9.すでに座席は埋まっていて、やっぱりつり革に掴まる羽目になった。 後ろを振り返り、痴漢男を確認すると斜め後ろにいて段々と近付いてきていた。 その気持ちの悪い視線にゾッとする。 咄嗟に身構えると、肩を抱かれて耳元でリボーンが囁いてきた。 「いいか、こうしてオレが後ろにいて庇っていてやる。腕はこのままだから嫌がるんじゃねぇぞ。」 「えっ!ちょっ…!こんな格好してたら周りに怪しまれるだろ!」 「だからいいんじゃねぇか。これなら寄ってこねぇぞ。」 「寄ってこないかもしれないけど、代わりにお前と噂になるって!!」 リボーンの腕から抜け出そうとすると、丁度のタイミングでバスが発車した。つり革に掴まってもいなかったので発車の揺れに足元を掬われてよろけそうになると、すかさず腕が肩に周って抱き留められた。 先ほどよりも近い顔に顔が赤らむ。 やっぱり恥ずかしくて抜け出そうと空いている空間に視線をやると、あの痴漢男の前しか空いていなかった。 …さすがにそこにはいけない。 かと言って大人しく腕の中にいるのも困る。 混み合うバスの中でぴったりと寄り添っていると、互いの匂いまで分かる。今朝借りたシャンプーの匂いとわずかに香るこれはコロンなのか。 匂いに包まれているとあの時のことを思い出して、知らず身体が熱くなってくる。 肩を抱いている手がどんな風に触れるのか、耳の近くにある唇がどこを辿っていったのか、涼やかな目元が豹変する様まで思い出しそうになって、慌ててそれを追い出そうと頬を叩く。 「…どうかしたのか?」 「なんでもない!」 一方的な乱暴だった筈なのに、何でこんなにドキドキするのか。 自分の気持ちに精一杯で深く考えずにそのままの体勢で学校までの道のりを過ごしてしまった。 リボーンと2人、学園前のバス停で降りるとやっと腕が離れた。 ようやく息が出来る。大きく息を吐き出してから吸っていると、後ろにいた筈のリボーンが横にきてオレの顔を覗き込んで言った。 「今あったことを否定も肯定もするなよ。」 「…って?」 「それが交換条件だ。」 「…それだけでいいの?」 「それだけ、なぁ…」 フッと笑うと手を振って先を歩いていってしまった。残されたオレは、ムチャクチャな条件を言われなかったことに安堵の息を吐く。 何を要求されるのかとヒヤヒヤしていたのに、意外やそんなことでいいなんて。 またあんなことさせろとか言われたらどうしようかと…ってどうしようもこうしようもないよ!断固拒否だって! 頭の中でいたされちゃったあんなことや、こんなことを思い浮かべてしまい、全身を巡る血が沸騰してしまいそうだった。 腹に力を入れると、ひとつ大きく深呼吸をして校舎へと歩き出した。 1時間目の授業の時に、女の子たちの恨みの篭った目をいくつも受けて何かあったかな?なんて呑気に思っていた。気にせず授業を終えて教室を出ようとすると数人の女の子たちが扉の前で立ちはだかった。 「沢田先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけと付き合って貰えますか?!」 付き合っても何も引き連れていく気満々のようだ。 次の時間は授業もないし、何やら真剣な様子の女の子たちに深く考えずに付いていく。 そういえばこんなこと、よく高校や大学でもあったなぁ…今は別の用件だろうけど…と思いホケホケと裏庭へと連れていかれた。 するとそこにも数人の女の子たちが待ち構えていて、合わせると10人程度の集団になっていた。 何だろう? ぼんやりと見ていると、リーダー格の女の子がずいっとオレの目の前まで出てきて、鋭い視線で詰問を始めた。 「今朝、沢田先生とリボーン君が一緒にバスに乗ってたのは本当ですか?」 「はっ…?あぁ…うん、一緒になったよ。」 うっ…!何やら雲行きが怪しくなってきた。ひょっとしてヤバい? 「それじゃあ…リボーン君と抱き合っていたって本当ですか?!!」 「だっ!?」 誰が抱き合ってたって!??と言いたいところを唇を噛み締めて我慢した。よく声に出さなかったと誉めて貰いたいくらいだ。 言い返したくてもリボーンとの約束があって言えないし、女の子たちに誤解されている状況をどうにもできないことが悔しい。どうしようもなくて顔を赤くしていると、取り囲んでいた女の子たちが悲鳴を上げる。 「教えて下さい!」 「…っ!」 言い募る女の子も必死だけど、オレも必死に誤魔化そうとない頭を振り絞る。 どうしよう、ここで逃げてもまた掴まれば一緒だし、違うと一言言っちゃおうか?と口を開きかけたところで頭の上から声が掛かった。 「モテモテですね。沢田先生?」 「だっ、誰が?!誰のせいで…っ!」 2階の窓から顔を覗かせているのはリボーンで、それを見た女の子たちは潮が引くようにオレから遠ざかる。 はしたないところを見られたくないのだろう。 「オレのせいですよね。…見てましたよ、全部。」 言うとニヤリと笑って女の子たちの顔を一人ひとり眺めていく。 その視線に晒されて女の子たちがひとり、またひとりとその場から立ち去っていった。 気丈にもリーダー格の子だけは残っている。 「言いたいことや、聞きたいことがあるんならオレに直接聞きゃあいいだろ。ひとりで責任の持てないようなことはするな。」 「っ!ごめんなさい!」 震えながらオレに謝ると、その子も踵を返して走り去っていった。 残されたのはオレと、その上で腕を組んでいるリボーンだけだ。 「…あのなぁ…助けてくれたのはありがたいけど、女の子は泣かしたらダメだよ。」 「言われるまでもねぇんだよ。…だけど、お前が絡むとどうにもならねぇ…こんな格好悪ぃのは初めてだ。」 「リボー…」 見上げると頭を抱えているリボーンが見えた。その姿にぎゅうっと胸が締め付けられる。 こちらを振り返りもしないで、窓から遠ざかりながらリボーンが小さく呟いた。 「悪かった…」 はじめて謝られて耳を疑った。今、悪かったってリボーンが言った?! 顔を見たくて窓を覗き込むのに、すでに窓から離れて背中しか見えなかった。 あれってどういう意味だろう。 . |