5.ふと、唇に何かが触れた。 柔らかなそれはよく知っているそれと似ていて、重ね合わせると胸が震えた。 ゆっくりと重なる部分を増やしていく感触。 空気を吸おうと少し開けた口にそっと忍び込む熱い塊。 上唇を舐め取られ、下唇は軽く吸われる。 この手順に覚えがあった。 夢の中だろうかと思考を纏めようとするが、口の中に居座る舌がそれも霧散させた。 少し開いた歯列を割って上顎から歯列をゆっくり移動するそれに身体は勝手に熱くなる。 アルコールで鈍った頭は抵抗することも忘れ、ただその熱に溺れるだけだ。 気持ちよさに漏れるのは、声になりきれなかった息。あとは互いを包む着衣の擦れる音。 着ていたシャツをスラックスから抜かれ、裾から捲くると手が脇腹を撫でた。 オレの身体が火照っているのか、手の冷たさと撫で上げる動きに身体が跳ねる。 鼻に抜ける声が出て、やっと正気に戻った。 うっすらと目を開けて確認すれば、先ほどまでいた料亭とは違うことに気付く。相手は言わずもがな。 オレが正気づいたことに気付いているだろうに、口腔に居座る舌と脇から胸へと辿る手は離れることはない。 頭を振って口を離せばまた追ってきて塞がれる。 噛み付いてやろうと思うと胸を這う手があらぬところをそっと撫でて甘い声が漏れた。 漏れた声は塞がれた口に吸い込まれて、撫でていた筈の指はそこを摘む。 ぷっくりと立ち上がったそこを今度は捏ねられた。 外された唇が戦慄く。 悪戯な唇は口から頤(おとがい)へとやわやわと辿り、あまり出ていない喉仏を刺激してからシャツ越しに立ち上がったそこへと唇を寄せた。 もどかしい刺激を与える唇と、痛さと快感の微妙なラインで刺激する指に抵抗もできない。 そもそもオレに抵抗する意思はあるのだろうか。 胸にある黒い頭に指を入れて、その少し硬い髪の感触を確かめた。 ここから見えるのは、すっと通った鼻筋と長い睫毛だけだ。 どうして今更…と理性で詰るのに、正直な身体は抵抗もしない。 聞きたいこともどこかに置き忘れて、ただ与えられる熱に酔った。 アルコールもそれに手伝っているのかもしれない。 「んっ……ふ…っ!」 それでも素直に声を上げることは出来なくて、必死に声を漏らすまいと唇を噛んでいると、胸を弄っていた指がオレの上唇と下唇の間に入ってきた。 人差し指で上唇を撫で上げ、親指で下唇を押し下げる。 片手でそんなことをしながら、もう片方ではシャツを上まで捲くりあげ肩で留めると直接舌で肌に吸い付いたり、甘噛みしたりを繰り返す。 そしてまた、開けられた口の中に中指と薬指を捻じ込まれ、漏らすまいと思っていた声が零れた。 「ひ……あぁ…!」 細い喘ぎを上げると、指が舌に絡まる。 飲み込めない唾液を掬い取り、絡め、上顎を撫で、頬のやわらかい粘膜を擦り、舌先を摘んでと繰り返し刺激する。 口腔を指で苛められて、口端からつぅ…と伝う唾液がシーツを汚す。 さんざん嬲られた口から指を引き抜くと、いやらしく濡れた指が胸の膨らみにそれを擦りつけるように押し潰す。ぬめりを帯びた指が滑らかに硬くなっているそれをぐりぐりと弄び、びりびりと背中を這う気持ちよさに身体が跳ねた。 くくくっと胸で笑う声が漏れる。笑う息さえ刺激になって身悶えていると、スラックス越しに手を這わされやわやわと揉まれる。 立ち上がってきているそこへのもどかしい刺激に、首を振って嫌がるとぐっと握り込まれた。 布越しの快感に悲鳴を上げると声が掛かった。 「どうして欲しいか言ってみろ。」 「っ…誰が…!」 言うもんかと胸元にある顔を睨み付けると、くいと口端だけ上げる。笑い顔に見えるがかなり不機嫌なときの顔だと知っている。 この顔をするときの自分の末路も思い出して青くなった。 「そうか、ならこのままだぞ。」 言うと止まっていた指と舌が蠢きはじめ、下肢を弄る手はそこを避けると布越しに内腿を撫で擦る。 的確に快楽に落としてゆくのに、決定的な刺激は与えないのだ。 ウエストまわりの柔らかい皮膚をつっ…と指で撫でるが、ベルトには手を出さない。 もどかしさに自分でベルトは外そうとすると、手を掴まれて握り込まれた。 捲くられて晒されているへそにキスを落とされ、そのまま舌で刺激しはじめる。 「も、や……っ!」 身体の中に燻る熱が、出口を求めて渦巻いている。 目から零れる涙を見られないように顔を横に押し付ける。 シーツの濡れる感触に意識を向かわせていると、それが気に喰わなかったのか顎を掴まれて顔を覗き込まれる。 黒い瞳をこんなに長く見詰めたのはどれくらいぶりだろう。 見上げる黒は底知れぬ色に染まり、狂気を内に孕んでいる。 握られた手は骨が折れるほど強く握り締められ、身体は押さえつけられて身動ぎもできない。 そうしていないとどこかに行ってしまうというように。 そんな不安な顔をするリボーンを見たことがない。 唐突にまだ好きなのだ、と自分の気持ちに気が付いた。 何も聞けなかったのは、決定的に別れを切り出されることを恐れてだ。 忘れられなかった。 こんな顔をするリボーンに何をしてやれるんだろう。 何を求めているのだろう… 「リボーン…。」 再会して、はじめて呼んだ名前。 舌の上に乗せ、音として声に出すその行為すら特別になる。 忘れることも出来ずにひとり暖めていた想いに気付いて泣きたくなった。 離れていた4年で何があったのだろうか。 それを知るすべをオレは持っているのか。 聞いてもいいのだろうか。 「どうして今更こんなことを…」 答えて。 . |