1.携帯電話の音が自室の広い部屋に突然響いてビクリと肩を震わせた。 夜中だということもさることながら携帯に電話がかかってきたことに驚きを隠せなかった。 鳴り続ける電子音の響きは防音のしっかりした部屋では外に漏れることもないだろう。それ以前にこの屋敷は一部屋一部屋が大きくてそれほど煩いとも思えないこともある。 けれどこの音を聞いたのはこれがはじめてだった。 仕事を頼むと平気で1ヶ月や2ヶ月は連絡が取れなくなるリボーンに、なにかあれば電話をかけてきて欲しいと頼んで持たせたのがこれだった。 ジャンニーニに頼んだ特注品で電波を傍受されにくいことと、発信源の割り出しが難しいことが採用条件だっただけある代物だ。 たまには電話してこいよなんて軽くいいながらも、どこか期待していたオレを裏切ってまったく使われないことすでに1年を越えていた。 だからリボーンは電話を信頼していないのだろうと諦めてその存在を忘れかけていたときにこれである。 まだ鳴り続ける電子音が早く取れとオレの背を叩いて、それに押されるように少しごつめの携帯を手にした。 受信ボタンを押すと過たずリボーンの声が流れてくる。 『おせぇぞ、ツナ。』 「だって…いや、いい。なんでもない。それよりなにかあったの?」 昨日仕事に出て行ったばかりだというのに電話をかけて来るなんてどうかしたと思うものだろう。 いくらリボーンが世界一のヒットマンだとて心配になるのは当然だ。それが恋人ならなおさらに。 けれどそれを鼻で笑うと声のトーンを落として囁く。 『いや、仕事は順調だぞ。出掛けに言い忘れたことがあってな。』 ひそめるというよりは艶を増した低い声が耳元で響くと腰のあたりがモゾリと蠢く。出掛けまで先払いだと貪られ続けた身体が、その熱を思い出したようにじわりと疼いてそれに慌てて立ち上がった。 「なっ、なんだよ…!」 誰にも見られてはいないのに、そんな自分の変化が恥ずかしくて大声を張り上げるとくつくつと電話口から笑いが聞こえてくる。 この状態すらお見通しだなんてことはないよなと、やっと落ち着いてリボーンに訊ねると箱はなかったかと逆に聞き返された。 「箱?」 忘れ物なんて今までなかったのにと思いながらもリボーンの私物が置いてあったあたりを探すも何も見当たらない。 昔からそう家庭教師をしていた頃からリボーンはアタッシュケース一つしか私物はなかった筈である。 見当たらないよと声を掛けると違ぇぞと返事がかえってきた。 『オレがツナのために置いていってんだ。それを伝え忘れた。』 「え…?」 プレゼントは贈り合わないと決めたのはリボーンからで、でも花や食事などの残らないものはよく贈られていた。 仕事柄身につける物を贈られても困るのはお互い様でだから仕方ない。 それでもこうして気に掛けていてくれているのだと分かるだけでも嬉しかった。 寝室に置いたと聞いて携帯電話片手にいそいそと足を踏み入れた。 昨晩はリボーンのせいでまさに精魂尽き果てていたので辺りを見回す余裕すらなく昏睡するように落ちた。 だから寝室の間接照明をすべて点し、キョロキョロと見渡すとほどなく見つけた見覚えのないそれに思わず笑顔が零れてしまったとて当然だと思う。 「見つけたよ!」 『そうか…開けてみろ。』 今思えばリボーンの声はニヤついていたのだけれど、その時のオレはいつもは素っ気無い恋人の贈り物に心弾ませていてそんなことなど気にも留めていなかった。 かなり大きめの箱に詰められたそれは、綺麗な金糸の糸が縫いこまれた淡いピンク色のリボンが施されていた。 こんな大きな箱をどうして見つけられなかったんだろうとは思えど、やはり昨晩は疲れていたことと箱が白かったことも要因のひとつと考えられる。 そんなことはどうでもいいと、とりあえず携帯電話を横に置いてリボンを解くと箱に手を掛けそっと蓋を開けた。 「………リボーンさん?」 『どうした?』 「どーしたもこーしたもあるかっ!おま、こんなもの…オレ…!」 絶句しかない。 箱の中から取り出したそれはいわゆる大人の玩具と言われる代物だった。 見たことがないとは言わない。だが本物を手にしたのは初めてだ。 ペニスを模して作られたそれのグロテスクさに引き攣る顔のまま電波で繋がった贈り主になんと言ってたたき返してやるのが相応かと言葉を選んでいると、またもくつりと笑い声が受話器の向こうから聞こえてきた。 『嬉しくて言葉もねぇか?』 「んな訳あるか!どうしてオレが喜ばなくちゃならないんだよ!」 それを握り締めたままで絶叫すれば益々電話先で笑い声が大きくなった。 初めての電話に初めての贈り物がこれなんてどこまで人をおちょくれば済むのか。 腹立ち紛れに電話を切ろうと携帯を持ち替えるとオイと低い声が聞こえてきた。 「なんだよ…」 『怒るな。仕事に出るまで毎晩可愛がってやったからそろそろツナのいやらしい身体が寂しがる頃だと思ってな。』 「バッ…!いやらしいのはお前だろ!変態!」 『そうだな。オレのこいつもツナの中に突っ込みてぇって疼いてんぞ。』 「やめろって…!そういうことは耳元で言うなぁ…」 手にしていた玩具をぽとりとベッドの上に落とすと、受話器を抱えたままリボーンの声を聞いてしまった耳を押えて蹲った。それでもその卑猥な声は消えなくて、リボーンにされたあれやこれやがまざまざと蘇って身体が熱を帯びてきた。 『ツナ…?』 切れないけど、耳元にも近付けられない受話器からリボーンの声が聞こえる。それにバカバカバカ!と返すとすぐに出ねぇとお仕置きだぞと言われ慌てて携帯に飛びついた。 染み付いた習性に歯噛みする。 『そこには誰もいねぇな?』 「いる訳ないだろ。いたらこんな物取り出せないよ!」 『ならいい。ツナ、オレの言うことは聞けるよな?』 「…」 聞きたくないと言えたらどんなに楽だろう。 しかし、いつどんなことでもリボーンに逆らいつつも最後には受け入れ続けたオレには否ということが出来なかった。 そうしてそれをリボーンは熟知していながら再度訊ねる。 『ツナ?』 「わかっ、た…」 『イイ子だ。』 耳に当てた携帯の向こうから響く声はベッドの上でよく聞く声音と同じく、密やかにそして強引に淫らな世界へと誘っていった。 . |