9.目の前に突き出された本はいわゆる芸能人や政治家、著名人などのゴシップを取り扱う週刊誌で勿論知らないことはない。誰だって一度は目にしたことがある雑誌だ。 だからといってそれが自分とどう関係があるのかと、週刊誌の横からこちらを睨んでいるリボーンさんを眺めた。 「心当たりがないってのか?」 「は?ええ、まった…く、」 ある訳なんかないと頷きかけて先週の京子ちゃんとの一件を思い出してギクリと一瞬身体が強張る。 イヤイヤイヤ。そもそも京子ちゃんとの密会はあくまで人気の多い喫茶店で疚しいところなど一つもない。 ケーキを食べてお茶をして、少し話をしたらすぐに別れたのだからそういった雑誌に載せたとしても面白味のないことこの上ない筈だ。 それでもまったくなかった訳でもないオレは、わずかに視線を横に逸らすと突き付けられているそれの見出しを読んで驚いた。 「んな!?ちょ、これどういうことだよ!」 「それはこっちが聞きてぇな。」 引っ手繰るようにリボーンさんの手から取り上げた雑誌の表紙には大きい文字で『清純派女優の真夏のご乱交!!』とあり、その下に小さく昼間の情事!お相手は小中の同級生、児童作家!などと文字が躍っている。 あまりに酷い書かれっぷりに言葉もなく雑誌を握り締めて震えていると、チッと鋭い舌打ちの後に突然腕を引かれて車の中に押し込められた。 「ハイエナどもめ、尾行してるな。ここじゃ話も出来ねぇからでるぞ。」 それだけ言うとオレの返事も聞かずに急発進した車は、カースタントも真っ青のスピードを上げながら車の波を縫い目的地のある走りで突き進んでいった。 やっと停まった車に命があったことを喜んでご先祖さまと仏さまとに感謝を捧げた。オーバーじゃない。それくらい怖かったのだ。 シートベルトを握り締めていた手を解くとその形に固まっていたほどだ、押して知るべしだろう。 高速を乗り継ぎ、くねくねとした道を走ってきたがどこなのかさっぱり分からない。分かるのは随分と鄙びた場所だということだけだ。 何せ道路標識を見る余裕すらないスピードでここまで駆け抜けてきたのだ。 すると既に車から降りていたリボーンさんが、後に着いて来いと顎をしゃくってこちらを振り返った。 目は変わらず笑っていない。 急いで降りると顔を伏せたまま後ろに着いていく。 かわす言葉もなく黙ったまま歩いていくと、ほどなく一軒の旅館らしき宿へと辿り着いた。建物そのものは温泉旅館といった風情だが、いかんせん看板ものぼりもない。 キョロキョロと辺りを見渡しながら、こちらを振り向いてもくれない背中に遅れないように走れば、旅館の入り口の少し手前で突然止まったリボーンさんの背中に顔から突っ込んでしまった。 「何遊んでいやがる。」 「ご、ごめん…!」 決して遊んでいた訳ではなく、いい訳をさせて貰えるならリボーンさんの足とオレの足では長さが違うのだから追いつこうと思い駆け足で着いていったらぶつかってしまっただけだ。 そんな恥ずかしい話をする訳にもいかずに口を閉じていると、リボーンさんがこちらを振り返ることなく喋り出した。 「しばらく隠れていて貰うぞ。ここはオレの知り合いが経営している旅館だから安心しろ。足りない物や欲しい物があれば言ってくれれば用意する。」 「って、ちょっと…それどういうこと?」 「どうもこうもねぇだろ。センセイの手にしている雑誌は今日発売されちまった。もう回収することも出来ねぇ。センセイは一般人というには少しばかりこちらを知っちまってる。だからあの記事の裏を取りに色んな出版社が取材に来るだろう。」 「…」 「意味、分かるか?」 「う、ん…」 返事とともに重いため息が零れた。 今までスキャンダルとは無縁だった京子ちゃんが初めてすっぱ抜かれたゴシップ記事。ことの真偽を確かめたい記者が押し寄せるのは想像に難くない。しかも相手は肩書きだけは児童作家とついている男で、一般人とは言い切れない。 ぐっと唇を噛んで丸めた雑誌を握り締めると、その手首を取られて宿の入り口へと引っ張り込まれる。 「とりあえず入るぞ。」 不機嫌そうな声を聞いて、また迷惑を掛けたことを思い知った。 案内された部屋はあまり広くはなくて6畳間と8畳間が連なっているだけの簡素な作りだった。その奥にトイレと浴室があるという説明を聞いて、お世話になりますと年配の仲居さんに頭を下げているとすぐにリボーンさんが給仕をしようとする仲居さんを部屋から出した。 話があるから布団はいいと言われギクリと身体が硬くなる。 それでは御用がございましたらお気軽にお申し付け下さいと言って襖が閉まった途端、じわりと汗が吹き出てきた。 暑い訳じゃない。むしろよく聞いている空調に肌は冷えていた。 息苦しいほどの沈黙を破ったのはやっぱりリボーンさんのため息だった。 「ごめんなさい。」 腹の底から吐き出したような長いため息に、思わず条件反射のように謝罪が零れる。それを聞いたリボーンさんは、長い足を窮屈そうに曲げて胡坐の姿勢一歩手前のようなポーズでこちらを見ていた。 「それで?」 「それでもなにも…オレと京子ちゃんは何にもないよ!」 「んなこたぁ分かってる。そっちじゃなくて、センセイの…ツナの気持ちはどうなんだって聞いてんだ。」 バン!と手を畳の上に叩き付けられてその音の大きさにビクリと身体が竦んだ。 「知ってるか?お前たちが撮られた喫茶店はでかくすっぱ抜かれたホテルと同じ系列なんだぞ。」 「しらな、」 「支払いのときに一声掛ければホテルの予約も出来るそうだぞ。」 「知らない!」 責められるような言われ方に大声を上げると、ぐっと胸倉を掴まれてリボーンさんの前に引き寄せられた。 「…今でも好きなのか?」 「違う!オレは、」 勢いあまって飛び出しそうになった言葉に自分で驚いた。 馬鹿なと思った端から否定する本心が邪魔をする。 思えば最初からだったのかもしれない。そうでなければ人との関わりを避けてきたオレがあんな簡単に家にリボーンさんを招き入れることなんてなかっただろう。 プライドが高くて、何様で、だけど人のことをよく見ているリボーンさんに気が付けば日常の一部を明け渡していた。そこにいて当然の存在にまで昇格していたことに困惑を覚えながらもどこかくすぐったいような気分で。 だからあの日、間違いが起きてしまったことにショックは受けても関係を変えることを望まなかったオレは以前と同じように接することでリボーンさんとの関係を保とうとした。それに乗ってくれたリボーンさんに感謝こそすれ不満などない筈だった。 なのに気が付けばあの時のことばかりを思い出してはため息を吐く日々を送っていた。 5日前のあの日、京子ちゃんの誘いに乗ったのはそのせいだ。誰かに聞いて貰いたかった。だけどやっぱり答えを知りたくなくて逃げてきたのだ、きっと。 知りたくなかった事実に目の前が暗くなる。自覚したらお終いなのだ。こんな風に自分の気持ちもままならないことは初めてでどうしたらいいのかさえ分からない。 オレの言葉を待っているリボーンさんから疚しい気持ちを悟られたくなくて視線を逸らすと、掴まれている胸倉をもっと強く締め上げられて息が詰った。 「くるし…!」 「逃げるんじゃねぇ。」 くっ付いてしまいそうなほど至近距離にある顔を見上げると、苦しい息を細く吐き出した唇に熱いそれを押し付けられて喘ぐ。 「やめろって…!ヤッ!」 「何を今更。あの日はもっとイイこともしただろう?」 「っつ!」 思い出せば自然と熱を持つ身体を腕で押さえると、突然掴んでいた胸倉を手放されてドンと突き飛ばされる。体勢を崩したオレが畳に肘をついて転がるとその上にリボーンさんが乗り上げてきた。 「あの時のことはどこまで覚えてるんだ?」 「どこまでって、」 真夏の昼下がりの情事だなんてどこのロマンポルノだ。汗と精液でまみれたひと時を思い出してしまい恥ずかしさに合わせる顔もなくぎゅっと目を瞑った。 しばらく消えなかった赤い跡があった首筋に手を伸ばして隠すように覆うとくくくっと喉の奥で笑う声が上から聞こえてきた。 「4日は残っていたな。……そこが消えた後、何度また噛み付いてやりたい衝動を抑えたと思う?」 覆っていた手を取られると、今は残っていない赤い跡があった肌の上を指先でつっとなぞられてビクビクと身体が震えた。瞼を閉じたまま堪えていると目を開けろとでもいうように執拗にそこを弄る。熱い息が首筋の上を這い上がってきたことに驚いて逃げ出そうとするも、上から押さえつけられている身体はびくともしない。 その内、肌の上に温かい唇を押し付けられて妙な声が漏れた。 「あ…!ん、ふっ!」 自分の身体なのに思うように動けなくて泣けてくる。これ以上はいけない。止めようとリボーンさんの額に手をかけても力が出ない。 舌先でそこを舐められ反応して震える身体をTシャツの上からまさぐられて、我知らず熱い息が零れた。 「一人でイっちまうんじゃねぇぞ、ツナ。」 「んぁ…っ!」 首筋に歯を立てられただけで中心が熱く昂ぶる。それでもこんなことをされたらもう戻れないことを知っていたオレは情けなくも震える声をあげた。 「やめて…ヤダ…っ、ヤダよ…!」 引き剥がそうと必死にリボーンさんの肩を掴んでいた手も畳の上に押し付けられた。両腕を貼り付けられたままオレを覗き込んできたリボーンさんを見上げると、思いもよらない表情が目の前にあった。 . |