて顔が引き攣る。キラリと光る刃先をこちらに向けたまま母さんのテンションが突然上がり始めた。 「なんで知ってるんだよ」 クラス担任でもなければ学年主任でもないのにと訝しむオレを余所に、いつまで経っても見た目の変わらない母さんは少女のように頬を染めながら身を乗り出してきた。 「知ってるわよ!だってツナの入学式の時にいらしたじゃないの。お隣に座っていたお母さん方に訊ねたらツナのクラスの数学の先生だって言われて…いやだ、夕食何作ろうかしら!」 剥きかけていたリンゴのことなど忘れてしまったのか、突然立ち上がるとキッチンへと駆けていってしまった。 母さんが知っていたことに驚いていれば、キッチンからうきうきと弾んでいる声が聞こえてくる。 「リボーン先生、どんな食事がお好きかしら?」 知るもんか、と返事をする前にリボーンからのメール着信が鳴り出した。 2012.02.17 |