2.午前中の授業は2時間だけで、その2時間をどうにか乗り切ってやっと昼休みとなった。 高校生ともなれば教室で昼食を摂らなければならない訳でもないので、どの生徒も思い思いの場所にと集まっているのだろう。 職員室へと向かって廊下を歩くと、実験室から声が聞こえてきたり、美術室から女の子の声がしたりと賑やかでそんなに昔のことでもないのに何故か懐かしい。 そういえば昼飯をどうしようか。 弁当屋か定食屋か…学食は学生がいっぱいで、そんなところに新任教師が赴けば注目度ナンバーワンだろう。そんな中で食事ができるほど厚顔ではない。 うーんと迷っていると、肩をポンと叩かれた。 「沢田先生。」 後ろを振り返るとリボーン君が紙袋をいくつも持った格好で立っていた。 「あれ?どうかしたの?」 「どうもこうも…今日は家庭科実習が『お弁当』だったらしんです。で、何人かの子から一斉に貰って…一人じゃ食べきれないんで。沢田先生が嫌でなければ一緒に食べて貰えませんか?」 「あー…」 いかにもモテそうだもんな。それは分かるんだけど、彼に食べて欲しくて作っただろう物をオレが食べちゃってもいいんだろうか。返答に困っていると、肩を竦めて苦い顔で呟いた。 「オレ一人じゃ食べきれないので捨てるよりはマシでしょう?」 「うー…うん。そうかも。それじゃ、必ず一口づつ食べてあげろよ?」 高校時代の友人にも同じようにモテるヤツがいて、そいつにも同じように言われて相伴に預かったことがある。その時と同じことを言っている自分に笑っていると、横を歩いているリボーン君が不思議そうにこちらを見ていた。 「あはは。オレが高校生の時の友達もリボーン君みたいにモテるヤツがいてさ…いっつも分けて貰ってたのを思い出してたんだ。」 「…それってディーノ先生のことですか?」 「へ?違うよ。ディーノ先輩は大学のゼミで一緒になったのがきっかけで喋るようになっただけ……って、オレディーノ先輩と知り合いだって言った?」 自己紹介の際にはそこまで喋る暇もなかった筈なんだけど。 訊ねると一瞬しまったという顔をするとしぶしぶ教えてくれた。 「…今朝、校門のところで抱き合ってましたよね?」 「抱き合っ…てないよ!ったく、ディーノ先輩のスキンシップが激しいせいでオレまでいかがわしい目で見られるなんて…」 「それじゃあお二人はただの先輩後輩だと?」 「当たり前だろ?!それ以外にどんな関係だっていうんだよ。」 大学の時にもあらぬ疑いを掛けられ続けてきたけど、オレとディーノ先輩は兄弟みたいだと思っている。二人とも一人っ子だから、ディーノさんはお兄ちゃん気取りでオレを構うし、オレは兄さんみたいに慕っているだけだ。 あの人相手に考えられねーよ、と言えばリボーン君は「それは何よりです。」とニヤリと笑っていた。 その笑顔は悪魔が人間を魅了するときに見せるというそれを連想させるほどで、綺麗なんだけどゾクリと背中が冷えたというか…。 いやいやいや。悪魔って何だ。生徒に失礼だろ。 しかも昼飯に困っているだろうオレをわざわざ探しにきてくれた彼に。 「そういえばどこに向かっているんだい?」 「生徒会の執務室です。」 …執務室?さすが金持ち校だ。 廊下を歩いていくと、ほどなく辿り着いた先には教室ほどの広さの部屋に机が6つとソファなどの応接セットが置いてあった。 「どうぞ…」 にこりとソファに勧められ、恐る恐る腰を下ろす。…うちにあるソファより座り心地がすっごくいいんですけど?! ショックを受けていると、リボーン君がお茶を用意してテーブルの前の席に着いた。 「何から何まで…ごちになります!」 「いえ…」 ふっと淡く笑い掛けられて胸がへんな具合にドキドキした。滅多にいないレベルの美形だからだよ!と無理矢理蓋をするとお茶に口を付ける。すると今度は忘れかけていたことを訊ねられた。 「今朝のとこなんですが…」 ブブー!と思わずお茶を噴出す。 「…助けて貰ったのは感謝してる!でも忘れて!」 恥だ。男に痴漢されてるところを見られたなんて、恥以外の何物でもない。 顔を赤くしていると湯のみを持っていない方の手を握られて、咄嗟に湯のみを置くと手を出しかけてどうにか押し留めることに成功した。 「……今朝も思ったんですが、何か武道でもしてましたか?触られると無意識に出てますよね?」 「うっ!…実は空手をちょっと…」 本当は段持ちだ。だから素人さん相手に滅多に手を出さないようにしている。 払ったり、かわしたりは咄嗟に身体が反応しちゃうんだけどね。 「ちょっとじゃなさそうですけど…まぁいいです。それでも出勤途中にいつも痴漢に遭うのは困りませんか?」 「困るに決まってる…っていうか、痴漢に遭うの決定?!」 「…でしょうね。あの痴漢オヤジ、ここいらで有名なヤツですよ。警察も捕まえたいのに上手くかわされて捕まえられないヤツですよ。しかも一度目を付けるとしつこいとか。」 「ゲッ…!」 どうしよう、今度触られたら間違いなくコテンパンにする自信がある。 ダラダラと汗を掻いていると握られたままだった手をテーブル越しに引き寄せられた。 「うわっ…!?」 テーブルの上の弁当が気になってテーブル越しにリボーン君にしがみ付く格好になった。 片手を肩に回すと意外に顔と顔が近くなってぼわっと顔が赤らむ。 視線をどこにやればいいのか分からなくてドキマギしていると何だか顔がもっと近付いたような… どうしよう、ヤバい、と思っていたのに逃げられなくてムニッと唇にくっ付けられた。 そのまま軽く啄ばまれ、最後に下唇を一舐めされてから離れていった。 「……え?」 今、オレ生徒にちゅーされた?! やっと手を離されてソファに深々と座り込んだけど、これってあれか、禁断のなんたらっつーの? 薔薇だか百合だかが咲き乱れた画像が脳内を駆け巡っていると、目の前の黒い頭がテーブルに擦り付けるように勢いよく下げられた。 「すみません!可愛くてつい…じゃない、可愛いのに自覚があんまりにもないんで気を付けて貰おうとちょっと脅かすつもりだったんですけど……」 「いや、あの…まぁ、ただのおふざけならいいよ。うん。」 全然よくないけど、思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。 深く考えて言ったわけではなかった言葉が、その後とんでもないことになるとは思ってもいなかった。 . |