リボツナ3 | ナノ



14.




「ツナ〜?どうした?浮かない顔して。」

人生是快晴なり、といった呑気そうな顔で斜め向かいのディーノ先生が話しかけてくる。
夕方の職員室はまだ生徒も教師も用事があったりして、昼間よりも賑やかなことがある。今日はその賑やかな日だった。
ガヤガヤとかしましいBGMを背負っての会話は聞こえ辛い。ディーノ先生の声に顔を上げて何がですか?と空とぼけてみるのに、上手くいかなかったようだ。
眉間に眉を寄せて叱られた子供のような顔でこちらの様子を窺っている。

「本当に何でもないですってば。…ただ、教師って思ってたより大変だなって。それだけです。」

「まあな。でも仕事はどれだって大変だろ?」

「そりゃ、そうですけど…」

大変の意味が違うのだ。それは誰にも言えないが、時折誰かにぶちまけてしまいたくなる。
あれから2週間が過ぎ、もうあと一ヶ月あるなししかいられない。
最初は何事もなかったかのようにとはいかなかったが、それでもあの話を蒸し返すこともなくどうにか平穏に過ぎていった。

それは喜ばしいことの筈だ。
だというのに自分の気持ちだけがあの場所に取り残されたまま、通り過ぎる影や遠くに見える姿をふと見詰めていることが多くなっていた。
すぐに気付いて視線を逸らすのに、そうすると胸に苦味が広がって蓋をして押し込めた筈の本当の気持ちが顔を覗かせる。
どうにもならない。

ため息を飲み込んで、表情を取り繕うとせんぱーいと猫なで声を出してみる。
するとわざとらしく身体を強張らせてノッてくれるディーノ先生に少し救われた。
そうしてどうやら後輩が気になるディーノ先生はオレからどうしたのかを聞き出そうと思っているらしかった。
言えたらどんなに楽だろう。
勿論言える筈もなく、それなら奢って下さいよなんて言ってみる。
すると外で飲むのはオレがヤバいということで、ディーノ先生の自宅で鍋をつつきながら一杯やろうかなんてことになった。







翌朝目が覚めれば見慣れぬ部屋だった。
が、今回はソファの上で寝かされていて、ジャケットとネクタイは外していてもシャツもスラックスも履いたままだった上に床にはディーノ先生が転がっていた。
…ワインが数本空いている。
記憶を辿ればうっすらと残っているのはシャンパンを一口飲んだくらいで、そこから先は覚えていなかった。
何か喋ってしまってはいないだろうか。幾ら思い出そうとしても思い出せずに、仕方なく記憶の発掘は諦めざるを得なかった。

窓から見える空は綺麗に晴れていた。
今、何時だろうかと覗くと9時を少し過ぎたところだった。
今日は土曜ということもあり、顧問を受け持っていないオレは平気だがディーノ先生は確か剣道部の顧問の筈だ。揺り起こそうと肩に手を掛けて顔を覗き込むといきなりぎゅうぅ…と抱き竦められた。

「ちょっ…ディーノ先生?起きて下さいよ、オレ抱き枕じゃありません!」

「ツナ〜…お前みたいないいヤツを振る女なんて忘れちまえよ。すぐにいい子が見付かるって!保障してやる!」

どうやら昨晩、酔いに任せて失恋したと言ってしまったらしい。
それにしても、ぬいぐるみのように抱きつかれてはさすがに辟易する。

「はい、はい。分かりましたよ。…っとにもう、いいから起きて下さ…」

い、まで言い切る前にがちゃりとリビングの扉が開いた。
その顔を見て動きが止まる。

「…おっ、リボーン!どうしたんだ?こんな朝早くに。」

リボーンだった。従弟だとは聞いていたが、休日にディーノ先生のうちに遊びにくるほど仲がいいとは思っていなかった。リボーンからしてみれば、まさかオレがここにいるとは思ってもいなかったようで、扉の前で固まったままこちらを覗いている。
ディーノ先生はというと、オレとリボーンの間に流れる微妙な雰囲気に気付くことなく、オレを抱えたままでリボーンへと話しかけた。
それにいち早く状況を理解したリボーンが、ディーノ先生の足を蹴る。

「いいからツナを離せ。」

ディーノ先生の腕からリボーンが救い出してくれた。蹴られた足が痛かったらしいディーノ先生の腕が緩むと、素早く肩を引かれ胸に抱きとめられた。
久しぶりの接触にドキドキと煩い心臓を聞かれやしないかと、それだけが心配で顔を上げられない。

肩に触れるリボーンの腕からそっと逃れた。
辺りを見回して、床の上に散らかったネクタイやらジャケットやらを身に着けていく。
その間中、ずっとリボーンの視線を感じていた。

オレとディーノ先生は普通の先輩後輩の間柄しかないのに。
疑われても何もないんだけど…と思ったが、よくよく考えてみればそんなことを疑われる筋合いはないし、もう関係などない。
視線を振り切るように顔を上げると鞄と荷物を手にディーノ先生に一声だけ掛けて玄関へと向かう。
慌ててディーノ先生とリボーンが追ってきた。

「送ってってやるって!」

「いいですよ、だってディーノ先生もうすぐ部活に顔を出しに行く時間でしょう?乗るバスも分かるし帰れます。」

何を心配されているのかと言えば迷子の心配だった。悲しいかな、オレは学園でも迷子になること数度と繰り返しているのでそれも仕方のないことだ。
それでもどうにかなりますよ、と言って出て行くとリボーンが後ろから付いてきた。

「待て、オレが送っていくぞ。…それに話がある。」

「…オレにはない。」

リボーンと話なんかしたくなくて、スタスタと前を歩くと後ろの角でリボーンがピタリと止まる。

「そっちじゃねぇ…こっちだ。いいから付いてこい。」

やっぱりリボーンのお世話になることとなった。




バスに揺られること20分。リボーンも乗り込んできたので、どこかで乗り換えるのだろうかと思っていたのに結局降りることなく、オレの降りる停留所まで付いてきてしまった。

「オレ、さすがにここからは帰れるんだけど…」

バス停で降りたリボーンに、お役目ご免だと断りを入れる。
けれどそれを丸っと無視してオレの後ろに付いてきた。
どこかに逃げてやろうかと思ったが、二日酔いの上に運動神経抜群のリボーン相手に逃げ切れる自信はない。
仕方なくリボーンを引き連れて自宅へと帰ることになった。

お世辞にも綺麗とは言いがたいアパートへ招くと、興味深そうに部屋を覗かれた。
何だか恥ずかしい。
毎日自分が寝起きしている空間にリボーンがいるということに、違和感を感じる。
適当に床に座らせて、お茶の準備をしようとするとコーヒーと言われた。

「…言っとくけど、お前が美味しいと思うようなモンは出せないからな。」

「いいから出せ。」

このヤロ…とは思っても、ここまで迷子にならずに帰れたのはやっぱりリボーンのお陰なので、コーヒーの一杯くらいは出さないと失礼だろうか。でもなんだか釈然としない。
そんなこんなでコーヒーを淹れるとリボーンの前まで持っていって、自分もその前に座ると口を付けて一息ついた。

「…方向音痴で片付けはヘタだが、コーヒーはまあまあだな。」

「えらそうに…で、何の用?」

訊ねるとカップと脇に置いて距離を詰められた。逃げ出したくなったが、逃げずにジッと何をする気か見る。
オレの前まで来ると、手の中のカップを取り上げられてテーブルの上へと置かれた。
男でも綺麗といって差し支えない整った顔が目の前いっぱいに広がる。

逃げ出したい。怖い。
その気持ちは強姦されたせいじゃない。そもそもあれは強姦ですらない。オレは分かっていて2度目のそういう行為に及んだのだ。

全部を見透かされていそうな黒い瞳に縛り上げられたように身体が動かなくなる。
互いの息が感じられる距離で、視線を外せないまま睨むように目の前のリボーンの一挙手一投足に目を眺めていた。

「てめぇは自分がどうとも思っていなけりゃ、相手も同じだと思ってんじゃねぇのか?」

「…なに言って…」

読めない表情から徐々に浮かぶのは苛立ちだろうか。
言葉の意味が分からなくてリボーンの続きを待っていると、片膝を持ち上げられて体勢を崩したところで押し倒された。

「ちょっと待て…!」

どうにか肘を付いて床に転がされることだけは免れると、横に逃げようと手を付く。それを見越して背中を押され、床に突っ伏す格好になった。
リボーンの腕の囲いから出ようとふたたび床に手を付くと、床と身体の間に出来た隙間から手を差し入れられた。
いきなりスラックス越しに股間を握られて、痛さと怖さに身体が竦んで動けなくなる。そうして動けなくなったところで鼻を耳裏に擦り付けると項まで辿っていき、ざらりと舐め取られた。

「…ツナの味しかしねぇな。」

ディーノ先生とそういうことがあったのかを確かめているのだろうか。リボーンはまだ項から襟の中へと鼻を入れると、片手でネクタイを解き上からボタンを外していく。
堪えられなくなって首を振るとシャツを剥ぎ取られて肩を噛み付かれた。

「やだって…こういうことはもう終わりだって言っただろ!」

声を荒げると、肩から首筋を行き来していた唇がひっそりと呟く。

「両隣に聞こえるんじゃねぇか?」

くつくつと笑う声に目の前が暗くなった気がした。

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