リボツナ3 | ナノ



4.




社長室なんて平社員には滅多に入ることのない部屋のひとつだ。
机のひとつ、調度品のひとつとっても質のよさを感じるそれらの中に放り込まれて、しかも仕事内容が仕事内容だ。
今までしたことのない仕事だが、投げ出すことも出来ない。
内心、連れてきた秘書はお前がわざと返したんじゃないのかと悪態を付いたが、それは口に上ることもなく腹の中に押し留められている。

「ツナ。」

「……。」

「ツナ。」

「………。」

「おい、ツナ。こっち向け。」

「……沢田です!何ですか?!」

しつこく名前を呼ぶ社長に、冷たい一瞥で返す。
この仕事を受けるにあたって出した条件は、他の社員と同じく苗字で呼ぶこと、半径1メートル以内に近寄らないこと。
だというのに、人目のないところではやたらと名前で呼ぶのだ。
苛々とペンを置くと、社長の机の脇に移動する。

「今日の昼食は、来日中のキャバッローネの社長との会食だがどこを予約してある?」

和食好きで有名な彼の社長に合わせ、有名な料亭を一部屋借りてあることを告げ席に戻ろうとすると腕を取られた。

みっともなく肩が揺れる。取られた腕を掴む手を視線で辿っていくと、思いの外真剣な顔を見つけてまた口を閉じる。
もう一週間にもなるというのに、まともに会話らしい会話もしていない。
オレは業務連絡にとどめ、リボーンは黙ってこちらを見詰める。
そしてその視線に耐えられなくなるのはオレが先だった。

「…休憩を取ってきます。」

言えば離すくせに、日に何度も接触してくる。言いたいことがあるなら言えばいいのに、オレの言葉を待っているのだろうか。

今更何を言えばいいのだろう。
重いため息が漏れた。

10分だけの休憩は、同じフロアにある喫煙室に逃げている。
この階は社長室と秘書課などと重役クラスしか使わない上に、喫煙室は滅多に使われることがないので逃げるには最適だった。
今日も誰もいないだろうとノックもせずに入室すると、先客がいた。

「すっすみません!」

「って、ツナ!」

慌てて頭を下げると、聞き覚えのある声が掛かる。
びっくりして頭をあげると山本が苦笑いして手をあげていた。

「あれ?山本?……なんでここに。」

「明日から本社へ出張、その後一週間だけ荷物整理と引継ぎで帰ってくるけどまたイタリア。…っていう辞令を聞きにきたんだ。その帰りにちっと時間があったんで入ってみただけ。」

「そっか…もう。」

あれから互いに忙しくて顔を合わせることなく今日まできてしまった。色々なことから逃げてばかりの自分に気付いて山本から視線を外した。
革張りのソファに腰掛けている山本のひとつ隣りに座る。
それを見ていた山本は、ソファに手を付くとひとつ分空いていた空間を詰めた。

「今、社長秘書してるだろ…どうしてんのかって言うか…っ!」

ああちくしょう!と頭を掻き出した山本を見る。

「また付き合ってるのか?」

聞かれておもいきり頭を振る。
すると山本の手がジャケットの腕を撫で、ネクタイへと滑らせていく。
ネクタイからシャツの襟をのぼって顎を掴まれた。

「このスーツ、また着てるんだな。」

「…お仕着せの安物は見栄えが悪いって……。」

今着ているスーツは、以前リボーンから贈られた物だ。捨ててしまうことも出来ずにクローゼットの隅に押し遣られていたこれらにまた袖を通している。
捨てられなかったことへのバツの悪さに視線を逸らしていると、取られた顎をぐいっと上に向けられて顔を寄せられた。咄嗟に手で阻む。

いつもなら拒まず、受け入れることもしないのに。
リボーンの存在ひとつで心が乱されることに呆然とした。

「ごめん…!」

ソファから立ち上がると扉の外へと逃げ出した。










心ここに在らずでも、仕事は待っていてくれないものだ。
イタリアからの来客であるキャバッローネの社長は、昔馴染みのディーノさんだ。
オレは小さい頃イタリアに住んでいたことがあった。ディーノさんはその時の知り合いで、今は本社の社長を務めているザンザスさんとその秘書のスクアーロさん、そしてディーノさんの3人は同じ学校に通っていて、度々ザンザスさんの屋敷で顔を合わせることがあった。ドジだけど優しいディーノさんは大好きな兄のような存在だ。

「お久しぶりです、ディーノさん。」

「ツナ!お前、大きくなったなぁ!」

ポンポンと肩を叩いて抱き竦められた。頭ひとつ分大きいディーノさんにハグされて息もままならない。手をパタパタさせていれば、後ろから低い声が聞こえる。

「人の秘書に手ぇ出すなんざ、死にてぇのか?」

「うわっ!?何でリボーンが?」

知り合いなのだろうか。凄い勢いで背中に回されていた腕を離すと飛び退いて両手を挙げている。

「何でも何も、ボンゴレの日本支部の社長になってんだ。まさかてめぇ、会談相手の資料も見てねぇのか?」

「いやー…ははははっ。」

何だかおかしい。
力関係がリボーンの方が上だなんて。
だってこいつ、オレと同い年の筈なんだけど。

「あの…知り合いですか?」

恐る恐るディーノさんへ訊ねると、ディーノさんは空笑いしている。代わりに答えてくれたのは秘書のロマーリオさんだ。

「うちのボスの家庭教師をして貰ってたんだ。」

「へー…え?えええっ?!どういうこと?ディーノさんの方が年が上ですよね?」

「知らなかったのか、ツナ。こいつは7歳で大学までスキップしてるんだぜ。オレを教えてくれたのはオレが14歳、こいつが8歳だ。」

「はぁ???」

マジか。
どおりで頭の回転がいいと思った。しかもオレと同い年で4年前に既に幹部だったのだ。それもありかもしれない。
嫌なことまで思い出してしまい、視線を畳の縁に落とす。それに気付いたディーノさんが冷酒を手に乾杯だと笑わせてくれた。
そんな和やかなムードで始まった会談は、気の置けない者同士の飲み会の様相を呈していき気が付けばオレは酒に呑まれていた。

「ツナー?」

「はひ?」

ディーノさんが手を目の前でふらふらさせている。それは見えるのに、視線が定まらない。
手の上に顎を乗せている状態なのに、何故かふわふわと夢見心地だ。
ニヘッと笑うとディーノさんがやっちまったか…と呟いていた。

「ツナ、弱いんだな。家光が強いからてっきり…悪ぃ!」

「ぜんぜん平気ですよぅ!ちょっと気持ちいいくらいですって。」

手をブンブンと振れば、勢い余って自分の身体まで揺れた。横に傾いだ身体を肩ごと掴まれ凭れ掛からせてくれたのはリボーンだった。

「リボーン?」

「寝てろ。」

「いやいや、仕事だし!」

アルコールのせいで自戒の緩んだオレは、そのことに気付かず口調を昔に戻していた。
ここに居るのは自分をよく知る人たちだからかもしれない。
とにかくリボーンに凭れたままどうにか体勢を戻そうとするが、ぐらつく身体は思うように動かない。

「オレたちは帰るけど、ツナは任せていいのか?」

「当たり前だ。オレの秘書だぞ。」

頭の上を通り過ぎる会話も上の空で、段々瞼が重くなってきた。
それでもディーノさんたちが帰るところまでは記憶がある。
そこから先は真っ暗になってしまった。

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