リボツナ3 | ナノ



1.




つい先日までの長雨が嘘のように、連日連夜可愛らしいニュースキャスターが伝える極暑の報にうんざりと眉を顰めてテレビの電源を落とす。
いや、可愛らしいニュースキャスターに罪はない。
ないのだがこうも毎日毎日おなじ内容を伝えるというのはやめて欲しい。
ミンミンと鳴くセミの声を耳に入れると体感温度がまた一度上がったような気がした。

あまりの暑さに以前母が送ってくれた甚平を引っ張り出して着ているオレは、どこから見てもプー太郎のおっさんにしか見えないだろう。
それはある意味当たっているし、全然違うとも言える。
定職といえるのかどうか…はなはだ怪しい職業なのだから。

そういえば、今日は数少ない連載を取りに家に人が訪れる日ではなかったか。
隔月発行の児童誌のための話は、自分の作風と鈍臭いとよくいわれ人よりテンポが遅いオレにはよくマッチしていると思う。
だがそれだけでは食ってはいける筈もない。他にもちょこちょこと仕事を貰って、書き溜めた話を本にして貰ったりはしているが作家というにはあまりにお粗末かもしれない。
そんなオレはいわゆる児童小説といわれるジャンルの作家の端くれだ。

3流大学を留年だけはすることなくどうにか卒業して、それから聞いたこともないような小さな出版社に就職したのだがこのご時勢にあえなく潰れてしまった。
どうしようかと路頭に迷いかけていた時に、ひょんなことからオレの書いた記事を読んでくれていたという大手の出版社の編集者に声を掛けられて気付いた時にはこの道へと足を突っ込んでいた。

生きるためだったとは言わないし、それほどの志があった訳でもない。
もっといい物を書いてみたいと思わないかと言われたこともあったが、自分の器は自分がよく分かっている。
これくらいのどうにか食える程度でいいんだと思っていた。






編集者と作家といえばどんな関係を想像するのだろうか。
オレなどはよくドラマや小説などで出てくる、作家におべっかを使ったり、宥めたり、時に脅したりといった、編集者が弱い立場またはどうにかして作品を捻り出させるか全力をあげているのだろうと思っていた。
勿論そういう場合もあった。
自分が編集者であった時、一度だけ著名な先生の原稿を頂きに伺ったことがある。
大豪邸というに相応しいおウチに足を踏み入れるのもビクビクしながらお邪魔すると、気さくな奥様がすぐに対応に出てくれて、もう少しで仕上がると思いますという言葉に頷いて大人しく待っていたら翌朝になっても出来上がる気配がない。一度どこまで進んでいるのか拝見したいと声を掛けると、そこには先生の姿が見当たらなかった…なんてこともあった。

あの時は先生の行方を捜しに目ぼしいところを奔走して、やっと見つかったのが2日後で、その間編集部に連絡することも忘れていたせいでこってり絞られたこともついでに思い出した。
苦い思い出というには必死すぎて回りが何も見えず、覚えていることといえば見つかった時の先生の情けない顔くらいだった…なんてこともある。

そして今はというと。

ピンポーン!という今やレトロともいえる呼び鈴が鳴り響く。
ボサボサ頭に甚平という格好だが構うものかと思う。
はいはいと小さく口の中で呟きながらペタンペタンと草履スリッパを鳴らして玄関へと向かった。

建て付けの悪い玄関は鍵が掛かってもいないのに訪問客を拒絶する。昭和30年代に建てられた平屋建ての一軒屋はレトロな外観と同じく、どこもかしこも当時のままだった。

スリッパから下駄へと履き替えて、カスリガラスの向こうに見える随分と背の高い人物にすみませんねぇと声を掛けてから玄関の戸に手をかけた。
ガタガタと異議を唱えるガラス戸を宥めながら横にずらすと見たことのない顔が呆れた様子で玄関を眺めていた。

「あ、お待たせしました…あさり出版の方ですよね?」

「ああ…はじめまして、沢田センセイ。前任者から聞いていると思いますが、今度新しくセンセイの担当になりましたリボーンと申します。よろしく。」

玄関の鴨居に頭をぶつけそうになりながらも中へと入ってきた背の高い男は、どうやら日本人ではないようだった。
あさり出版は随分と自由な出版社なんだなと心の中で呟きながら手を差し出すとおざなりに握手を交わしてすぐに手を離した。

「大した物も出ませんが、よかったら中を覗いていきますか?」

そう声を掛けると是非と言われて思わず家に上げてしまった。
原稿はといえば、玄関の横に用意してあったというのにだ。

外人さんには珍しいんだろうかと草履のスリッパを出すと靴下のまま履こうとして慌てて止める。

「靴下は脱いで履いて下さい。って、履けるかな?」

身体も大きいリボーンさんはやはり足も大きくて、ウチにあった一番大きい草履がやっと入ったぐらいだった。
玄関から長い廊下を歩いていつもはあげない居間へとリボーンさんを通すと、畳の部屋が珍しいのか落ち着かない様子でウロウロしていた。

「そこの座布団に座って下さい。今、原稿と飲み物を取ってきます。」

椅子ではないということに驚いているリボーンさんを置いて、慌てて麦茶と置き菓子とそれから原稿を取りに玄関へと向かった。






カラン…と氷がグラスの中で音を立てて、その合間に扇風機が力一杯ファンを回している。
前任者はいつも原稿を確認することもせずに玄関先で帰っていったので、こうして目の前で自分の作品を読まれるということはなかった。
緊張感と奇妙な恥ずかしさに喉の渇きを覚えて麦茶に口をつける。

「ちょっといいか…?センセイはウチ以外の仕事はどんなことをしている?」

どうしてそんなことを訊ねるのか不思議に思いながらも、ひょっとしたらあまりに出来が悪くて切られるんじゃとビクビクしながら答えた。

「えっと、他には児童誌の母親向けコラムとかページ数が足りない時の代打みたいなことかな。」

「フン…」

と鼻を鳴らすと、原稿を向いたままだった黒い瞳が急にこちらを見据えてきた。

「センセイ、もう少し年齢が上の話を書いてみないか?」

「へ?」

「いわゆるリテラリーといわれる軽めの話だ。」

「りてらりー?」

ライトノベルというのは知っていたが、それは初耳だった。聞けば雑誌の中に情報とショートストーリー、ノンフィクションや対談などを幅広く載せているのだという。
きちんと筋立てた話だが重すぎては読む気を削がれるのでほどほどがいいのだと言われて少し心が動いた。

「読み流されるほど軽くてはダメなんだ。その点、センセイの話には芯がある。」

誉めすぎない誉め言葉に傾きかけたオレは、慌てて首を振って待ったをかけた。

「ヤ、でもオレそんな物書いたことないし。」

「書いてみればいいだろう?センセイのこの暮らしぶりを見ても、ウチからの原稿料を見ても、余裕があるようにも見えねぇがな。」

痛いところを突かれて言葉に詰る。
そろそろ屋根の補修もしたいところなのにそのためのお金も工面できない状態だった。
親からの生前贈与という形で手に入れた家は、20をとっくに過ぎているオレが面倒をみるのが当然だ。
だからどうしようかと悩んでいたところにこの話だ。

「まだ他の作家にも声を掛けているところだが、センセイがうんと言ってくれるならセンセイに決めてもいい。」

「ってさ!なんで君がそんな権限があるの?」

そう、そこが不思議だった。
いくら編集者とはいえ、作家を決める権限がこんな若造にあるとは思えない。
多分オレより5つは若いと思われる目の前の男をジッと見詰めていると、今までとはまったく違う顔でニヤリと笑われた。

「ウチっていうのは言葉のアヤじゃねぇってこった。」

「あっ!」

成る程。
あさり出版は同族経営をしている会社だと聞いたことがあった。
その中でも一番の末息子がとんでもなくやり手で、大学在学時代から人脈も頭も上手に使ってひとつの雑誌を復活させたのだと。
だが、いくら同族経営だからといってすぐに上役では示しがつかないと下から叩き上げで登っていくと本人が宣言したらしい。
よもや目の前の男が噂の末息子だとは思わず、ただ声も出せずに呆然と見詰めていた。

「オレは使えるコマを増やしたい。センセイは収入を増やしたい。悪い話じゃねぇだろう?」

勿論だ。ただし、自分にそれだけの力があれば。




xxさまよりお題をお借りしています



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