リボツナ3 | ナノ



13.




一度そういった関係を持ってしまえば後はなし崩しで…などといったこともなく、ここ一週間は2人きりになることなどなかった。
クラスでは教師と優秀な生徒。
痴漢対策として始発のバスに乗ることにしたために、リボーンと朝から会うこともない。
昼休みは先生方が誘ってくれたり、他の生徒に学食のお勧めを教えて貰ったりと一人になる暇もなかったからだ。

そんな風に時間が過ぎれば、あれは何かの間違いだったんじゃないのかと思っていた。



次の授業まで一時限空いてしまったからと学食にある自販機にまで足を伸ばした休み時間こと。
ミルクティーを片手に、体育をやっているクラスがあるなと外を眺めていると丁度受け持ちのクラスと隣のクラスとの合同授業だったらしい。
風もないいい天気で、絶好の観戦日和だ。
2階にある学食からはグラウンドがよく見えた。紙コップのミルクティー片手に窓際へと陣取ると誰もいない学食のテーブルにひとり座り、生徒たちを眺めた。
身長はあってもまだまだ薄い身体付きをした子が多いなかで、一際目立つのはやっぱりリボーンだった。
8頭身とかいうやつだろうか。

何をしているのかと思えば、クラス対抗で野球をしているらしい。
うちのクラスの子が一人打ち取られると、次はリボーンがバッドを握ってバッターボックスに立った。
勉強も運動もできるとは聞いていたが、如何ほどか?なんて眺めていると、投げられた球の芯を見事に当てて余裕でベースを踏んでいって、ホームイン。
ホームランというヤツだ。

可愛くないと思っていれば、くるりとこちらを振り向いて手を振ってきた。
視線がしっかりとこちらを見ている。
…見られていたらしい。
お前は目もいいのか!なんて内心悪態をついたが、手を振り返してやる。
すると投げキッスまで寄越してきた。

「…バカ!」

誰もいない学食のテーブルの上に突っ伏して、赤くなった顔を隠す羽目になった。




午前の授業を終えて、さて今日はどこで昼飯を食べようかなんて思っていると、ケータイから聞きなれない音が聞こえてきた。
短い着信音に、これはメールだと廊下の隅に寄って確認する。やはりケータイだったのだが…

「いつの間に…?」

教えた覚えもなければ、通信したとか入力した記憶もない。
ということは、あいつが勝手に入れたのだろう。
手にしたケータイの画面を開くとリボーンと送信者の名前が入っていて、辺りを見回して誰も気にしていないことを確認してからメールを開く。
すると一言、生徒会執務室で待っている。とだけあった。
慌ててメールを閉じると、何気なさを装って歩き出す。でも右足と右手が一緒になっているかもしれない。それくらい動揺していた。

後ろめたい気持ちが拭えないまま、一週間前に醜態をさらした場所へ向かっていく。
歩く度にドキドキと心臓は早鐘を打ち、反対に足は遅くなった。
それでも生徒会と書かれた部屋の前までどうにか辿り着いていた。

今度こそ流されまいと息を大きく吸い込むと、拳を作っていささか乱暴に打ち付けた。
少し間があいて、入って来いと声を掛けられる。
ドアノブに手を掛けてゆっくり回すと身体を中に滑り込ませた。
中を見ると、今日は会長の机に座っていてこちらにくる気配がない。
ホッとしたのとズキッと痛む胸とを無視して扉を背に向かい合う。

「何…?」

言いたいことは色々あった。
あんなことがあったというのに、事後も一切口を利かず、互いの身支度だけ整えるとオレは後ろも見ずにこの部屋を出ていったし、それ以降も一言も口を利いていなかった。
オレは接触を避け、リボーンも同じだったのだ。
それは無かったことにしようという暗黙の了解だと思っていたのに。

視線を反らずリボーンの顔を睨んでいると、椅子から立ち上がろうとする。それにギクリと身体を強張らせると、自嘲気味な笑いを浮かべてまた深く腰掛ける。

「そんなに怯えんな。余計に煽られる。」

「なっ…」

絡め取られるような視線に晒されて、身体がカッと熱を持った。
それでも睨み続ける。

「一週間…」

と突然リボーンが喋り出した。

「センセイがどんな反応をするのかずっと見てた…。腕の中にいた時は確かに応えてたのに、すり抜けたら何事もなかったような顔してたよな。可愛い顔してとんでもねぇ淫乱かと思ってたが…」

「ふっざけんな!あれはお前が…!」

怒りで言葉にならない。誰が淫乱だ。冗談じゃない!

力の限り睨んでいると、その先でガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
ゆっくりと近付いてくるリボーンに慌てて距離を取ろうと横に逃げる。
それを追って近付く。また横に逃げる…と繰り返して気が付けばソファの横にきていた。
ソファの後ろに回ると、それを盾に距離を測る。
ぴたりと止まったリボーンに、やっとかとソファの背凭れを握っているといきなり距離を詰めてソファ越しに腕を掴まれた。

「ただ見てた訳じゃねぇ。誰にどれだけの距離を取るのか…ずっと見てた。」

「だから?!」

強く握られた腕は何をしても振り解けなくて、苛々と言葉をぶつける。それに構うことなくもう片方の腕が肩を掴むとソファ越しに無理矢理口付けられた。
手で押し返そうにもバランスを取るためにソファに着いたままの手はそこから離せない。
いや、本当はそれもただのいい訳だ。

深く絡め取られてはいても、それに応えているのはまぎれもなく自分で、いい訳などなんの役にも立たない。
こんなことはいけないんだと理性が警鐘を鳴らしているのに、いうことをきかない身体はとことん欲望に忠実だった。掴まれていた腕と肩からいつの間にか頬へと手が滑り、包み込むように頬を引き寄せられて互いの気の済むまで深く交わった。

名残惜しく舌が離れてゆき、その唇はひとつ瞼にキスを落とすと少しの距離を取った。

途端に罪悪感が胸をつく。
ギリギリと締め上げるようなそれは、濡れた唇の感触によって一層ひどくなる。
目の前の顔を見ていられなくてそっと視線を外すと、頬から手が離れる。

「その顔だ…そんな顔他の誰にもしやしねぇのに、オレにだけはよくするよな。…ディーノや他の生徒にはどれだけ近寄られても全然平気なのに、オレが一歩近付くだけでその顔になる。なぁ、センセイ…オレのこと好きだよな?」

縋るような声だった。
確信している素振りなのにいま一つ強引になりきれないのは迷いがあるのか。
それに応えることは、やっぱりできない。
いくら臨時でも担任で、大人で、教師だ。
さんざん流されて、自分からも縋ったのに、それを分かってわざと悪辣に見えるように顔を覗いて言ってやった。

「そんな訳ないだろ。男に強姦されて嬉しいもんか。お前もオレにバラされたくなきゃ内緒にしてろよ?」

最後にニッと口許だけ笑みの形を取るとソファから手を離してゆっくりと扉に歩いていった。
駆けていきたいのを我慢して、胸の痛みを抱えたままドアノブに手を掛けると何事もなかったかのように廊下へと踏み出した。

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