リボツナ3 | ナノ



4.




多少の人気はあるものの、騒がしいほどでもない店内は落ち着いた雰囲気でオレを迎え入れてくれた。
落とし気味の照明のせいでそこに誰がいるかなど、余程凝視でもしない限り分かる訳もない。そんな店内をウエイターが案内する方へとただ進んでいく。
一番奥の外からは覗きこめない一角に通されたオレはウエイターに頭を下げて腰を落ち着けた。
あの店は子供や学生が入れないよう制限がある。きちんとした格好で行くんだぞ。
そう忠告してくれた自分より5つも年若い彼の言葉に従ってジャケットと皮靴を履いてきて正解だったなと内心で冷や汗を掻いた。
今までこんな場所に入ったことなどなかったオレは、しばらく落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回していたのだが慌てて顔を正面へと向けた。
待ち人が姿を現したからだ。

「お待たせ!」

「うんん!よく間に合ったね。」

思わず顔がだらしなくなってしまうのは仕方ない。
潜める声とは逆に煩くなる鼓動のせいで顔が赤くなってきていることが分かる。ありがたいことにここは照明が一段と暗いのでバレる心配もなさそうだ。
中学時代から換算して足かけ14年にもなる一方的なファン生活が、よもやこんな形で報われることになろうとは思ってもみなかった。
急いで駆け付けてくれたのか息を切らせる京子ちゃんにメニューを渡すとにっこりと微笑まれながらありがとうと声を掛けられる。それだけでもう十分なほどだ。

「そういえば、今ドラマの仕事だって聞いたけど…」

「うん、そうなの。撮影現場がここから近くてね。だからここにしたんだけど、ツナくん平気だった?」

「ええぇぇえ?な、なにが?」

店の外でビビりまくっていたことが知れたのかと聞き返すと、京子ちゃんはメガネに帽子のままきょとんと小首を傾げていた。

「年齢、聞かれなかった?」

「…聞かれた。」

まさかこの年齢に達してまで疑われるとは思わず、運転免許証も置いてきてしまっていたオレはたまたま財布に入れっぱなしだった保険証に助けられたのだ。
苦い思いで視線を横に向けると見覚えのある顔とない顔が一つずつある。ひとつ向こうの席にいる2人を見て慌てて視線を逸らしたが、見覚えのない顔の女性はリボーンさんと差し向かいになっていることに顔を綻ばせながらも、オレを監視するような鋭い眼光でこちらを睨んでいた。
多分、京子ちゃんのマネージャーあたりだろう。
知ってか知らずか京子ちゃんは帽子を取るとウエイターに注文を告げている。

「ここね、20歳未満の子は入れないお店なの。経営者がリボーンくんの知り合いで、そのツテでこうして貸してくれることになったんだけど、前に連れてきて貰った時に私も年齢で入店拒否されそうになって…ツナくんも同じかなってね。」

「は、は、は…」

そういう事は事前に知らせておけよな!と心の中で愚痴りながら空笑いを立てると、リボーンがニヤリと笑っていた。どうやらわざとだったらしい。
差し詰め学生に見えるらしいが絶対にそれを認めないオレをやり込めたかったというところか。
しかも京子ちゃんにまで心配されるに至っては認めざるを得ない。

ここのお勧めはね…と顔をメニューに向けている京子ちゃんの頭越しに睨み付けると、すでに視線はこちらになく差し向かいになっているマネージャーらしき女性と楽しそうに笑い合っているリボーンを見て益々腹が立った。
夕飯もまだだったという京子ちゃんと一緒に少し飲みながら話をしようという流れになって顔が強張った。

「どうしたの?」

「いっ!?なななんでもないよっ!」

慌てて首を振ったが顔は多分まだ引き攣ったままだろう。店内の照明が明るくないことが幸いした。
こんなことを言うと男の癖にと笑われそうだが、オレはアルコールの類が苦手だった。大学に入ってコンパだ合コンだと付き合いで連れまわされ、アルコールの分解量が多くないことが分かった。その後無理矢理飲まされることはなかったが、代わりに酔っ払いの後始末をつける役割ばかり周ってきたせいでいい思い出などない。
いつでも騒がしいと憤慨する店員に謝り倒していたという記憶しかないのだから。

それでも少しのアルコールは緊張を緩める役割を果たしてくれることも知っている。いくら元同級生といえど、あまり面識のなかった相手と打ち解けるにはこういう場も必要だということぐらい分かっているのだ。

2人して口当たりの軽く度数の低いカクテルを注文して、興味を惹かれたというサラダや揚げ物などを相談しながら頼んでいくと京子ちゃんの向こうの2人組は既に出来上がっているらしかった。
監視役じゃなかったのかと思わず呆れながら、やっと乾杯まで済ませて口をつける。

「ふふっ、仕事の後の一杯って美味しいね!」

「け、結構強いんだ?」

「どうかなぁ?あんまり飲まないだけだよ。仕事もあるしね。」

「…」

ぐいぐいと飲み干していく京子ちゃんのペースに合わせて一杯空けると頭がくらっと回りだす。それでもまだ飲み足りない表情の京子ちゃんに何を飲もうかと訊ねて店員を止めるとまた別のアルコールを頼んだ。
ふわふわと浮いているような心地のまま、何を喋っていたのか覚えてもいない。
だけど目の前の京子ちゃんがそうなんだ!そうそう!と楽しそうに頷いてくれることが嬉しくて、夢だったら醒めないで欲しいとそんなことばかり考えていた。

「ツナくん…?ツナくん!」

遠くで京子ちゃんの声が聞こえる。
顔を上げたくとも、もういう事をきかない筋肉は弛緩しきっていて何がそんなに可笑しいのかヘラヘラと笑い声だけで口から漏れた。
肩を揺すられても混濁する意識は浮上することなく、緩やかに穏やかに落ちていった。












次に目覚めたのは見覚えのない天井のある部屋だった。
ぼんやりと定まらない意識で、一体ここはどこだろうかと考える。勿論、どんなに考えても思い出せる筈もなく、そういえばオレはどうしてここにいるのだろうかとやっとそこに思考は辿り着いた。

今日は午前中に原稿を一つあげて、それからリボーンさんがやってきて靴からジャケットまであれこれと見立ててくれた。そうだ、どうしてそんな格好をするのかといえば京子ちゃんと会うためだったんだ!そしてどうにか顔を合わせることに成功して、少しあったわだかまりを解すためにと杯を重ねたアルコールの苦味を思い出す。
慌てて身体を起こすと頭と尻に激痛が走って、痛みで支えきれなかった身体はまたも崩れ落ちるようにふかふかのそこへと転がる羽目となった。

ううう…と呻き声を上げると足元の方向から物音が聞こえてきた。誰かオレ以外にいるのだと気付いたオレは、それが京子ちゃんだろうと思うと情けなくなって顔を柔らかなそれに埋めて声を殺した。

足元から横へと周り込んできた気配にタヌキ寝入りを決め込むと、オレの顔の横に手が現れてギィとスプリングが沈み込む音がした。
随分と大きな手だけど本当に京子ちゃんなのかと薄目を開けて手から腕、それからその上にまで視線を上げて驚いた。

「あれ…なんで?」

どうしてリボーンさんがここにいるのだろう。京子ちゃんはどうしたのだとタヌキ寝入りをやめて目を見開くと突然頭に手を入れられて何かが顔に迫ってきた。

「はっ、ふぐぅ!」

そういえばリボーンさんもあの場にいたのだから、飛んでいる記憶の失われている部分を教えて貰えばいいのだ。
そう気付いたオレが口を開いたところにぬるりとした何かが口腔に入り込んできて妙な声が漏れた。
後頭部を手で固定され逃げ出せなくなったところを思うさま蹂躙されてやっとそれが舌だと分かる。分かったのだがどうしてそんなことをされているのかは分からない。
キスなんて大学時代に少しだけ付き合った女の子と2回交わしたことがあるだけの、遠い昔の出来事だ。
なによりその時と決定的に違うのは相手が男だということと、されているのが自分だということ。

逃げ出そうともがいてがむしゃらに手をバタつかせた。オレの手がリボーンさんの頬を引っ掻いても止まらずに、逆に手を押さえつけられて口付けが深く執拗になってきた。
ネロリと歯列を舐め取られ、ゾクゾクと身体が震えたところを乗り上げられる。何故か何も身に付けていないオレとは違い、シャツとスラックスのみというラフながらも着ているリボーンさんはしかし、オレの内腿にぴたりと寄せられたスラックスの前が硬く膨らみ熱を持っていた。
気付いた途端にドッと汗が吹き出る。

どうしてとか、なんでだとか考えるより先に訳の分からない疼きが湧き上がって、ヤバイと思う気持ちとは別に身体が勝手に反応していく。
掴まれたままの手首から力が抜けて、口端から零れた自分の声に耳を塞ぎたくなった。
酔っているにしてもありえない。
どうして手首から離れていった手が辿る道筋に喘ぎがあがるのか。自分はゲイじゃない筈だと焦る気持ちを無視して、横を向いていた肩をぐいと押されて仰向けにされる。
わずかに離れた唇が膿んだように熱を持ってわななき、もう一度深く触れ合うことを期待していた。

吐き出す息の荒さに厚くもない胸板が上下して、そこに黒髪が落ちていった。
濡れた感触が首筋を辿って鎖骨へと下ると、その下の平らな胸の先へと辿り着く。そこを弄ったこともなければ、弄られたこともないオレはやっとそこで正気を取り戻した。

「ちょ、待って!」

「2度目はなしだぞ。」

「って、意味分かんないよ!」

「意味もクソもあるか。」

「ひぃぃい!へ、変なとこで喋るなぁ!!」

突然暴れ始めたオレの肘がリボーンさんの頭に入り、少し緩んだ腕からからがら逃げ出すことに成功した。

「ちょっと!どうしてこんなことに?!」

手元にあった上掛けを身体に巻きつけると、頭を押さえながらこちらを睨むリボーンさんの手が届かない隅まで後ずさった。

「てめぇで誘っといてどうしてなんてよく言えるな。」

「誘っ…?」

とんでもない言葉にただでさえ痛む頭がガンガンと割れそうに響き始めた。
思い出すのはタクシーの中で、肩を貸してくれていたリボーンさんの呆れた顔。それから吐いた後の胃のジクジクとした痛みと喉のひりつき。服まで汚れたぞと言って差し伸べてきた手になんといって答えた?

「…あ、れ?」

脱がしてよ、と答えたような気がした。
多分。
おそらく。

深い意味なんてなかった筈だ。
なのに迫ってきた顔に手を絡めたのはどうしてだ。

震える手からはじっとりと汗が浮かんでいた。


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