春の日をふたりで大学へ通うことが決まった綱吉は、母に言われて気が付いた。 「近くの大学でよかったけど、そういえば服や靴はどうするの?」 「へ…?」 「だって、ツッ君てばうちではジャージじゃない。今まで制服があったけど、これからはないのよ?」 という訳で数万円を持たされ家から追い出された。 今まで母さんが買ってきてくれた服に袖を通すだけだったオレは、どこで何を買えばいいのかすら分からない。駅前のファーストフードでコーラを啜りながら考えて、オレだと埒が明かないことだけは分かった。 情けないけどダメ元でリボーンへと電話をする。今日は会う約束はしていなかったからムリだよな…と思いながらも約束もなく電話をすることが何だか面映い。 電子音を耳元で聞きながら、そういえばあれから会っていなかったのだと気が付いた。 また電話すると言って別れたきり、掛けることなく5日が過ぎた。 土曜の昼前ということもあり、かなり賑わっている店内から勢いで掛けた電話が付き合うことになってからの初めての電話だなんて間抜けだろうか? 5コール目を聞きながら、やっぱりムリかと切ろうとすると慌てた声が聞こえてきた。 「あ、久しぶり…?」 何と言っていいのかすら分からない。最初の勢いはなくなっていた。 『…そうだな。あんまり掛けて来ないから、てめぇの家に押し掛けてやろうと思ってたとこだぞ。』 「ご、ごめんっ!」 いい訳がましいけど、何度か電話をしようと思っていたのだ。 何を喋ろうかと考えて…考えても気の利いた話なんか浮かぶ訳もなく、ずるずると時間だけが過ぎていってしまっていた。 電話の向こうから深いため息が聞こえて、申し訳なさに小さくなる。 するとリボーンがそれで?と冷たい声で訊ねてきた。 「…用事ってほどでもないから、またな。」 しょんぼりと通話ボタンを切ろうとすると、電話の向こうから舌打ちが聞こえてきて身体が強張った。 怒らせたのだろう。 どうすればいいのか分からなくて、携帯を握ったまま黙っているとリボーンが再度問うてきた。 『で、今どこに居るんだ?』 「…駅前のファーストフード。」 『すぐ行く。』 「っ、でもオレの洋服選んで欲しいだけだし…」 『何だ、デートならそう言え。イイ子で待ってろよ。』 不機嫌そうだった声が一転、嬉しそうなそれに変わった。 携帯電話が高性能なためか妙に腰に響く声で囁かれてかぁと顔が熱くなる。 「だっ誰が!」 ファーストフードで一人、顔を赤くしながら話すオレってどう見えるんだろう? 片手で顔を隠しながら待ってると言うと、リボーンがらしくない早口で呟いてすぐに切れた。 携帯を握り締めたままテーブルに突っ伏して顔が見えないようにと腕で囲う。 「恥ずかしいヤツ…」 お前に会えりゃ何でもいい。 それはオレも同じだと、どうやって伝えよう。 電話を閉じ、温くなったコーラを抱えて待つ時間さえ愛おしいのだと。 それから本当にすぐ迎えにきたリボーンに連れられて色々な洋服屋で買い物を終えると辺りはすっかり暗くなってきていた。 着せ替え人形よろしく、あれもこれもと着せられては元の服に着替え、また着せられて…を幾度繰り返したのだろう。 荷物はリボーンが半分以上持ってくれているのに、オレもリボーンも両手一杯の荷物になっていた。でもまだ足りないらしい。リボーンに任せるよと言ったオレが浅はかだったのか。 疲れ切ったオレがもう勘弁してと呟くと、やっと帰る気になったようなのだが。 「…オレんちの方向じゃないけど?」 「ああ、うちだ。明日は日曜だし、両親はいねぇから気にせず泊まれるぞ。」 「ふ〜ん……ええぇぇえ?!泊まり?」 ちょっと待て。いきなり過ぎやしないか?オレにだって心の準備っつーもんが必要なんだけど! 顔に出てしまっていたらしく、それを見たリボーンがニヤリと笑う。 「期待してるとこ悪ぃがな、いきなり喰ったりはしねぇから安心しろ。」 「だだだ誰が期待なんか!」 「それとも泊まるのは怖いか?」 このヤロ!今鼻で笑いやがった!? 怖いことなんかあるもんか!とその手で携帯を掴むと母さんへ今日は友達のところに泊まることを伝える。粗相のないようにね、と念を押されておざなりに返事をしてからハッと我に返った。でもすでに遅い。 通話の切れた携帯片手にこっそり横を見ると、ニンマリご機嫌のリボーンがこちらを見ていた。 「えーっと…何にもしないよね?」 「嫌がることはな。」 それって嫌がらなかったらどこまでも進むってこと?それともまだしないっていうこと? どっちにも取れる言葉に不安は大きくなるけど、今更家に帰れない。 勢いで付き合ってと言ったつもりはない。いつかはするのかな…と漠然としていたことを目の前に突き付けられたようで、嫌じゃないけど不安だった。 付き合う前は何度か訪れたことのあるリボーンのマンションに連れられて、玄関扉の前でごくりと唾を飲み込んむとリボーンの後ろに続いて足を踏み入れた。 前に聞いたのだが、ご両親は海外に出張していて高校進学が決まっていたリボーンだけ残していったんだとか。確かに一人で何でもできるヤツだけど寂しくないのかと訊ねると別にと返されたっけ。 その時のちょっと寂しそうな横顔を思い出すと、やっぱり帰るとは言い難い。いや、言う気もないんだけどさ。 夕飯は外で済ませてきたので、一休みするかと居間のソファでお茶を出された。 互いの座る距離の微妙さに苦笑いして、ちょっとだけ詰めて座り直す。 それすらもどかしいと感じる自分はどうなってしまったのだろうか。 熱心にテレビを見るリボーンの手が触れそうなほど近くにある。頑張れ!と自分に言い聞かせて手に手を重ねると、握り返されてそのまま引っ張られた。 リボーンの上に覆い被さる格好になって、顔と顔が近くなった。逃げ出そうとしても両腕を取られて動けない。 ジッとこちらを見詰める顔は真剣で、いつもの余裕綽々のニヤリ笑いも見当たらない。 その顔が近付いてくるから、慌てて目を瞑ると力を抜いて触れてくるのを待つ。けれどいくら待っても触れてこない唇にそろりと目を開けると、ぼやけるほど近くにある顔がこちらを見詰めていた。 「何見てんだよ…」 恥ずかしさに視線を外すと、掴まれていた腕を開放された。 置き場のなくなった手を膝の上に置くとリボーンがポツリと呟いた。 「これ以上されるのが嫌なら、オレの部屋にいって鍵を掛けて寝ろ。」 突然放り出されたような心許なさに辛くなったけど、きっとそうじゃない。したいか、したくないかと訊ねられればまだ早いと思うけど、それは自分だけで決めることでもないだろう。 しかも理由が嫌とか怖いじゃなくて、ただ恥ずかしいだけならちょっと頑張ってみようか。 膝の上から手を上げて、ゆっくりとリボーンの頬を包むと驚きで目を瞠っているリボーンの顔に自分の顔を近付けていく。 2度目はオレからで、またしても触れるだけだったけど1度目と違って自分の意思で重ねた。 「ツナ…」 「行かない。オレもリボーンとなら何でもできるよ。」 3回目のキスはどちらからともなく重なっていった。 終わり |