リボツナ3 | ナノ



6.




どうしてまた日本に戻ってきたのか。
どうして帰国する際に秘密を吐露したのか。

いい訳はしないヤツだと知っていたから、聞いてもいいのだろうかとずっと考えていた。
いや聞きたくなかったから耳を塞いでいた。

でも本当は知りたかった。
今なら聞けるだろうか。




握り込まれていた手は解け、身体を押さえ込む力も緩む。
オレの上から退いたリボーンの手にそっと触れると胸の中に抱き込まれた。
4年前に置いてきた気持ちが溢れ零れる。

「どうして………!」

身体を包み込む長い腕の檻に囲われて、その背に縋りつく。
漏らすまいと思っていた嗚咽も広い胸に額を押し付けられ、決壊したダムのように溢れた。
頭を撫でるリボーンの手に益々涙が止まらない。

スーツに染みを広げていくオレに甘く囁く声。

「やっと聞いたな。」

「…ど、いうこと?」

額を上げて顔を覗くと、見たこともない顔をしていた。
甘く解けそうな瞳に状況も忘れドキンとする。

「いい訳はしねぇ。」

「知ってるよ。でもどうしてあの時にわざわざ言っていったの?」

どうして戻ってきたの。
聞きたいのはそれなのに、素直に口に出せない。
仕事なのは分かっているし、期待は持てない。だってあれから4年も経っている。
自分ですら、付き合ってはいないとはいえ山本と微妙な関係になっているのだし、モテるこいつに恋人がいないとは思えないから。

恋人、に思い至ってぎゅうと胸が締め付けられた。
大体、5年前だって付き合っていたと恋人だと思っていたのはオレだけかもしれない。
あくまで仕事の一環だったと、そう思っている可能性が高い。

ふと、熱を持っていた筈の身体が冷えてきたことに気付いた。
背中に回した手をゆるゆると外し、肩にそっと手を付いて距離を取ろうと腕を突っ張る。
けれども腕の囲いは緩まない。

「そうやって、何も聞かずに離れていくのか?」

「…っ、そんなこと、言ったって…お前は答えてくれるのかよ?!」

精一杯腕を突っ張らせた距離も、その腕を取られて背中から布団に転がされた。
もう一度重なってきた唇の柔らかさに泣きたくなった。
懐柔されるものかと思っていたのに、あっさりと白旗を揚げる理性に反吐が出る。
けれどもそれを首を振って振り切る。

「嫌だ…っ!オレは本当に好きだったんだ!」

「そーか?オレは愛してるぞ。今も、ずっと。」

その言葉にカッとして、取られた腕を拘束されている腕から抜くと頬を打ちつけた。
パンと音を立ててまともにはいった平手。
避けるものだとばかり思っていたオレは、呆然とそれを見詰める。

「何で…。」

わざと叩かれた。
避けようと思えば避けられたのに。
赤くなった頬に手を添えると、その手を掴まれた。

「聞いてくれるか?」

いつもの尊大な態度はなりを潜め、見たこともない自嘲を顔にのせて呟く。
聞きたい。

「聞かせて。」






ぽつり、ぽつりと語り出したのは互いに引いた熱を分け合うように身体に手を回し、抱き合うというよりも暖め合うといった意味合いでの接触を繰り返しながら。

孤児だったのだ。とリボーンは言った。
イタリアのどこにでもある孤児院で、誰に愛されるでもなくただ生きてきた。
かなり頭がよかったリボーンは、奨学金で小、中、高とスキップを繰り返し、大学へ通う際にオレの実家の本家にあたる九代目が後継人となり、養子になったのだと。
九代目はとてもいい人だ。暖かい家庭には恵まれなかったが、慈善事業にも積極的に働きかけたり、自らが動いたりと決して偽善をする人ではない。
本心でこの寂しい子供の親になったのだろう。
それに応えるためにどんな仕事でも請け負ったのだという。
ディーノさんの家庭教師を引き受けたのもその流れだったらしい。

そうして、月日は巡り九代目からオレの存在を知らされる。
東洋のちっぽけな国に住む、平凡な青年。
どうしてそんな青年を、と訊ねれば九代目は彼でなければならないんだよ。と答えたという。

「どんなに凄いヤツなのかと入社式に紛れ込んでみれば、遅刻はしてくるわ、しおりは忘れてくるわでてんでダメなヤツだった。」

「……。」

その通りだ。よく覚えている。
視線を彷徨わせていると、背中に回っていた手が頬を包む。

「こいつはしっかり育てねぇと、と思ってお前についてまわってた。」

そうだ。イタリア語は喋れても書けなかったのを、こいつに叩き込まれたのだ。今ではへたな英語よりよほど分かる。あの時は意味も分からなかったが、成程理由はあった訳だ。
でも。
だったら何で手を出した?
落として連れ帰る気だとしても、普通は男は御免だ。
オレはなる気はさらさらないけど、次期社長候補に手を出すなんて正気じゃない。
分かれば首が飛ぶ。
それともあれも計算づくだったのかと、ずくりと胸が痛み出した。

「計算で男に手ぇ出すか。気持ち悪ぃ。」

「気持ち悪いんなら放せ。」

手足をバタつかせていると、頬を包んでいた手が力を込め顔を固定する。
そしてリボーンの顔が落ちてきた。
文字通り口を塞がれ、むぐぐっ…と言葉を唇ごと吸われる。

さんざん口の中を舐め尽した後、そっと唇を離すとニヤリと笑っている。
その顔をまともに見れず横を向いていると、また手が背中に回る。
背中から腰へと下へ辿る手が何だか意味ありげで嫌だ。

「ちょっ!…もう、止めろって!話は?!」

「分からねぇか?」

中途半端にはだけたシャツの襟から覗く鎖骨に吸い付かれた。
ぴりっとした痛みと、その後のなま暖かい舌の感触に眉根を寄せる。
肩を押し遣ろうと力を入れるが、近過ぎて力が上手く入らない。
いつの間にかボタンを外されたシャツの中に手を這わせ、肋骨を辿っていってそのまま背骨をつうっと撫で上げる。
背中の弱い部分だけをなぞる指に操られて身体が跳ねた。

分かってはいる。
ただ信じきれないだけで。

養父より、たった一年にも満たない月日を共にいただけのオレがいいなどと、どうして思える。
ドジで仕事もミスばかりで顔も平凡、これで性格がいいなら分かるが別に普通だと思う。
どこがいいんだか分からない。
自信がないオレには信じることができなかった。

4年前も、どこかで疑っていた。
そこに本当は新人ではなく本社の幹部だと告げられた。
納得して、やっぱりと諦めたのはオレだ。
イタリアへ帰る直前まで話し合おうとしていたリボーンに、何も聞きたくないからと突っ撥ねた。

聞きたくなかった。
社長にするためにイタリアから来たのだと。
そんなことを言われるくらいならと耳を塞いで、とにかく避けまくった。
裏切られたのだと思って蓋をして、そうしてようやくリボーンの居ない日々に慣れたのに。

どうして今更やって来たのか。
聞きたくないけど、聞かなければならないのだろうか。

また溢れ出た涙を舐め取られる。

「離して。」

「離さねぇ。」

「どけってば!」

顔を引き剥がそうと手を掛けるが、腰に回った手と後頭部を押える手は緩まない。
苛々と声を荒げて拒絶しても、その分腕の力が篭っていくだけだ。
身動ぎ出来ずに泣いているとまた唇が落ちてきた。
優しく触れるそれに暴れることも忘れる。
繰り返し、何度も何度も落とされる唇の感触に目を瞑っていると、最後に深く絡まった。

荒く熱い息を互いに吐き出して、やっと離された唇は少しジンジンしている。
瞑っていた瞼を開けてリボーンを仰ぎ見た。

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