20.男の姿が見えなくなるまで睨んでいた顔が、ゆっくりとこちらに向かってきた。 怒りもないが、心配しているといった様子もない。 大体、あのビデオカメラにはどこからあの痴漢行為が収まっているのか。 助けられて嬉しい反面、まんまと男に騙されたバツの悪さに視線が下へと落ちていく。 落ちきった視線の下にはリボーンの靴。 上げられない頭の上から漏れるため息に身体を竦める。 「ったく…オレのファンからメールを貰ったから間に合ったものの…一歩間違えりゃ強姦されて、それをネタに強請られるところだったんだぞ!」 「そんなこと頼んでないだろっ!」 上から押さえつけられる言葉に、つい反発してしまうとチッと小さい舌打ちの後に同じように芝生の上にしゃがむと顔を覗き込まれた。 「お前はなんでそう頑ななんだ…」 バカなことをした自覚のあるオレは、その言葉に益々顔を上げられなくなった。違う種類の涙が溢れて、噛み締めた唇にひとつまたひとつと零れていった。 「ダメツナ。」 「う、うるさい!ダメツナ言うなっ!そんなこと言うならほっとけよ!!」 涙腺が壊れたみたいにボロボロと零れ落ちる涙が悔しくて、膝を抱えてその中に顔を埋める。 芝生に押し倒されて跳ね捲くりな髪に草が入り込んでいる。それに構わずリボーンがそこにキスを落としていった。 「それでも…ドジで間抜けで意外と頑固なダメツナがいいんだ。お前が好きなんだ。…ツナは?」 頭の上から響く真摯な言葉に。逃げ出したくなるほどの恥ずかしさと、強張った心が解けていくような気分になる。 膝の囲いからこっそり顔を上げると、珍しく真剣な顔をしたリボーンがオレの返事を待っていた。 痴漢に襲われて分かったのは、あんな行為リボーン以外の誰ともしたくないということ。 それはどこに起因があるのか知ってはいても、認めたくはなかったそれをまざまざと見せ付けられた。 好きだからあの行為を受け止められたんだと。 言葉では嫌だのダメだの言っていても、きちんと拒んでいないからあの後も色々されたのだろうか。 それでも言葉に出して言ってしまうことに躊躇いを覚える。 リボーンがじゃなく、自分が好きと言葉に出してしまっても変わらずにこの距離を続けていられる自信がなかった。 言ってしまいたいけど、言ったら最後だと思う。 オレが拒まなくなったら、どんな場所でどんなことをされるやらと想像すると冷や汗がでる。大体、バスでオレに触りまくるから写真を撮られたのだと勘違いしたのだ。 うううっと唸ると、またもリボーンからため息が漏れた。 「分かった…しょうがねぇ、オレが大人になるまでは譲歩してやる。」 「じょう、ほ?」 「そうだ。オレがお前の物になってやる。ツナが本当に嫌がることはしない。言うことは聞く。」 「へ…?はぁ?!ムリだろ!お前がオレの言うこと聞くもんか!!」 何言ってんだ。ただの言葉尻を押えただけじゃないのか、とジーッと見詰めるとリボーンは腕を組んでオレから距離を置いた。 「…ただのポーズじゃダメなんだぞ?」 「分かってる。とりあえず、オレが高校を卒業するまではお前の言うことを聞くぞ。」 「ホントかな…」 「本当だぞ。」 「ホントの本当に?」 「お前、オレのこと何だと思ってんだ。…まぁいい。絶対だ。」 失礼だなと眉を顰められたが、今までの行いが行いだ。慎重に慎重を重ねても不思議はない、と思う。 オレから少し距離を置いた位置にいるリボーンの背中にほっぺたをくっ付けてみた。 …大丈夫そうだ。 今度は肩に腕を回してみると、ちょっと腕が揺れた。 なんつーか…精一杯我慢してます、って感じが可愛い。 くすくすと零れる笑いに、リボーンは眉根を益々寄せている。 それならこれもいいかな、なんて悪戯心が疼いてきた。 肩に手を掛けて耳元に小さく呟いた。 「…すき……」 ばっちり聞こえたらしいリボーンは、目を見開いてこちらを振り返る。手は背中に回したいのに回せずに宙ぶらりんのままだけど。 「お前が高校卒業するまではダメな。ついでに、オレ、このまま学園で雇ってくれるって。だから、学校ではぜったいダメ。分かった?」 言ってから、浮いているリボーンの手を取るとオレの背中に回す。オレもリボーンの背中に腕を回すとピタッと張り付いた。抱き締める腕の力が込められていくも、ダメという言葉を守ろうと顔を近づけまいとこらえている。 最初からこうだったら可愛かったのに…とは思っても、だとしたら好きだと気付くのにどれだけ時間が掛かっただろう。 オレのことだから気付かないままだったかも…と思いながらもリボーンの頬にチュとキスして顔を覗き込む。 「好き。」 「…お前…イイ顔でしゃあしゃあ言いやがって…卒業したら覚えてろよ!」 卒業するまであと一年。 リボーンの忍耐が試される日々は始まったばかり。 終わり |