リボツナ3 | ナノ



1.




「おめでとう、山本。」

同期入社の出世頭の山本とは平社員と係長という開きはあれど、学生時代からの友人関係は相も変わらず続いている。
その友人がめでたく昇進するのだ。
祝いの言葉を紡ぐオレに、何故か山本は苦い顔をする。

「ありがとう…つーのかな。なぁ、ツナ。お前はどうして上へいかないんだ?」

「どうしてもこうしてもないよ。オレはダメツナだよ。上も見る目があるってことだろ?」

そう、ダメツナ。何をやっても失敗ばかり、事務仕事も計算ミスをするようなボンクラを会社が昇進させる訳がない。それでいいんだ。

ニコリと笑うと山本は益々苦い顔になる。
本当に困ったな。




7時を過ぎた会社の企画会議室。外は真っ暗で、会議室の向こうの廊下からは足音も聞こえない。
就業はとっくに過ぎていて、オレたちもそろそろ帰ろうかと二課の同僚と話をしていたところへ山本に話があるんだとここへ連れて来られた。
元々あまり人気のない会議室は、今はブラインドから漏れる月明かりだけがこの部屋を照らし出していた。

机に軽く腰掛けて前に立つ山本を眺める。
中学からの親友で、いつでもオレの傍にいてくれた。
アイツがいなくなってからも、ずっと。

「イタリアへはいつまでに行くんだって?」

「今月中に、だってさ。」

「随分急だね。」

「…ああ。」

言い辛そうに視線を泳がせていたが、一つ息を吐くとオレに向き直る。

「まだ忘れらんない?」

「っ…!」

突然の問いかけに、顔を作ることもできず言葉を詰まらせた。
今更だとか、何を馬鹿なとか。そんなことさえ言えない。
もう4年も経っているのに。

一つ大きく頭を振ると、じっとこちらを見詰める山本に向き直る。
机に腰掛けるオレと、立っている山本とではどうしても上を仰ぐようになり、腰の横に両手を付かれると結果逃げ出せなくなった。
顔と顔が触れそうなほど近付いて、互いの匂いさえ交わる。
ふと思い出した匂いとは違うそれに、身体が竦んだ。
まだ覚えている匂いと暖かさ。

「ツナ…。」

頬を伝う息に、名前を呼ばれる声色に、親友の隠していた色を見つけて泣きたくなる。
いまだ忘れられない往生際の悪い自分にも、そんな自分をずっと見ていてくれた山本にも。
頬に掛かる息が、唇へと向かう。
受け入れることも出来ず、拒絶することもできない行為は初めてじゃない。

忘れなくてもいいからと言われて、甘えてばかりのこの関係は酷く脆い。
付き合っている訳ではなく、友情だけでもない。
どっちつかずで身動きが取れなくなっている。

唇に掛かる吐息に身体を強張らせていると、ぎゅっと瞑っていた瞼に柔らかい感触が落ちてきた。
そっと離れるそれにゆるゆると瞼を上げる。

「ごめんな。無理強いはしないって。」

ニカっと笑う顔はいつもの親友のそれに戻っている。そんな風に気遣われる方が余計に辛い。
意を決してそっと手を山本の肩に掛けると広い肩が揺れる。まだ近くにある顔にゆっくりと自分の顔を近付けていく。
忘れてしまおうと思ったけど、忘れられなかった。苦しかった4年間をすべて見て尚そのままでいいと言ってくれている男に、いっそ委ねてしまいたいと思った。
それも出来ず、グズグズしているオレにまだ友人という仮面を付けて待っていてくれるなんて。

近付いていく唇があと少しで重なるところで、またオレは躊躇する。
忘れられないままで付き合うことの罪悪感に、自分も山本も耐えられるのかと。
思い出すのは白く長い指。皮肉気に片方の口端だけ上げて笑う顔。
意地悪で強引で、そして嘘吐きだった。
どうせ嘘吐きなら最後まで吐き通せはよかったのに。

ぽろりと零れた涙は山本の紺のスーツに染みを作った。
やはり重ねられない唇を横に逸らして逃げようとすると、後頭部を鷲掴みにされて紺のスーツの胸元へと抱き込まれた。
記憶の中の男と違う匂いと腕の強さに零れる涙が止められなくなる。
唇を噛んで嗚咽を堪えていると、山本の背中から声が掛かった。

忘れたくても忘れられなかった、あの声が。


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