5.酒の勢いって怖いよね!何があったのか覚えてないからなかったことにしよう! と、言い包めてまだ乾いていなかったシャツとスラックスに着替えたオレは、物言いた気だったリボーンさんの目を見れないままその場から逃げ出してきた。 これがお互いのためだと知っていたから。 逃げ出したはいいがここがどこなのかも分からなかったオレは、掴まえたタクシーに乗り込むと現在地を聞きだして驚いた。 自宅から一駅も離れていない場所だったからだ。 ここがリボーンさんの自宅だとすると至近距離だなと思い、だからよくうちに通ってくれたんだと納得した。 しかし、今はそんなことに頷いている場合じゃない。 着信音が鳴る携帯電話を握り締めたまま、自宅の住所を告げるとタクシーがゆっくりと走り出す。 バックミラー越しにチラリと見えた人影に慌てて身体を縮めると、へばりつくように座席の影に隠れた。 ただでさえアルコールのせいでぐらつく身体を、ムリな体勢でやり過ごした後には吐き気との戦いが待っていた。 頭痛と腰痛とそれから胃痛まで抱えて、どうにか自宅まで辿り着いた頃には鳴り続けていた携帯の着信音がぴたりと止まっていた。 それよりも吐き気を堪えていたオレは、転がるようにタクシーから降りると這い蹲りながらも玄関へと向かう。 寒い訳でもないのに震える指でポケットの中にある筈の玄関の鍵を探るも見当たらない。 どこで落としたんだと青くなるも、もう探す気力もなかったオレは、だらしなく玄関先に座り込んだ。顔を上げることも面倒で凭れかかったままため息を吐き出す。 そこに目の前にチャリンと鍵が現れた。 「忘れもんだ、センセイ。」 見覚えのある鍵と、見覚えのある顔。 「あ…」 ザーッと血の気が引く音が耳元から聞こえて、それから急激に狭まる視界に目を凝らしてみてもムダというものだった。 見上げた先にはいつもの天井が広がっている。 ぐるりと首を横に捻って目覚ましを確認すると朝の6時を少し過ぎたところだった。 年寄り臭いと自分でも思うのだが、どうしてもこの時間に目が覚めてしまう。 最近ではスズメの鳴き声よりセミの合唱が目覚まし代わりだ。 妙に身体中が痛いが胃は空腹を訴えていた。喉もカラカラに渇いている。 ボサボサ頭に手を突っ込んで掻き回すと、せんべい布団の上に胡坐を掻いて辺りを見渡した。 「あれ?」 せんべい布団からはみ出して…というより、入りきれずに畳の上に転がって寝ているリボーンさんがいた。 何でうちにいるんだと不思議に思い、それからああ!と声を上げる。 そういえば、昨日は京子ちゃんとアルコールを飲んでしまったのだ。酒に弱いオレが途中で意識を失って、それを見ていたリボーンさんがわざわざ連れてきてくれていたということだろう。 この胃の痛みと空腹感、それから頭痛は間違いなく二日酔いのそれだ。 悪かったなと思いながらも、まずは水を一杯飲んでから謝るべきだと判断したオレは、何故か合わせが逆になっていた甚平を不審に思うことなく腰をあげて、その腰まで痛いことすらアルコールに押し付けて台所へと足を向けた。 そんなオレの後姿を薄目を開けて確認していたリボーンさんの視線に気付かないまま…。 いつもならば、昨晩の残りを朝食にしてしまうところだが昨日は作っていなかった。そうでなくてもオレを連れて来てくれたリボーンさんに残り物をと言う訳にもいかなかっただろう。 水を飲んですこしすっきりしたオレは、昨日の詫びも兼ねて朝食を作ることにした。 たいした物は作れないが自炊歴だけは長いせいで、それなりには食べられるものが出来る。 冷蔵庫を覗くと卵を取り出した。 割り入れた卵をカチャカチャと菜箸で解きほぐし、中にいれるじゃがいもを細かく切ってレンジにかける。それから細切りにしたベーコンを混ぜて少し冷ましてからフライパンを温めた。バターを一欠けら落とすとふわりといい匂いが広がる。そこに卵液とジャガイモ、ベーコンを入れて手早くまとめていく。 同じ工程をもう一度繰り返してから、ごはんを解凍しておかないとなと冷蔵庫を振り返ると台所の扉の横からリボーンさんがこちらを覗き込んでいた。 「あ、おはようございます。」 「…おはよう、ツナ。いや、センセイ。」 「?…言い直さなくてもいいですよ。それより朝めし食べていきませんか?」 かなり迷惑をかけてしまったことだけは言われなくても分かる。覚えていないとは言い出せなくて必死に愛想笑いを浮かべると、いつもはきちんと整えられている髪の毛を手荒く掻き毟ってからリボーンさんは長いため息を吐き出した。 「一から、か…」 「は?なんのことです?」 「こっちの話だ。それよりメシは貰うぞ。」 「あ、はい!」 名前を呼ばれてドキリと跳ねた心臓を隠すように、殊更大きな声で返事をして支度に取りかかった。 . |