リボツナ3 | ナノ



1.




今日から少しの間勤務することになったボンゴレ学園高等部へと向かうバスに揺られること15分。
臨時教師の沢田綱吉は、そのたかだか15分ですでにゲッソリとやつれてしまっていた。

初出勤なのだからと目覚ましを早めにかけたことが敗因だったらしい。
まだ余裕があるさなんてうつらうつらと船を漕いでいたようで、気が付けば朝食も摂る暇もなくスーツと髪の毛を整えることだけで精一杯の時間になっていた。

大学進学と共に一人暮らしを始めてもうすぐ5年。
教員免許はあれど、この不況の最中に教師になる先が見付からずアルバイトをして食い繋いできたのだが、そろそろ諦めようとした矢先にこの話が舞い込んできた。

前任の教諭が妊娠中毒のために予定より2ヶ月早く産休を取ることになった。そこで2ヶ月だけだが…ということで話が綱吉に転がり込んできたという訳である。

何でもいいからと意気込んで受けたのだが、よくよく聞いてみれば自分の得意ではないがまぁ不得意でもない教科の受け持ちで、しかも担任まで代わりに受け持つことになってしまった。
高校生ということで、中学生ほど多感ではないが大人でもない年頃の子供たちと上手く付き合えるだろうか…なんて考えていたから眠れなかった。

バスの揺れと暖房が眠気を誘う車内で、つり革に掴まっているとさわり…と尻を何かが掠めていった。
これだけ人がいればそんなこともあるだろうと、気にせずにいるとまたも尻に触れる。今度は掠めるなんてもんじゃなく、撫で上げるといった調子だった。

またか、とうんざりする。
学生時代にはこの手の変態のせいで時間をずらしたり、車両を渡り歩いたりとさんざんな目にあってきたのだが、ここ最近はそういった被害もなく快適だったのに。
相手にすればわめかれてこちらも嫌な気分にさせられることを知っている綱吉は、身体を避けると隙間へと逃げて行こうとしたのだが。がしりと手首を掴まれてそれを阻まれた。

ハァハァと荒い息を吐く中年オヤジは、綱吉の手を持ったまま自らの股間へとあてがおうとしていた。
それを見て焦ったのは綱吉だ。

冗談じゃない。

変態の股間なんぞ触りたくもないので空いている手で拳を握ると鳩尾目がけて振りかぶった。
……。
綺麗に決まる筈だった拳は邪魔されて、股間へとあてがわれそうになっていた手は外されていた。

「朝っぱらから何してやがるのかと見てりゃ…それ以上するようなら警察に突き出すぞ。」

「なっ何を言っているんだ!失敬だな、高校生のくせに!」

綱吉の腕を止めて、痴漢野郎の腕を叩き落としたのは高校生だったようだ。
しかもしばらく通うことになる高校の。
横にいる制服を確認して、しまったと思っても後の祭り。

オレよりも、痴漢よりも上背のあるらしい身体は人ごみに紛れていても埋まることない長身で、恐る恐る振り仰ぐともの凄い美貌が乗っかっていた。
思わずポカンとしてしまう。
オレの周囲もムダに美形ばっかり揃っているけど、こういう雰囲気のある美形ははじめてだ。

その美形くんが切れそうな瞳で痴漢を睨むと、バツが悪くなったらしい痴漢は口の中でぶつぶつ文句をいいながら停車して出て行ってしまった。
助けられたのでお礼でも…と思っていたのに、気が付けば居なくなっていた。









ようよう辿り着いた先は、話通りのマンモス校だった。
中・高・大・学院とあり、大学まではエスカレータだという話で、かなりの金持ちの子息や子女が通っていたり、一芸に秀でた物や芸能人なんかも通っているのだとか。

で、ここは校門の筈なんだけど…。

「…道が分かんない。」

自慢じゃないが、オレは方向音痴だった。
向かいたい先に辿り着けた試しがないほどの。

それなのに何だこのムダにでかい校舎は。
どこに教員用の出入り口があるのかとうろうろしていると、ポンと肩を叩かれた。
疚しくもないのにビクリと身体が跳ねる。

「よお!ツナじゃないか。」

「ディーノ先輩!!」

渡りに船だった。ここを紹介してくれた大学の先輩だったのディーノ先輩が、のほほ〜んとした顔で後ろに立っていた。
嬉しさにピョンと飛び付くといつものように頭を掻き回された。

「止めて下さいって…!ああ、もう…せっかくセットしたのに…」

「わり!よく来たな、嬉しいぜツナ!」

そのまま頭から首に巻きつくディーノ先輩の腕の中で顔を見合わせて笑い合った。
だって職場で知り合いに会うのってちょっと心強いだろう?
そんなオレたちの再会を喜び合う姿を、遠く離れた場所から覗いている人影があったことに気付いていなかった。




職員室で他の先生方に紹介されて、受け持ちの2年生の担任の先生方とも一通り挨拶が終わると、今度は2ヶ月だけ担任になるクラスへと連れてこられた。
私立だけあって小奇麗にしてある廊下や職員室に感心しながら教室へと向かう。
本来なら副担任がいるので、その教諭が受け持つのが筋だと思うのだが、どうやらこのクラスの生徒と仲が悪いらしくわずか2ヶ月にもかかわらず臨時教諭を雇うことになったらしい。

少し気が重いが2ヶ月だけだ。そういう軋轢がないオレならいいだろうと思うことにした。
前を歩く副担任がガラリと教室の扉を開けると、騒がしかった室内がシーンと水を打ったように静まり返った。

席に戻る者、そのままの姿勢で口だけ閉じている者などが居るなかで、すべての視線がオレに集まっていた。
赤面しないように気を付けながら副担任の教諭の後ろについて教壇の横に立つ。
どんな子がいるのだろうかと視線を巡らせていると、今朝の美形が目を見開いてこちらを見ていた。

すごい確率だ。あんな目に遭うのも、それを止めるのも、そして再び出会うのも。
互いに呆然としていると、副担任がリボーン君、と彼を呼んだ。

「臨時で担任になって下さる沢田先生だ。沢田先生、この生徒が生徒会長兼クラス委員のリボーン君です。」

「よろしくお願いします。」

見開いていた目を閉じると、きっちり45度のお辞儀をしてくれた。
とても感じのいい美形だ。知り合いと違って。

「よろしく。沢田綱吉です。…みんなもよろしく。」

にこっとリボーン君に笑い掛け、それからクラス中の子たちを見ていく。
どの子もあからさまにホッとしたような顔をしていた。
……どういうことだろうか。


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