リボツナ3 | ナノ



10.




いつもの人を小馬鹿にしたような余裕綽々の薄笑いを浮かべているのかと思っていたのに、実際には迷子になった幼子のようにひどく心細いような苦しいような表情がそこにあった。
訳も分からずじっと見上げていると、押さえつけられていた手が外されて小さい声が悪いと上から聞こえてきて驚く。

「チッ!ガッツく気はなかったってのに…カッコ悪ぃったらねぇな。」

そう言うとオレの上から退いていくリボーンさんを引き止めようと思わずワイシャツの裾に手が伸びた。縋るように握り締めたシャツに本心が表れる。
自らの無意識の行動に驚いているともっと驚いた顔のリボーンさんが動きを止めてオレの顔を穴の開くほどじっくりと眺めて呟いた。

「したかったのか?」

露骨に訊ねられて首を横に振ろうとしたがそれも出来ない。震える手でぎゅっと強くシャツを握り締めると上から伸びてきた腕が背中を攫って全身を押し付けるように抱き締められた。
畳とリボーンさんに挟まれる格好で身動きも取れないオレは、下肢に自分のものとは違う熱を感じて息を飲んでいるとそれをぐりぐりと押し付けられて思わず声が漏れた。

「ふっ…ぁ!」

強い腕の囲いのせいで仰け反ることさえ出来ずに、されるがままで布越しの互いの昂ぶりを擦りつけられて身悶える。媚が滲む声色に羞恥を覚えて目の前のシャツの襟に噛み付くと、丁度むき出しになった首筋に齧りつかれて起立からぬるりとした感触が伝い落ちた。

「ゃ…んふっ!」

下着が先走りに濡れて、それをもっと駆り立てるように擦り合わせるのに触ってはくれない。直に触れて欲しくてソコを下から押し付ければ首筋から耳裏へと辿った舌が幾度も舐め上げて余計に先から溢れ出た。
ベトベトで気持ち悪い筈のソコよりも疼きはじめた奥に気付いてゾクリとする。ありありと思い出した身体の中をかき回される感覚に襟から口を離したオレは縋るような視線を向けた。

「…そんな目で見るんじゃねぇ。約束は守ると誓ったってのに……破らせる気か?」

ひどく苦しそうに眉間に皺を寄せるリボーンさんを見上げていると、オレの表情に気付いたリボーンさんが額を合わせるように顔を覗き込んできた。

「お前まさか……いや、覚えてんだろうな?」

「何を?」

当たり前のように返事を求められて驚く。何のことだ。
意味も分からずそう聞き返せばリボーンさんの表情が固まった。

「まさか覚えてねぇなんてことはないだろうな?」

「いや、だから何のことだよ。」

胡乱げにこちらを覗いていた顔が顰められ、オレから顔をあげると長い指が眉間を揉んでいる。さも呆れているといわんばかりの仕草に何かあったのだと知れて焦りはじめた。
覚えていないのは京子ちゃんとお酒を飲んでから翌朝までの時間帯だ。少なくとも12時くらいには家に帰ってきていたらしいことはメールの履歴で分かる。だが覚えてはいない。

蛇に睨まれたカエルのように、冷たい視線を浴びて脂汗が滲む心地で必死に記憶の波を掻き分ける。断片的に思い出すのは見覚えのない天井。それから余裕のない表情のリボーンさん。ああ、そうだ。互いに裸だったからてっきりうちでの記憶だと思っていたけど、そういえば窓から覗く宵闇の色を覚えている。
ヘベレケに酔っ払ったオレに肩を貸してくれたリボーンさんはオレの泥酔っぷりを案じて自宅に連れていってくれて…そこからまた記憶が飛んでソファに転がされたオレにリボーンさんは水を差し出して…どうして濡れたんだか、オレのことだから手が滑ってこぼしたのかもしれないが服が濡れたことが気持ち悪くて…脱がして欲しいと頼んだら真っ裸になっていた。そこから先はうちでの情事とほぼ同じだ。ただしところどころ記憶が途切れている。だから記憶が混同したのだろう。

と、そこまで思い出したというのに約束したという何かが分からなかった。
バツの悪さに視線が横へと逸れていくと、それを追うようにリボーンさんの手が伸びて顎を掴まれるとぐいと引き戻された。

「…なら、脱がしてくれと言っておきながらイイところでどうなったか覚えてるか?」

「え…っと、」

睨むような目付きのリボーンさんの視線をまともに見れないのは言われてやっと思い出したからだ。
いきなり服を脱がされて初めてだから嫌だと泣いて暴れて、それを宥めるように気持ちいいことをしている途中で眠気に負けたことまでバッチリと。
しかもその後、途中で目を覚ましたオレともう一度ことに及ぼうとしたリボーンさんに何と言ったのかも。

「別れてきたぞ。綺麗さっぱり…な。」

「ひぃぃい…っ!」

まさかそう返ってくるとは思わずに悲鳴のような声が漏れる。
彼女はいるの?と訊ねたオレに平然と身体だけの付き合いがある女なら数人いると答えたリボーンさんを酔った勢いのまま撥ね退けた。オレは初めてだし、しかも男だから一緒にするなと言うと何に納得したのか頷いていた。
その後はまた記憶があやふやになるが、多分最後まではしていない。入れられたのは指までだ。

しかし、よくよく考えれば結構ひどい言い草だったかもしれない。同じ男だ、辛さは分かる。
思い出したのが今とはいえ、よく我慢してるなと顔を覗いているとオレの上に乗り上げたまま疲れたように肩を落とした。

「『オレは初めてなんだから最初から手順を踏んで!』だったよな?」

「……ご、ごめん。」

「こっちは手ぇ出したいのを我慢してりゃあ…京子とだって?」

「イヤイヤイヤ!誤解だよ!」

「んなことは写真を見りゃ分かる。ホテルに出入りしていた男はお前じゃねぇのはな。」

そこは別人だと分かって貰えて嬉しいが、ケーキ屋で逢引きしたことはしっかりバレている。疚しいことなんてない筈なのに、リボーンさんばかり我慢させていたことを思えば悪かったという気持ちも湧いてきた。
どうしようと焦ったオレは、目の前のムッと眉を顰めている顔にぶつける勢いで口を重ねた。
ガチッと前歯がぶつかって唇を少し切ったが構わずに押し付ける。それだけで精一杯だったオレがゆっくりと唇を離すと、それを追うようにまた上から重なってきた。
切れてしまった上唇をペロリと舐め取られてビクッと震えると、今度はそこに吸い付かれる。驚いて口を開いたところに舌を差し込まれて思わず目を閉じた。
しばらく互いの息遣いとくちゅくちゅという唾液の絡む音だけが響いて、それに支配されるまま身を任せていると大きな手が身体中をまさぐりはじめる。はぁ、と熱い息を零したところで顔が離れていって恨みがましく見上げた。

「言っとくがな、ツナが言い出したんだぞ。少しずつ段階を踏んで欲しいってな。」

「う…っ、」

だからオレからの言葉を待っているのだと語る瞳に、まだ迷いの残る気持ちが待ったをかけた。
男同士でだなんて本当にいいのか。しかも相手は何人も身体だけの関係の女がいたような人で、オレと付き合ったからといって寄ってくる女が減る訳じゃないのは言われなくても分かる。
だけどオレの言葉を守って段階を踏もうとしてくれていたことを知って気持ちが傾いていく。
どうしようかと迷っていると、ズボンのポケットから着信音が聞こえてきた。
こちらを見詰める視線の痛さに目をつぶりながら電話に出るとまさかの人物が緊張感のない声でこんにちはと呟いた。

「え、あ、京子ちゃん…?!」

『うん。こんな時間にごめんね。今いいかな?』

「いいかなって、いいけど…でも京子ちゃん大丈夫?」

『私は平気。それよりもツナくん、上手くいった?』

「…は?」

何が上手くいったというのだろうか。言葉の意味が分からずに聞き返そうとしたが、それよりも先に京子ちゃんがくすっと電話先で笑いその声にドキッとしたら後ろから頬を抓られた。

「痛っ!」

「デレデレと鼻の下伸ばしやがって、そんなに京子がいいのか?」

違うといいかけて、それも京子ちゃんに失礼だと思い至って口を閉ざした。まったく見当違いとも言い切れないのは仕方ないと思う。ファンなのだから。
抓られた頬をさすっていると、京子ちゃんの笑い声が聞こえてきた。

『今、リボーンくんと一緒にいるんだね。よかった!』

その言葉に違和感を覚える。リボーンさんとオレが一緒だと何故よかったなのか。
そうオレが訊ねるより先に京子ちゃんが喋り始める。

『一緒にお酒を飲んだ日に言ってたよね。リボーンくんのこと好きなんだけどどうしたらいいのかって。』

「へ……ええぇぇえ!!?」

隣にいるリボーンさんに聞こえないように携帯を手で抱えると背を向けて慌てて京子ちゃんに聞き返す。

「オレそんなこと言った?」

『言ったよ。だから好きならぶつかってみればって私が言ったらそうするって。』

「ちょ、本当に?」

『うん。』

ひょっとすると、あの日オレから誘ったというのは本当なのかもしれない。
だというのに直前で嫌だと言い出したとすればかなり酷いことをしたんじゃなかろうか。
ダラダラと汗が吹き出る中、京子ちゃんはケロリとした声で喋り続ける。

『その後、リボーンくんがツナくんと私を逢わせないようにしてたのは知ってるかな?』

「知らない…」

『あと一押しかなって踏んでたんだけど、どう?』

「…」

どうもこうもない。
分かったのは酒は怖いということだけだ。よもや京子ちゃんにそんなことまで喋っていたとは思ってもいなかった。
しかもこんなに可愛い京子ちゃんが意外や策士だったことに気付いて言葉もない。
そして今まさに会話から思い出したことがある。

「…そういえば、京子ちゃんは上手くいったの?」

『ふふふっ…ばっちり。明日婚約会見をするの。だからツナくんたちにもう追い駆けられることはないよって知らせようと思って。』

数年前から付き合いはじめたディレクターと結婚したいのだと言っていた京子ちゃんは、あと一押しが欲しいのだと呟いていた。芸能界にさほど未練もなく、できれば引退してしまいたいと思っているのに彼は勿体ないといっているのだと。意見の相違はよくあることだが、京子ちゃんは引退してしまうには確かに勿体ないとオレも思った。
そんな訳で互いにあと一押しが欲しいねと言い合っていたことは覚えていたが、それがこうなろうとは…女とは恐ろしいものだ。

リボーンさんに背中を向けたまま携帯を握っていると、それに焦れたリボーンさんがオレの手から携帯を取り上げて持っていってしまった。
慌てて取り返そうとしても上手に身体をかわされて掴むことが出来ない。その間に話は進んでいる。

「…何、どういうことだ?ああ?…フン、なるほどな。…で?どうしてツナにちょっかいかけたんだ?」

「ちょ、待っ!」

『まだ聞いてないの?ツナくんが』

どうにか間に合った指が通話をオフにしたところでリボーンさんが振り返る。それはそれはイイ笑顔で。

「ツナはオレをどう思ってんのか聞かせてくれるんだろうな?」

「ううう…っ!」

広くもない旅館の一室で、大の男2人がぴったりと隙間もないくらいくっつかなければ聞こえないような声でやっと搾り出した声はすぐに塞がれた唇に吸い取られていった。













昼間の猛暑がいまだ続くなか、それでもトンボやバッタ、鈴虫などが庭に顔を現しはじめている。
バケツ片手に打ち水をしていると、玄関から建てつけの悪い引き戸をこじ開ける音が聞こえてきた。
後ろを振り返って時計を確認すれば丁度午後3時。おやつタイムというヤツだ。
今日は頂き物の水羊羹を出そうとバケツを置いて台所に向かうと、後ろから紙袋を片手にしたリボーンさんが現れた。

「どら焼き、喰いたいっていってただろう。」

「え?ひょっとしてあそこの?!」

美味しいと評判の和菓子屋さんのどら焼きはいつも午前中で売り切れてしまうほどの人気の品だ。並んでまで手に入れる人もいるほどだというのにと驚いていると、無造作にポンと投げ付けられて慌てて抱えた。

「たまたま通りかかっただけだぞ。」

「…ふーん?」

素直じゃない言い草に笑いが込み上げる。
大抵はムチャをされた翌日にこうして珍しい物を差し入れしてくれていることに気付いていないのだろうか。
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出すと2つのグラスを取り出してお盆に乗せて台所を出る。同じくオレの後に続いてきたリボーンさんがオレからお盆を取り上げて先に居間へと歩き出した。
勝手知ったるなんとやらでちゃぶ台に乗せたお盆から麦茶を注いで飲んでいるリボーンさんに用意してあったそれを差し出した。

「原稿か?」

「うん。頼まれたヤツ。」

「読むぞ?」

「いや、あの、オレのいないところで読んで欲しいなって…えぇぇえ!」

人の話を聞かない性質のリボーンさんはおもむろに原稿を取り出すと目を通しはじめる。いつまでも続く残暑のせいだけじゃない熱さにそこから逃げ出したオレが、庭で打ち水というにはいささか乱暴な手付きで水を撒いていると珍しく足音を立てて近付いてきたリボーンさんにバケツを取り上げられて抱え上げられた。

「あんな可愛いこと書いといて逃げられると思うなよ。」

「フィクション!フィクションだって!」

「官能小説家にもなれるぞ。」

「って、全部リボーンさんがしたことじゃないか…あっ、」

「よし、もっと書けるようにしてやる。」

「結構だよ!」

「照れんな。」

「照れてな、んんっ…!」

一寸先は闇だなんてこともあるが、一歩踏み出した先に何があるのか誰にも分からない。
どんな出会いが待ち受けているのか分からないが、踏み出してみなければやっぱり進めないのだろう。



(運命はきまぐれだ)



xxさまよりお題をお借りしています



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