リボツナ3 | ナノ



最低の一日と最凶のプレゼント




誕生日。それは一年で一日だけ主役になれる日、なんて訳はない。勿論。
だけどオレの誕生日は毎年毎年、不幸や不遇や不吉に見舞われ続けていた。

最初にどうして誕生日なのにと微妙な気持ちになったのは、小学3年生の誕生日。
出稼ぎだか、星になったのか分からなかった父親がオレの誕生日に合わせて2年ぶりの帰宅を果たしたせいで、誕生会なのか父親のためのパーティだったのかよく分からなくなったことから始まった。
次の年には当日朝から風邪をひきこみ、せっかくのバースディケーキを食べ損ない。その翌年は林間学校で祝われることなく通り過ぎていった。
そんなことをずーっと繰り返してきたオレは、昨年などとうとう就職先が決まらないばかりかバイト代の振込みが滞ったせいでパンの耳を齧って過ごしたのだ。

そして、今年はといえば。

チュンチュンというスズメの声は聞こえない。聞こえるのは薄暗い外から聞こえる車が通り過ぎる音と空調の流れる音だけだ。
頭まで被っていた上掛けをそうっと捲って辺りを見渡せど、見覚えなどあろう筈もない。そもそもオレにはこんな高級そうなホテルというところに宿泊したことなどないのだから。

だとしたら今の状態はなんなのだろうかと思い出そうとして、思考がピタリと止まった。オレの肩を抱きすくめる腕の存在に気付いたからだ。
それは確かに白くて長い綺麗な腕だった。だけど注目すべき点はそこではない。

「…これってどう見ても男だろ。」

そう、それだ。
オレより逞しい腕は、けれど筋骨隆々といったいかにもな腕ではなくて、なのに羨ましいほどの絶妙な逞しさがある。肘下も長い。
そんな腕がどうしてオレの肩を抱えているのだろうか。抱き枕代わりにするにしても、オレなどより上掛けを丸めた方がずっとマシだと思う。

そんなことを思いながらも、あえて顔は覗かずに布団の中を覗き込むと何も身につけていない状態の男の身体を2つ見つけた。
そう2つ。

「〜!??!」

声を上げることも忘れ、驚きと蒼白に彩られた顔を歪ませてもう一度確認する。
勿論何度確認しても同じだ。
ゆっくりと上掛けを戻して、肩を抱いていた腕から身体を滑らせてベッドの上から抜け出した。

音を立てないようにそうっと、そうっと抜き足差し足でその場から離れるととんでもない場所から鈍痛が広がって死にたくなる。
どうして誕生日にこんな目に合わなければならないというのか。

脱ぎ散らかされていた服を慌てて着込むと、寝ていた男を確認することなくホテルから飛び出した。








「どうしたんだ、コラ。今日は随分顔色が悪いな。」

「いやぁ…なんていうか、」

夜の9時を回って、そろそろ一息入れようかといったところで同僚のコロネロにそう声を掛けられた。
言えるものか。まさか朝起きたら男と全裸で寝ていて、しかもケツが痛かっただなんて。
オレにだって恥も外聞もある。

顔を引き攣らせながらハハハ…と目を泳がせて笑っていれば、今度はバイトのスカルが無言でコーヒーの入った紙コップを差し出してきた。
この子は高校生なのだがセンスを買われてこのデザイン事務所のアルバイトをしている。
オレと違ってれっきとした戦力だ。

今年の春に就職戦線から脱落したオレは、コンビニのバイトで食い繋いでいたのだがそれを知ったよく来ていたお客さんがならばといって雇ってくれたのがここだった。
デザイン事務所といっても、ほとんどオーナーであるリボーンさんとコロネロそれからスカルしかいなかった小さな事務所なのだが、仕事はこの不景気だというのに右肩上がり。
事務処理と電話番が欲しかったからと気軽に採用されたのだが、とにかく時間が自由にならないことが人がいつかない最大の原因だったらしい。
仕事は忙しいし、覚えなければならないことも多いが存外自分には性が合っているのか辞めたいと思ったことはない。

ほこほこと湯気をたてる紙コップを受け取ると感謝の意を込めて笑い掛けた。すると何が気に入らなかったのかスカルは顔をすごい勢いで背けて肩をいからせながら自分の机まで逃げていってしまった。
思春期の男の子は扱いが難しいなと肩を竦めていれば、オレの前に来ていたコロネロが生ぬるい顔でスカルの背中を眺めていた。

「スカルって、気難しい子なんだね?」

「…違うぞ、コラ。」

そういえば、コロネロやリボーンさんにはよくたて突いている。
オレは新参者だからかと小さくため息を吐いていると、ガチャリと扉が開いて社長兼メインデザイナーのリボーンさんがいつものブラックスーツ姿をかなりラフに着崩しながら入ってきた。

「遅えぞ。てめーへの依頼が山積みになってる、早く仕事やがれ。」

いつものごとくコロネロがそう悪態を吐けば、普段ならば角を突き合わせていがみ合うというのに、今日はコロネロに視線を向けることなくこちらに向かってきた。
何かしでかしたのか?!と焦る気持ちとは別に妙な具合に心臓が跳ねる。いうなれば好きな子を前にした時のような…イヤイヤイヤ!違う、全然違う。

リボーンさんがいつもと違うからだと思い直して、どこが違うのかと考える。普段はきちんと閉められているネクタイが解けそうだからか?それともその下のシャツのボタンが3つも開いているから?でもなければ脱いだジャケットを肩に掛け、捲った袖から表れた腕にか。
そういえば最近どこかであの腕によく似た綺麗な腕を見たような。

そんなことを考えながらも、近付いてくるリボーンさんにドキドキと跳ねる心臓を知られまいと平常を装っていれば、机に片足を乗り上げてオレの顎を掴むとぐいっと引っ張り上げた。

「全部、別れてきたぞ。これでツナだけだ。」

「………はい?」

男でも思わずドキっとしてしまうほど色っぽい笑顔でそう言い切られ、一瞬言葉を失った。次いでやっと脳細胞へと到達した言葉に間抜けな声を上げる。

「すみません…なんのことだか分かりませんが、」

頭の回転が早いリボーンさんは、ときに常人ではついていくことが出来ないくらい先を見越した話をする。
オレは凡人というよりぼんやりなので、いつもついていけない。
今日は何の話だろうかと頭の中で仕事内容を選りだしても、やっぱり意味が分からなかった。

顎にかかる手の力強さと間近に迫る顔に困り果てて顔を横に向けようとすると、今度は両手で顔を固定される。

「ちょ、なに…」

「愛人がたくさんいることが気に入らなかったんだろう?だから昨日お前を貰ったように、今日はオレをお前にくれてやる。そのために別れてきたんだぞ。」

「意味が分かりません!」

確かにリボーンさんは恋人というか愛人が多い人だ。羨ましいと思いこそすれ、それを気に入るとか気に入らないとかオレが口出ししていい問題でもないだろう。
恋人でもあるまいし。

頭の回転がよすぎておかしくなってしまったのかと顔を引き攣らせていれば、何故か血相を変えてコロネロとスカルが身を乗り出してきた。

「聞き捨てならねー言葉が聞こえたぜ、コラ!」

「妄想は頭の中だけでしていて下さい。ツナに迷惑かけんな。」

スカルの言葉に顔を綻ばせていると、今度は目の前の顔がオレを見て眉を顰めた。

「オイ、ツナ。くっ付いたばかりですぐに余所の男に目がいくとはイイ度胸してんじゃねぇか。」

「んな!言い掛かりもほどほどにして下さい!!どうして男のオレが、男に目がいかなきゃならないんですか!それ以前にくっ付くって何と?何の話をしてるんです?!」

まずは説明をして欲しい。
そう思いながらもリボーンさんを睨みつけていると、やれやれとでも言いたげにため息を吹きかけられた。

「お前こそ何を寝惚けたこと言ってやがる。昨日ヤっただろうが。もっとだの気持ちいいだの散々喘いどいて、忘れたとは言わせねぇぞ。」

「う、嘘だっ!」

どんなに大声を張り上げても、言われた途端に昨晩の記憶が蘇ってきて目の前が真っ暗になる。
思い出したくもない自分の痴態を思い出してしまい、顔から火が出るんじゃないかというほど熱があがっていく。

昨晩はリボーンさんの誕生日だと言われ、大きな仕事を終えたついでにと4人で飲みに繰り出した。
下戸のオレと比べられる筈もなく、イタリア国籍の彼らの肝臓にとても太刀打ちできずにあれよという間に眠ってしまった。
気付けばリボーンさんと2人きりで、誕生日にプレゼントが欲しいと言われて金のかからないものならばと安請け合いした結果がそれだった。

目の前の顔から逃げ出すことも出来ずに顔を覗き込まれて恥ずかしさに涙が滲んできた。
オレの誕生日には本当に碌なことがない。
バツの悪さに視線を横に反らしたところで顔に息がかかり、唇にやわらかい何かが押し付けられた。

「んむっ!」

見開いた視界の向こうにコロネロとスカルの顔を見つけて、冷や汗なのか脂汗なのかがドッと湧いてくる。
リボーンさんの肩を叩いてもびくともしない。体格の差云々じゃない慣れた仕草に焦りが募った。

「いい加減にしやがれ!雇用主が雇用者に手を出したらパワハラになるんだぜ、コラ!」

「そうですよ。自分の立場を利用していうことを聞かせるだなんて羨まし…いや、卑劣だな。」

ぎゃいのぎゃいのとリボーンさんに言い募りながらも、どうにかオレからリボーンさんを引き剥がしてくれた。
助かった。
危うく違う道に目覚めてしまうところだったとほっとしていると、そんなオレを見ていたリボーンさんはフンと鼻で笑った。

「てめぇらどこに目ぇつけてやがる。ツナの顔を見たか?嫌がってなかっただろうが。むしろ気持ち良さそうなエロい顔をしてただろう?」

「イヤイヤイヤイヤ!!言い掛かりはやめて下さいってば!」

誰がエロいというのか。
頭のいい人は美的センスがおかしいのだろうかと思いかけて、リボーンさんもコロネロもスカルさえもオレよりはずっとセンスはあることに気付いた。

ならば目がおかしいのかもしれない。
ついそんなことを考えていれば、オレを顔を凝視していたコロネロとスカルが悔しそうに顔を歪めて舌打ちしている。
肯定されたようで気分が悪い。
3人の顔を眺めていれば、リボーンさんが性懲りもなく顔を近づけてきた。

「こんなヘタレとパシリは放っておいて、ツナの返事が聞きたいんだぞ。オレを受け取るか?」

そんなことを言われたって困るというものだ。
人は物じゃない。
しかもリボーンさんは本当ーっにモテる。歩いているだけで引力に引かれるように女の人が引き寄せられてくる様を見て、オレとは次元の違う人なんだよなぁと思っていただけにいきなり愛人と別れたからと言われてもどう返事をすればいいのか分からない。

言葉を出せずに見詰め合っていると、リボーンさんが視界の先でニヤリと表情を変えた。

「いいのか?お前は昨日からオレのものになってるんだぞ。オレが何を言っても従う義務がある。だが、オレがお前のものになるなら立場は対等だ。嫌なら嫌と拒否できる。」

「なっ!?」

返事など決まったようなものだ。
誰だってもののように扱われるより対等でいたい。
あまりの傍若無人ぶりに開いた口が塞がらず、呆然としていればどんどん顔が近付いてくる。

「どうする?」

「どうするって……」

それ以外の返事を認めていないというのに、嫌と言えるのだろうか。
リボーンさんも趣味が悪いが、オレも大概趣味が悪いらしい。
嫌だと思わない時点で終わってる。

ぐぅと切なく鳴り出した腹の音に急かされて、ため息を吐きつつ呟いた。

「まずはごはんから。」

いきなり過ぎたのだ。少しずつお互いを知っていければいいなと思う。
だけどリボーンさんはそれを聞いた途端、ニヤニヤ笑いを深くして唇をくっ付けてきた。

「そうか、そうか。しかしオレはツナが食いたいぞ。」

「ちっともいうこと聞く気ないだろ!?」



今年の誕生日は世界一迷惑で、だけど一番欲しかったプレゼントが貰えた。






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