3.いつもの時間に電車に揺られ、いつもの通りに会社に着いた。 ケータイを開けば山本から何度も電話がかかってきていたらしく、着信履歴がいっぱいになっていた。 今日会えたらと思ったが、イタリア本社への転属の準備もあるだろうし、課の引継ぎもある。 隣の課なので顔を合わせようとしなければ、会うこともない。 このまま…と言う訳にはいかないだろうけど、会って話しをしても結局は同じなのかもしれない。 腫れた瞼とボサボサの頭のままで自分の課へ入ると、扉の近くの同僚がびっくりした顔でこちらを見る。寝癖はいつものことだから、やっぱり一晩泣いた瞼がみっともなかったかと思っていると、課長から呼び出された。 鞄を自分の机に置こうとして、異変に気付く。 机の上の書類やら資料やらが綺麗さっぱり片付けられていることに。 「あれ…?」 首を傾げていると、隣の席の女性社員がこっそり耳打ちしてくれた。 「今朝来たら、沢田さんの仕事を振り分けられたんです。で、机の上は私が片付けさせて貰いました。ココアの缶が3つも出てきましたよ!次のところでは綺麗にされた方がいいと思います。」 「は?次?」 なんのこっちゃと益々首を傾げると、課長から声が掛かる。 何かヘマでもしたか…と青くなりながら課長の席に近付くと、その課長はニコニコとご機嫌で爆弾を落としてくれた。 「沢田くん、突然で悪いが秘書課に転属になった。さっそく今日からだから、この書類を持って秘書課に行ってくれ。」 「はぁ?」 何でオレが、会社の花形とも言える秘書課に? 平々凡々どころか、書類を作らせれば桁のミスや改行違いなどのオンパレードをしているオレが? 何かの間違いだろうと課長に言うと、笑みを崩さずきっぱり言われた。 「来月から日本支部の社長がリボーンさんになるんだ。君は彼と同期で仲がよかったそうじゃないか。彼の連れてきた秘書はイタリア語しか出来ない。日本支部の秘書たちは英語は出来てもイタリア語まではできないそうでな…そこで君の出番だよ。知らなかったが君、イタリア語はペラペラだって?日本語とイタリア語が出来てその秘書たちの繋ぎが出来ると、期待されての転属だぞ、沢田君。」 うっわー… 何だその最悪な展開は。 おもいきり顔を歪めているのに気付いてくれない課長以下課の同僚たちは、しっかりやれよ!と励ましてくれた。 いっそ…と今朝も考えたプランが頭を過ぎる。 大ポカでもして首にして貰おうかな、なんて。 それでも課から追い出され、トボトボと廊下を歩いていき、エレベーターに乗って最上階まで足を運ぶ。 エレベーターから見える景色はビルが立ち並ぶいつものものなのに今日は何故か寒々しく見えた。 目の前の『秘書課』と書かれたプレートが掛かっている部屋の前で、ノックをしようと手を出した形で止まる。 今ここをノックして入ったらお終いだ。 秘書課なんかに転属されれば嫌でもリボーンと顔を合わせることになる。それは嫌だ。 手を引っ込めてひとつ大きく息を吐くと、踵を返そうと足を後ろに引いた。 すると肩に何か当たる。 硬い感触にギクリと身体を竦ませると、斜め後ろから声が掛かった。 「遅かったな、ツナ。」 聞き覚えのある低音が鼓膜を振るわせる。声のした方に顔を向ければ、まともに顔を合わせるのは4年ぶりになる男の顔がそこにあった。 昨日は月明かりだけでまともに顔も見れなかったが、今は朝日が差し込む明るい廊下ではっきりと顔が見れた。 以前より精悍さが増した顔に、オーダーメイドだろうスーツがばっちり決まっている。それでも懐かしさを探していれば、リボーンの視線がオレの目に吸い寄せられていくのが分かった。 すっと上げられた白い手が、オレの瞼の上を掠める。 冷たい感触に身体が逃げると、それを追って手が肩を掴んだ。 「泣いたのか?」 「っ…!大きなお世話だ!」 肩を抱く腕に錯覚を起こしかけて、慌てて手で払うと距離を取る。 睨みつけるオレの顔を見て小さく息を吐くと、表情の見えない笑いを浮かべる。 こんな顔は見たことがない。 「入れ。秘書課にお前が欲しいのは本当だ。」 言うとノックを一つしてオレの腕を掴むと秘書課へと連れ込まれた。 新しい社長と、新しく転属される秘書がいきなり入ってきたのだ。驚いているだろうと思えば3人いる誰もが無表情で、こちらを見もしない。 「な…どういうこと?」 引き摺られたまま、秘書課の課長と思しき少し年配の女性社員の前にひきだされた。 その女性社員は、ジロリとオレを一瞥すると書類を受け取って判を押していく。不備がないことを確認するとやっと顔を上げてくれた。 「あ、あの…沢田綱吉です。よろしくお願いします。」 「よろしく。社長と話してありますが、イタリアからの秘書の方々の代わりということで公式の場と書類などは全てあなたにお任せします。こちらは日本式の遣り方しかできませんので、調整をお願いすることになります。」 「…はぁ?」 ちょっと待て。今、変なこと言わなかったか? イタリアからの秘書がとうたらとか… 慌てて周りを見回すと、そこにいるのは元々の秘書課の社員だけのようだ。日本人以外いない。 横を見ると肩を竦めるリボーン。 「日本式の秘書の仕事が合わなかったようでな。2人連れて来たんだが、戻っていった。」 「戻っていった、じゃないだろ!そこは引き止めろよ!」 「お前がいればいい。もういいか?連れていくぞ。」 「はい。何かありましたら、こちらへも連絡をお願いします。」 「って、おおい!」 何だこれ! いったいどういうことなんだ?! . |