リボツナ3 | ナノ



1.




人気のない社長室に一人、灯りも点けずに佇んでいた。
窓から覗く街並みも今日で見納めだ。
ふうと一つため息を吐くと、懐から封筒を取り出す。
バカなことをしたとは思う。けれど、こうでもしないとあの人のことだからきっと掴まらなかったに違いない。







この会社には父親が副社長をしていたことから縁故で入社した。
そうでもなければこのご時勢にオレのようなどこの部署でも持て余す使えないヤツが入社できる訳がない。
だというのに、父親のコネが強力だったのか気が付けば社長秘書なんていう花形のエリート揃いの部署に配属されていた。

丁度社長を新しく迎える時期と同じくして入社したオレは、最初の半年は営業をやらされていた。これがさっぱり上手くいかず、もう辞めようと何度も思ったほどだった。
鈍臭いオレは、結局新規開拓を一つもすることなく営業から事務に回されてしまう。

そんな折、新社長が下で働く社員たちの意見を聞きたいと食堂に現れるようになった。
イタリアからの歳若い社長だと聞いていたが、聞くと見るとでは大違いで本当に若くなんとオレと同い年だと事務の女性社員たちが騒いでいた。

ぶっちゃけ仕事熱心でもなく、ましてイタリア人だなんて話もできないから雲の上の存在だと思っていた。
だというのに、いつものように食堂で一人モソモソと定食を食べていれば何とそのイタリアンな社長がオレの隣に座ってきたではないか。

焦った。
オレに会社をこうしたらよくなる!なんていうやる気はない。定年まで働いて、嫁さんを貰って、慎ましく暮らせればそれが幸せだと思う小市民なのだ。
ああ、だというのに。

「よお…いつもこの時間に喰ってんだな。部署と名前は?」

黒い髪に黒い瞳、けれどもどう見ても外国産と分かる脚の長さと腰の高さが際立っている社長が何故だかオレにしゃべりかけてきた。
一気に汗が吹き出てくる。

「はいっ!事務課の沢田綱吉です!!…あの、オレどきます!」

半分ほど手をつけていた定食から箸をあげて、そそくさと席を立とうとすると素早く手を取られてまた横に座らされた。
間近で見るとくらりとするほど色っぽい切れ長の目がじっとオレを見詰めている。社長というよりモデルで通るような華やかさだ。居心地の悪さに視線を下にやったり横にやったりとキョロキョロさせていると、逃げられないように腕に囲われた。

「あ、あの…」

「サワダ…沢田ってあの家光の息子か?」

「へ?何で父さんのこと…って、イタリアからでしたね。」

妙に近い顔に外人さんて距離感が分からないと思いながらもそう返事をすると、物凄くイイ笑顔でとんでもないことを言い始めた。

「そうか、家光の息子なら丁度いい。事務課には話を付けてやるから、明日から秘書課に来い。いいか、分かったな?」

「は……?」

勿論言葉は聞こえた。ああ、聞こえたさ。
でもまさか本当に自分が秘書になるなんて、夢にも思っていなかった。
だから翌日、いきなり社長がお呼びだ!早く行きなさい!なんて言われる羽目になろうとは…。







社長秘書となって1年と半年。オレにしては割りと上手くやれていたような気がする。
ポカもなくここまでやってこれたのも、一重に社長の…リボーンのお陰だと断言できる。

イタリア語どころか、英語すらさっぱりだったオレにスパルタで叩き込んでくれたのは誰あろうリボーンだからだ。
日常会話どころじゃなく、ビジネスで使えるようにならなければ給料を減らされるという憂き目に合い、しかも連れていかれたアメリカやイタリアで放り出されること数十回。嫌でも覚えるってもんだ。

それももうお終いだろう。
どこが気に入ったのかは不明ながら、何故か社長秘書として以上に親しくしていた腹心にまんまと嵌められたのだから。
人一倍プライドの高いリボーンのこと、きっと許しはしないだろうと覚悟を決めて本社社長の頼みを受けることにしたのはオレだ。

社長という立場以上に、本人が魅力的なのはいいことだと思う。だからといって、女遊びが過ぎるリボーンは毎週どころか毎日連れている女が違っていた。
親族経営をしている会社なので、リボーンとイタリア本社の社長は親戚だ。
そして自身の甥が身を固めることなくふらふらとしていれば心配になるのは当然のことだろう。

本社社長とは本社の副社長をしている父親の繋がりで懇意にしていた。その本社社長から、リボーンの女癖の悪さを心配されて、しかもこちらの大企業の常務の娘とのお見合い話を持ちかけられているのだと相談されたのは今から2ヶ月前のこと。

恋愛は一時の快楽だと笑うリボーン相手に、どうやってまともに話ができよう。
けれど会社として断れないことも事実で、それを話してしまおうかと思ったこともあったのだが、そんなことを言えば余計にいい返事は貰えないことも知っていた。

「…今ごろ怒り狂ってるかも……」

女性に対して紳士的な態度を崩さないリボーンだから、きっと内心では怒りながらもどうにかお見合いをしてくれていることを切に願う。

社長の机に腰掛けると居もしない社長が見えた気がして慌ててキョロキョロ辺りを見回した。やはり居ない。居る筈もない。こんなところでまで身に沁みているスパルタの影響に自分を笑うと、見慣れた机に視線を落としてから立ち上がり真ん中の一番目につきやすい場所へ辞表をそっと乗せた。

辞表を置いて逃げるなんて社会人としては最低だと自覚はある。
けれどこれでいいのだとも思っていた。
手塩に掛けて育ててくれた恩を仇で返すようなヤツの顔など見たくはないだろう。

たとえ辞表が破棄されたとしても、もう父親にも本社社長にも話は通してあった。
こういう時にコネを使うのは卑怯だと思えど、それ以外に方法もなかった。
本社社長はこのお見合いを頼んだことを悪いと思っているのか本社へ来いと誘ってくれたが、リボーンと同じ会社に居続けることに罪悪感を覚えてそれも辞退した。

これからは母親の営む喫茶店で働くつもりでいる。
どの道、社長秘書になどならなければ遅かれ早かれそうなっていたのだから、少し遅くなったがまた歩むべき道に戻っただけだ。

ぴしりと背筋を伸ばしてから社長机に向かい、深々と頭を下げた。

「今までありがとうございました。これからもお元気で…」

ぽろりと零れた涙を拭って顔を上げて後ろを振り返る。
誰も居ない筈の社長室に、いつの間に入っていたのだろう社長ことリボーンがドアの前で腕を組んでオレを睨んでいた。

バカな。先ほどまで誰も居なかった筈で、物音一つなかったというのに。

「しゃ…社長?」

驚きのあまり裏返った声で呼びかけるもそれには答えず、睨んだまま組んでいた腕を外すと一歩また一歩と近付いてきた…


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