2.「ツナ…?」 不安そうなランボの声に落ちていきかけた意識が戻ってきた。 褒められた話じゃないが、最近はこの手の悪戯をリボーンに繰り替えされているせいで少しの刺激でも身体が反応してしまう自分が情けない。 後ろに伸びてきた指を外そうと目の前の身体を手で押し遣ろうとするも、思うように身体が動かない。 泡を立てている手は緩むことなく次々と泡を作り続け、オレと男の身体を白く覆っていった。 「やめて、っ…よ!」 「なにをだ」 白々しく聞き返されて目を瞠る。その間にも男の指は柔柔と尻を揉みながらその奥へと伸びてきた。 泡でぬるつく指が尻の間の奥をするりと撫でて、その手付きにビクリと身体が震える。 自分の知る指より太くて大きいのに、わざと硬く閉ざされた状態のソコに指を押し付けてくる手順に覚えがあった。 「ひぃ…っ!」 拒みたいのに拒めない自分に混乱しながらも、目の前の肩に手をかけて額を押し付ける。 下を向けば白い泡は益々勢いを増してオレの胸元まで覆い隠していた。 「気持ちいいのか?ヒクついてるぞ」 「ちがっ」 強引に広げるでもなく、回りを撫で擦るだけの指をもどかしく思っていたことを指摘されたようで恥ずかしくなり顔が熱を持つ。 赤らんだ顔を見られないようにと思い切り首を横に振れば、男はフンと鼻で笑う。その仕草ひとつもリボーンに酷似していて余計に混乱した。 「そうか…?まだガキんちょだからか。ならこっちはどうだ?」 「なっ…!」 仕方ないとでも言いたげに奥から外された指が、今度はもっと前へと伸びてくる。 無防備な尻から股間をすべる指先が袋に触れ、それに驚いたオレが肩から顔を上げれば男の手は後ろから前に位置を変えてまた泡の中へと吸い込まれていった。 膝立ちの姿勢を保てなくなったオレが尻餅をつくと、その上に伸し掛かるように屈みこまれる。 足と足の間に男が入り込むと、泡にまみれたままの下肢に何かが触れた。 「だめっ…!」 慌てて伸ばした手も間に合わず、男の手がオレの起立を握り締める。泡とは違うぬめりが先から溢れていたことを知られて身を縮めて膝を閉じた。 「おねがい、離して…おねがい」 縋るように男の手首を握りながらランボには聞こえないように小声で懇願する。 そんなオレの声を聞いた男は、伏せていたオレの耳元に唇を近づけると低く掠れた声で呟いた。 「なあ、ツナ…これは恥ずかしいことじゃねえんだぞ。お前が気持ちいいなら、オレもよくなる。どうしてか分かるか?」 揶揄されると身構えていたオレは、男の意外な言葉にノロノロと顔を上げた。 「今のお前じゃ行為に慣れるだけで精一杯かもしれねえが…赤ん坊姿のオレがどうしてそんなことをするのか考えてみろ」 「…?」 こんな悪戯に意味なんてある訳がない。ただ気持ちよくて、だけどほんの少し怖いからいつもどうしてリボーンはこんなことを繰り返すのだろうと不思議には思っていた。 だってオレは男だし、リボーンも同性の上に赤ん坊だ。 最初は未来に飛ばされた時の決戦を控えた隙間のような時間にリボーンとした。 この年にもなって自慰どころか夢精すらまだだったオレに、冥途の土産だとからかうように下肢を剥いてあの小さい手でイかされて…。 リボーンにされた行為というよりも、赤ん坊に射精させられた情けない事実から目を背けたくて、未来から帰ってきてからも極力それには触れないように距離を取っていた。 なのにリボーンはお構いなしにオレのプライベートに入り込み、侵食して身動きが取れなくなっていた。 どうしてなんて考えたこともない。 だから言われた台詞に答える術もなく、横にある顔に視線を向けると男の周囲が白い霧に包まれていく。 時間なんだと気付いて、握っていた手が消えていくことに驚いていれば、男はニヤリと笑って顔を近づけてきた。 「オレのことだけを考えるんだぞ」 そう言うと唇を唇で塞がれて、見た目より柔らかかったそれに声を上げる間もなくまた視界は白い霧で覆われれいった…。 唇を手で押さえたまま白い霧の奥を見詰めていると、見覚えのある姿がちんまりと現れた。 オレより小さい身体。いつものリボーンにホッと息が漏れる。よく見れば黒い髪は濡れていて10年後でもリボーンは湯船に浸かっていたことが知れた。 憮然とした表情で眉間に皺を寄せているリボーンを黙って見詰めていれば、そんなオレの視線に気付いたのかリボーンが顔を上げた。 大きい黒い瞳に少し垂れ気味の眉にはあの男の面影すらない。なのにオレを見上げる黒い瞳の色はまったく同じで知らず肩が揺れた。 「ツナ…?」 声も違う。あの低い声ではなく、いつもの甲高い声に呼ばれてどうしてかオレは動揺した。 「何かされてねえだろうな?」 「なっ、何かって…別に、」 どもりながらも首を横に振ると、それを見ていたランボが何を思ったのか突然オレとリボーンの間に割り込んできた。 「ランボさん見ちゃったもんね!ツナったらおっかない男とキスしてた!」 「バッ…!言うなよ!!」 まさか見られていたとは思わなかった。慌ててランボの口を塞いでも時既に遅く、オレを見上げていたリボーンの視線が鋭いものへと変わっている。言われなくても不機嫌だと一目で分かる形相に先ほどよりもっと首を激しく左右させて否定しても後の祭りだ。 「なに?オレが10年後のお前に赤ん坊扱いされてたってのに、てめえは10年後のオレと大人の階段を昇ってたって訳か?」 「ちが、変な言い掛かりつけるなよっ!」 心当たりがないでもないせいで赤くなった顔を手で押さえながら言い募った。 「だいたいアレのどこがお前なんだよ。全然違うじゃないか!今のお前と全然違う!詐欺だ!このセクハラカテキョー!」 だからオレは悪くないとリボーンを睨むと、それを黙って聞いていたリボーンは小さい鼻をフンと鳴らした。 「セクハラか…そう感じるくらいのことはされたってことだな?」 「っ…!」 赤ん坊の癖にちっともらしくない表情でオレを睨むと、突然バスタブの上に飛び乗って座るオレを見下しながら口を開いた。 「オレが何をしても動揺しなかったってのに、10年後のオレには顔を赤くするんだな。」 確かめるように言われてやっと自分でも気が付く。今までリボーンにされていたことを恥ずかしいとは思っていても、酷いとか性的に悪戯されていたという意識は薄かった。相手が赤ん坊だからいいやとタカを括っていた部分がある。 あれは本当にリボーンの10年後なのかは分からないけれど、今までリボーンにされていたアレコレが自分の中で意味のあるものへと変わっていったことを知った。 カァと顔を赤らめながら泡で覆われていた肌を手で隠しリボーンの視線から逃れようとしていれば、のけ者にされていたランボが泣きながら頭から水鉄砲を取り出した。 「ランボさんばっかのけ者にしてー!仲間に入れなきゃこうしてやるぞー!!」 「うわっ!ウプ!!やめ、」 勢いのある水鉄砲が風呂場のそこかしこを濡らしていく。頭や顔だけでなく、泡にまみれていた身体にまで水をかけられて隠れていた下肢の膨らみが暴かれそうになった。 すぐに手で覆うも熱を持ったそこを隠しきれる筈もない。 タオルに手を伸ばしたオレの手を狙っている訳でもないのに、ランボの水鉄砲が撃ってくるから取ることも出来ない。 当然というかリボーンは綺麗にランボの水鉄砲を避けていたが、一緒に入っていたレオンがいつの間にか姿を変えてハンマーへと変貌を遂げていた。 「ちっと静かにしてろ。」 言うが早いかランボの顔にヒットしたハンマーによって小さい身体が吹き飛んでいった。思わず手を伸ばしたオレの反対の手を引かれて、そちらに引き寄せられる。 「やりすぎだ…っ、て…」 お前と違うんだからと言い掛けたオレは意外に強い力で握られている手に声が尻すぼみに小さくなって、リボーンの視線をまともに見詰め返した。 ジッとオレを見る黒い瞳から目が逸らせない。 そんなオレを瞬き一つしないで見詰めていたリボーンは、チラリと視線を下に向けると突然口をへの字に曲げた。 「そいつはいつからだ?」 「へ?あ…っ!!」 両手を伸ばしていたせいで隠すものもない起立を見られて慌てる。こんな状態を見られたことがないとは言わないが、今はリボーンの視線には堪えられそうになかった。 顔を伏せてランボへと伸ばしていた手を戻すとそれで中心を押さえつける。 腿の間に埋めるようにしていれば、オレの手を取ったままのリボーンが小さい唇で薬指に噛み付いた。 「ひゃあ、」 痛みに驚いて顔を上げたオレを引っ張ると、リボーンの顔が近付いてきた。 「あっちのオレは、ツナにはまだ刺激が強えからな。」 「ふん、んっ?!」 ムチュと唇を塞がれた後に小さい何かが隙間から割り込んできて妙な声が出る。それがリボーンの舌でいわゆるキスをされているのだと気付いた頃には舌が絡みあって解けなくなっていた。 思えばあれだけ好き勝手されながらもキスされたのは初めてだ。なのに嫌悪感が湧くどころか気持ちよさにされるがままになる。 初めてのキスがリボーンだというのに違和感を覚えない自分もおかしいのかもしれない。 だけど赤ん坊とキスしているという疚しさよりも、柔らかい舌の動きに逆らえずに唾液を飲み込んでいく。 耳朶に直接響く絡み合う唾液の音でされていることを克明にしていた。もう他に何も考えられなくなって、リボーンだけを追ってもう片方の手を伸ばすと小さな手が握り返してくれた。それが嬉しいなんて思ったのも初めてだ。 どれぐらいそうしていたのか、ひょっとしたら10分ぐらいだったかもしれないし、1分もしていなかったのかもしれない。 唇から離れていった小さい息を寂しいと感じて、そんな自分に赤くなった。 「リボー…」 もう一度と言い掛けたオレは見覚えのある形状になっていたレオンを視界に入れて言葉を失う。 というより声が出せなくなった。 「ま、色々都合が悪いから忘れちまえ。」 ズドン!という銃声を間近で聞いたオレは、意識が薄れる寸前に拳銃を構えた姿勢のままのリボーンが小さい肩を竦めながら呟く声を聞いた。 「てめえは『オレ』の生徒だからな。教えるのはオレだけでいいんだぞ。」 どんな理屈だと思う間もなく記憶は飛んだ。 「ツナ!ツナ!大丈夫か?ランボさんが遊んでやろうか?!」 「んん…?」 ランボの声に起こされて湯船から顔を上げた。どうやら寝ていたらしい。 どうしてかズキズキと痛む頭を振ってからランボの声のした方を覗き込むと、リボーンがニヤリと笑いながらシャンプーに手を伸ばしていた。 それを見て何故か頬が赤らむ。 「どうした?」 「べっ別にっ!」 慌てて視線を逸らしはしたが、どうにもリボーンの視線が気になって仕方ない。こんなことは今までなかったのに。 うっかり寝てしまったせいだろうかと頬の熱さにいい訳をして、またリボーンを振り返ればとんでもない量の泡がリボーンの頭を覆っていた。 「泡が気になるのか?」 「ちが、」 いつもと違う自分に戸惑いながら、湯船から上がれずに湯あたりを起こす寸前まで我慢していたなんて誰にも言えない話がひとつ増えたのだった。 おわり |