2.カツンと靴が床を蹴る音を立てて近付いてくるリボーンに、思わず後ずさりすると足元に何かが当たった。足を掬われそうで慌てて確認していればその隙に間を詰められて肩を押し遣られた。 社長机に腰が当たり、痛さで眉を顰めていると机に手を付いて身体をそこに縫いとめられた。 身体が近過ぎて逃げられない。 上からの痛いほどの視線に晒されて顔も上げられずに俯いた。 「…沢田。あれは何だ?」 あれと言われ恍けることもできない。 オレを囲う腕の先には先ほど置いたばかりの辞表が乗っている筈だった。 噛んでいた唇を開き、リボーンの視線の先にあるそれを掴むと両手でそれを差し出した。 「辞表です。…理由は、社長のお怒りの通りです。今まで大変お世話になっておきながら…申し訳ありませんでした。」 頭を下げて辞表を押し付けると、それを片手で受け取ってその場で二つに破かれた。 怒りが滲んでいた顔から表情が取り払われていく。マネキンのような無表情ながらも、その瞳だけは怒りに燃えていた。 そうだろうと思う。 ずっと以前からリボーンにプライベートで食事に行かないかと誘われていた。それを貴方には綺麗な女性がいるのだからといつもすげなく断り続けていたのに利用したのだ、今日のお見合いを成功させるために。 豪華客船のクルージングを楽しみながらの食事がいいんですと言って、自らセッティングしたように思わせ用事を済ませてから向かいますと先に送り出した。 それからまだ1時間しか経っていないというのに、何故ここにリボーンが居るのか。 「何でここにいるのかって?決まってんだろ、お前が居ないことに気付いてすぐに降りたんだ…相手の慌てふためく顔は中々見物だったぞ。」 「…」 作戦の失敗に苦々しく目を閉じると、おもむろにネクタイを掴み上げられた。 「お前がこんなことをするのは本社の叔父あたりの仕業だろう?」 「違います。貴方があまりに女遊びが過ぎるので、オレがお引き合わせして身を固めて頂こうと…」 言っている内に締め上げが強くなっていく。 オレはもう辞めるつもりでいるのだから、最後くらいは誰にも迷惑を掛けたくなかった。叔父と甥という以上に親しい関係の彼らをこんなことで不仲にさせるつもりはない。 被れる泥は被ればいい。 殴りたければ殴られることも厭わない。 目を閉じたまま顔を上げて待っていると、何かが近付いてくる気配があった。 衝撃に耐えようとぎゅっと瞑ると、頬にではなく唇に、拳ではなく何か暖かいものが押し付けられた。 咄嗟に見開いた視界の先のその顔に動揺を隠せない。 手で押し遣ろうとしてもビクともしない肩に手を置くと、口付けられたままで机の上に押し倒された。 これは何の仕打ちだろうか。 何を思ってこんなことをするのだろうか。 重なった唇からぬめった暖かいものが口腔に差し込まれ、抵抗できずにそれに蹂躙されていく。口の中を舐め取られて舌をねっとりと重ねて吸われてはじめてそれがリボーンの舌だと気が付いた。 はっとして肩を押す手に力を入れて逃げ出そうとするも、上に伸し掛かる身体はビクともしない。 首を振って口付けから逃げてもまた追ってくる。 顔を引き剥がそうとリボーンの頬に爪を立てると、両手を机の上に押え付けられ余計口付けが執拗になっていった。 貼り付けにされた蝶のように身動ぎもできす、キスで追い立てられていく。こんな濃厚なキスなど初めてで、気が付けば身体が蕩けていうことを利かなくなる。 オレの上から退かないままで口付けだけを解いたリボーンは、ぼんやり見詰める先に笑みを黒く染めていく。 「どうしてお前と食事に行きたかったか分かるか?」 「どう、して…?」 荒い息を吐き出しながら訊ねると、力の入らないオレの腕から手を外してネクタイを緩めていく。 シュッ…と音を立ててリボーンのネクタイが外されると頭の上に両手首を持っていきそれを捲きつけてきた。 逃げ出そうとすると首筋に噛みつかれ、痛さに身体が竦んでいるところを縛り上げられてしまう。 「社長…?!」 叫んでも笑っているだけのリボーンは、先ほど締め上げたことによりヨレたオレのネクタイも解くとジャケットのボタンを外してスラックスからシャツを掴み出した。 「男は傷害罪にしかならねぇんだとよ……こんなことなら最初っからこうすりゃよかったのかもしれねぇな。」 「何言って…っつ!」 スラックス越しに中心を握られてやっと言葉の意味が理解できた。 だからといって、何故そんなことをされなければならないのかは理解できない。 親しくしていた部下に裏切られて怒っている筈なのに、なんでこんなことを。 クッと口端を引き上げたリボーンは、けれどもひどく切ない瞳をしていた。 「いくら言っても分からなきゃ、こうするしかねぇだろ。」 . |