はじめの一歩は体育館で 後「いつの間に…?」 居たなんて気付かなかった綱吉は慌てて零れた涙を袖で拭うと、壇上から降りてくるリボーンに道をあけた。それを見ていたリボーンは、くるりと背を向けてまた登っていって壇上の隅に腰を据えると来い来いと手招きしてきた。綱吉もそれに倣う。 綱吉とリボーンと。 2人しかいない体育館はガランとしていてつまらない筈なのに、どちらもその空間を睨んだきりしばらく口を噤んでいた。 10分ほど経った頃だろうか。リボーンが綱吉を振り向きもしないで、ポツリと聞いてきた。 「…大学、外部にしたのなんでだ?」 今更それを聞かれるとは思わなかった綱吉は、びっくりして隣のリボーンを見るがガンとして綱吉の方を向かないリボーンとは視線は交わらないままだ。 それでも聞いてくれたことにちょっと嬉しくなって、横顔を見ながら答えた。 「映画撮りたいって言ってただろ、でもせっかくの脚本も主演俳優も機材だけじゃ撮れないんだって…知ったから。勉強したかったんだ、もっと。」 エスカレーターで上がれる大学に行かないと決めたのは秋も過ぎてから。一浪だろうか二浪だろうがとにかく映画を学べるところに行きたくて、担任にも学年主任にも泣きつかれたけどうにか説き伏せて受けた大学の一つに合格していた。奇跡だと誰もが言ったほどだ。自分でもそう思う。 「面接んとき、撮ったやつ持ってったのか?」 「一応ね。」 苦笑いで答えた。面接官役の教師にこっぴどく叩かれたのだ、なっちゃいないと。 でも、それは自分でも気が付いたことで、それを他人に言われて確かに死にたくなるほど落ち込んだけど、なら足りない部分をこれから補っていけれるように考えればいいと…やっと最近思えるようになってきた。 「よく、あんなの見せて受かったなって思うよ。主演と脚本がよかったからかな?」 「違うぞ。見るヤツが見れば分かる。オレはお前の作る映画は好きだ。」 「ありがと…」 口の悪いリボーンの最大の誉め言葉にまた涙腺が緩んできた。綱吉はズズッと洟をすすると顔を隠すように膝を抱えた。 代わりにリボーンがゆっくりと綱吉を振り返る。 「オレは…別の大学を受けると聞かされて、置いてかれると思った。」 「へ?何で?」 「オレにも相談しねぇで勝手に決めて、勝手に落ちろって思ってたな。」 「ヒデェ!」 思わず顔を上げると、情けない顔をしたリボーンがいた。 「二浪して待ってろって、願ってた。」 「リボー…」 まさかそんなことを思われていたなんて、ちっとも気が付かなかった。 いつも余裕綽々といった様子で、最近はからかってもちっとも動揺しなくなってつまらないと思っていたくらいだ。 驚いて目を瞠っていると、その視線の先のリボーンが悔しそうに唇を噛んでいた。 「どうしてオレはツナより年下なんだって、何でお前はそんな中学生みたいな面して2つも年上なんだって…ずっと思ってた。」 初めて聞かされたリボーンの葛藤に触れて、色々なわだかまりがちょっとづつ解けていくようだ。 リボーンに好きだと迫られてもかわしてきたのは年上としての矜持だとか、男としての沽券だとか。そういった部分がすぐに消えてなくなる訳ではないけれど、もう少し歩み寄ってみてもいいんじゃないのかとそう思った。 いつも本気で向かい合ってくるリボーンに、今日こそは本気で向かい合おう。 壇上からピョンと飛び降りると、リボーンの前にまわって大きく2回深呼吸してから、言った。 「沢田綱吉です。特技は…えーと、逃げ足の早さ?君より2つ年上だけど付き合って貰えますか?」 「っ!」 一瞬動きが止まったと思ったら、いきなり目の前が暗くなった。びっくりする間もなくリボーンに抱きすくめられて、顔を胸に押し付けられた。鼻や頬にボタンや生地が擦れて痛かったけど、それよりも強い背中を攫う腕の力に心臓が高鳴った。 「…付き合ってやる。お前みたいなダメツナはオレくらいしか相手はいねぇだろ。」 「ん…」 そっとリボーンの背中に手を回すと、益々強く抱き締められて心臓が飛び出ちゃいそうになった。でもそれは嫌なドキドキじゃなくて、嬉しくて跳ね回る心臓って感じだ。リボーンの手がそっと頬に添えられて、何をする気なんだろうかとぼうっとしていると段々顔が近付いてきた。 恥ずかしさに瞼を閉じると、唇の先に吐息を感じて、もう少しでくっ付くところで横から空咳が聞こえてきた。 「お取り込み中すいませんけど、そろそろここ締めさせて下さいよ。」 鍵を手にしたスカルが、こちらを見ないように背中を向けながら声を掛けてきた。 慌ててリボーンから飛び退く。 リボーンはと言えば、小さい舌打ちのあとオレの手を握るとわざわざスカルの横を通って体育館を後にした。 「ごめんなー!また電話する!」 とんでもないところを見せられてしまったスカルの顔は見れなかったけど、スカルは遠くから手を振ってくれた。 オレも手を振ろうとすると、その手すらリボーンに取られてしまう。 「よそ見するんじゃねぇ。」 「ふーん、焼きもち?」 両手を捕られた格好のせいで、顔が近いリボーンを下から覗き込んでやると不貞腐れた表情でこちらを睨んでいた。 「可愛いよ。」 と言ってやったら、いきなり口を塞がれた。 ぼわっと顔が赤くなる。 「フン、それくらいで赤くなるヤツに可愛いなんて言われたくねぇな。」 「…初めてだったのに…!」 詰ってるのに何でニヤけるんだ、このバカ! はじめて尽くしの春はまだこれから。 終わり |