リボツナ3 | ナノ



3.




気が付けば児童作家の端くれになった時と同じくらい、いや、それ以上に流されまくっている自分を感じていた。
中学の時に片恋をしていた想い人と再会できたまでならどこにでもある話だろうと思う。だけどそれが今をときめく女優に成長していた彼女とだなんてドッキリなのかと疑いたくなるというものだ。

しかも、しかもである。

「いいか?あっちは芸能人だ。センセイが頼まれたのは『男の知人』というポジションだけ。それも女優としての幅をつけるためにだ。だがな、この機会をどう捉えるかによってこれからの人生が大きく変わってくるかもしれねぇぞ?」

「はぁ…」

こんこんとオレに講釈を垂れるのは、新しく担当になったあさり出版の未来の社長。今は一介の編集者…の筈である。
気障な2枚目というキャラクターを裏切らない口調だが、腹の中は案外策士であるらしい。
オレを京子ちゃんに紹介しようとしたのも、オレならば人気女優に無体を働く訳がないと踏んだからに違いない。それは分かる。
しかし、オレには京子ちゃんという餌で釣って新しいジャンルへの足がかりを掴ませようと思ったのではないのか。

顔合わせだけなと言われ、すぐに楽屋を後にしてから連れてこられたのは何故かリボーンさんの知り合いがいるという美容院で、あれよという間に髪の毛に鋏を入れられるに至って逃げ出せばよかったと後悔の真っ最中だった。

「どうでもいいが、突然来てすぐにやれとか言うのはやめろ!オレにだって予約してくれているお客さんはいるんだ!」

「す、すみません…」

パンク少年も真っ青な紫色の髪に唇と耳を結ぶチェーンがどう見ても痛そうな飾りをつけた年若い青年は、眉間に皺を寄せながら怒鳴り声を上げた。
その声に思わずオレは頭を下げる。

「い、いや…アンタに言ったんじゃなくってだな、」

「あぁ?なら誰に言ったんだ?」

鏡越しに眼光鋭く睨まれて紫の髪の青年とオレはガタガタと身体を震わせた。
5つも下の相手に怯えるオレは情けないことこの上ない。
だが、それでも説明ぐらいはしてくれてもいいのではないだろうか。

「オレなんて髪の毛を弄っても変わりないよね?」

いまだブツブツと文句を呟く美容師の彼に訊ねたつもりが後ろから返事がかえってきた。

「そうでもないぞ。」

まあ、あの京子ちゃんとまた会えるのだ。少しでも身奇麗にしておくべきだろう。そんなに汚くしていたつもりもないのにと思いながらも、そういえば前に床屋に足を運んだのはどれくらい前だったかを思い出していた。

「アンタ軽く3ヶ月は切ってないんじゃないか?」

「あ、当たり。前に切ったの4月の始めだった。」

あまりにいうことをきかない髪の毛にそろそろ行かなきゃなぁと思っていたところだ。
スーツが似合わない云々以前の問題だったなと自覚したところで上からはぁとため息を吐かれた。

「マメに切れば悪くないですよ、アンタ。」

「はははっ、上手いね。」

さすが接客業も兼ねているだけのことはある。どーも、と軽く答えると長い足をこれ見よがしに組んで座っているリボーンさんが鏡の中のオレと目を合わせてきた。

「センセイのそれは地毛なのか?」

「ん?色のこと?ああ、うん。母方が茶髪でね。そういえば学生の頃はよく教師に煩く言われたっけ…」

リズミカルな鋏の音を聞きながらそう答えると、オレの髪の毛を指で挟みながら上から素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「学生の頃って、アンタ学生じゃなかったのか。」

「イヤイヤイヤ!ちょ、大学だって卒業してからもう6年は経つんだけど!」

どれだけ若く見られていたのだろうか。
鋏の音が途絶えて、なにかあったのかと鏡で確認すると美容師の青年と何故か後ろのリボーンさんまで目をまん丸に見開いていた。

「えーと…もしもし?」

手をブンブンと振れば、やっとそれに気付いた2人がハッとしたように視線をこちらに合わせてきた。
何か変なことでも言ってしまったらしい。
気まずい雰囲気を感じて愛想笑いを浮かべると気を取り直したのか足を組み替えたリボーンさんがそういやそうかと呟いていた。

「京子と同級生だって言ってたしな。」

「すげーな、この年代…」

何がすごいのか分からないが、京子ちゃんと一括りにされているらしいことは分かった。
尻の座りが悪くなってモゾモゾしているともう少しなんで大人しくして下さいと上から雷が落ちてくる。
突然敬語になったなとは思ったが、特には気にしなかった。
そんなこんなでどうにか切り終えた後、シャンプーをされてブローをして終わりましたと放り出されてから自分を見て驚いた。

「見られるようになったでしょう?」

「うん、ありがとう…パシリくん、だっけ?」

「ス・カ・ルです!」

「あ、ごめん!スカルくん、またお願いするね。」

「今度は1ヶ月以内に来て下さいよ。」

「…善処する。」

確約は出来ないと視線を彷徨わせていると、強引に次の予約を入れられてしまった。
床屋とは随分違うんだなぁと感心しながらもメンバーズカードとかいう紙を財布にしまって、外で待っているリボーンさんのところまで慌てて駆けていった。

「お待たせ!さっぱりしたよ。」

「…さっぱりし過ぎて幾つだか分からねぇけどな。」

「そうかなぁ。」

30目前の男を誉めるにしては妙な言葉に、首を傾げながら車へと乗り込むと運転席のリボーンさんがハンドルを握りながらありえねぇと零した。

「なにが?」

「いや、こっちの話だ。」

それだけ言うと少し乱暴にクラッチを踏んで駐車場を後にした。












一事が万事そんな調子でリボーンさんとの関係は着実に離れ難いものへと変わっていった。
暇をみつけては家に顔を出すせいで麦茶と茶菓子を切らせることが出来ない。だけどそんなリボーンさんと会って他愛もない話をすることが楽しくなってきていた。
思えばオレは学生時代から友人らしい友人もいなかった。その場限りの付き合いは長く続く筈もなく、まるで隠居生活を送る孤独な老人にも似た平坦で変わりのない毎日を過ごしていたことが嘘のようだ。

今日は会議を抜け出して明日会う予定の京子ちゃんとの逢瀬をレクチャーしてやると話していたのに遅いな、などと時計を眺めているとガタガタという音が玄関から聞こえてきた。
リボーンさんが来たんだろうと書斎から腰を上げると台所へと足を運ぶ。
ギッギッという廊下を踏み締める音が次第に近付いてきて、一旦居間へと入ったらしい足音が今度は背後から聞こえてきた時には麦茶と茶菓子を乗せた盆を小脇に抱えて振り返った。

「邪魔してるぞ。」

「ん、いらっしゃい。今日はちょっと遅かったね。」

そう声を掛けると珍しくため息を吐いた。

「ちょっとな…持っていくから貸せ。」

手から盆ごと取り上げられて肩を竦めると、ふと思い出した。

「とっ…。この前貰ったゼリーの賞味期限が今日までだった、食べる?」

「いや、いらねぇ。」

「甘いの嫌いだね、ホントに。」

結局4つ貰ったうちの3つも一人で消化することになって嬉しいやら申し訳ないやらで苦笑いを返す。そんなオレの顔を見ていたリボーンさんは慌てて視線を逸らすと逃げるように台所を後にした。

なにかあったのだろうか。

ひょっとして連載を持っている児童誌が廃刊とか…?それとも京子ちゃんと会うことが出来なくなったとか?などと色々考えながらもゼリーを2つ手にしてオレも居間へと向かった。











ちゃぶ台の上に置かれたままのお盆を見詰めるようにぼんやりと頬杖をついているリボーンさんを見てやっぱりなにかよからぬことがあったのだと覚悟した。
日本家屋にこれほどそぐわない人物もそうはいまいというリボーンさんは、教えてあげた胡坐を掻きながら暑さのせいで滲む水滴のしたたる先を眺めているようだった。
聞かれないようにこっそり息を吸い込むと、たたみを踏み締めるようにして近付いていく。ミシミシと音を立てるたたみに気付いたリボーンさんがオレを振り返る。

「どうかしたんですか?」

「いや…」

とだけ言うとまた黙り込む。余程言い難い話らしい。
いよいよもって覚悟が必要かとリボーンさんの前に座ると、とりあえず盆から麦茶と茶菓子だけはちゃぶ台の上に置いて盆を下げた。
セミの鳴き声だけがしばらく響いて、どうやって話を聞きだそうかと考えていればオレの手元にあるゼリーにリボーンさんの指が向いた。

「食べないのか?」

「あー…頂きますけど。その、リボーンさん何かありました?」

うまく聞き出すなんて芸当が出来る筈もなく、つい馬鹿正直にそう訊ねるとゼリーを指していた指先が慌てて引っ込んでいった。

「リボーンさん?」

「いや、なんでもねぇぞ。」

何でもないんだと言い聞かせるように2度呟いたリボーンさんは、何かを振り切るようにぐいっと麦茶を飲み干した。
個人的な悩み事だろうか。だとしたらあまり深く追求することも憚られる。
その内言いたくなれば話してくれるさと知らん振りすることに決めて、ゼリーの蓋を開けると一番嬉しかったピンクグレープのゼリーへとスプーンを入れた。
手作業で薄皮まで剥いてあるピンクグレープを頬張ると、程よい冷たさと甘みと酸味のバランスが取れた果肉にうっとりと目を細める。
しばし甘味の世界に陶酔していると、視線を感じてぼんやりしながらそちらに目を向けた。

「なにか?」

いい年をしたオッサンがゼリーを口に入れる度に笑顔を浮かべるのは気持ち悪かったかもしれない。そう思い俯いて顔を隠した。

「いや…。そういや明日はどうするんだ?」

「どうするって、」

それをレクチャーしてくれるのではなかったのか。
半分ほど残っているゼリーから渋々顔を上げると、落ち着きなく指がちゃぶ台を叩いている。チラリとリボーンさんの顔を覗き込むと、そんなオレを見ていたらしいリボーンさんは慌てて顔を横に向けた。

「場所が変更になったとか?」

そう水を向けても変わりないと言うだけで素っ気無い。

「どうかしたの?心配事があるならこっちは気にしなくても平気だよ…多分。」

気の利かない男だと笑われることは経験済みだ。
だからいいんだと告げようとするといつの間にか横にきていたリボーンさんが、オレのスプーンを持つ手の上に手を重ねそこから奪い取るようにゼリー容器ごと取り上げられてしまう。
どうしたんだと思いはすれど、どうしたらいいのか分からずに横にある顔を眺めているとその顔がフッと柔らかに微笑んだ。
見たことのない表情にドキリと心臓が鳴って、それに自分でもうろたえた。
顔が赤くなっていないかと心配しながら視線も逸らせずに見詰めていると、その先でリボーンさんの指がスプーンを取ってゼリーを掬い取る。プルンと揺れたゼリーが徐々にオレの口許に近付いてきて困り果てたオレはスプーンの先とリボーンさんを交互に眺めた。

「あの、」

自分で食べるから置いてくれと精一杯目で訴えているのに、気付かないのかフリなのかリボーンさんはオレの少し開いた口にゼリーを流し込んだ。
まさか本当に口の中に入れるとは思わず、口端から零れたゼリーを手で拭おうとするより早く視界が塞がりついでに口も塞がった。
ぬるりと生暖かいそれが口端を伝ってゼリーを掬い取ると歯列の奥まで押し込めてくる。
チカチカする視界がやっと定まったのは、目の前のそれがリボーンさんの顔だと判別できるほど遠退いてからだった。
なんでこんなことをと呆然としていると端正な顔がニヤリと歪んだ。

「こういう風にチャンスは生かすんだぞ。」

「…は?」

それだけ言うとリボーンさんはやっぱり甘いと文句を言ってオレの麦茶まで飲み干した。

「ひょっとして、からかった?」

「どうだかな。」

慌てて口を押さえながらニヤニヤと笑う顔を睨んでも堪えた様子はなかった。

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