掃除用具入れから脱出を高校3年ともなれば普通は進学だの就職だのと人生の転機ともいえる時期に差しかかったりする訳だが、綱吉の通う高校は中高大のエスカレーター式を導入しているために、赤点さえ取らなければどうにかなる生徒に優しい学校だった。 それでも外部受験を控えている友人やら、プロ野球へと進む親友やらを見るにつけ、オレだけこんな呑気にしていていいのかな、なんて思っていた。 夢はある。 最初は映画を観ることが大好きだった。だけどいつの間にか撮る側への興味に変わっていった。 カメラ片手に最初は犬猫を題材にして撮っていたのだが、次第にもっと物語のあるものを撮りたくなってきていた。そんな折に知り合ったのがスカルだった。 資料集めや高くて手が出ない写真集などを借りに図書館へと足を運んでいる際によくかち合う青年がいるな…程度だったのだが、借りたかった本がたまたまかち合ってしまって困っていると快く譲ってくれたことがきっかけで話すようになった。 聞けば同じ高校の2学年下だと判明して2度びっくりしたものだ。 そして3度めのびっくりは彼の知り合いだったこと。 彼を初めて見たときのインパクトはすごいもので、それ以来彼を使って物語りを撮りたいという欲求に駆られた。 そう最初に彼を見付けたのは入学式の始まる5分前。 どの新入生もその父兄も既に集まっているのは当たり前の時間になって、ようよう現れた。 その日、オレは頼まれたら断れない性格のために、入学式の手伝いに借り出されていた。新入生に花をつけるとうい不器用なオレにはまったくもって役立たずになること請け合いの配置だったのだが、大抵は花を渡すと自分で付けていくのでようは花を渡すだけの係だったのだが。 葉桜になってしまった桜がそれでもわずかに残った花びらを散らしていく。風もなく、花びらの絨毯が広がる校門を一人ゆうゆうと歩いてくる人影が見えた。 制服の真新しさから新入生だろうと声を掛けようとして、同じ係の女の子の声にかぶってその時のオレの声は届かなかった。 モデルのような長い手足にすらりと均整のとれた肢体。どちらかと言えばきつそうに見える切れ長の瞳は日本人より黒く深い色で、おもわずぽかんと彼がその場を立ち去るまで眺めていたほどのインパクトがあった。 華があるというのだろうか。 その後、聞くとはなしに流れ漏れてくる噂によるとイタリアからの留学生だとか、両親はいないだとか、頭がずば抜けてよくて実は数学博士の称号も持っているのだとか…話題に事欠かない人物であるようだった。 でもオレにとってはそんなことはどうでもいい。 日に日に彼を主人公にして撮りたいという欲求が膨らみ、どうしたらいいのだろうかとスカルにまで相談したほどだ。 「それが何でこんなことになっちゃったんだろうね…」 ぼやいてみても誰も返事をしてはくれない。 いや、誰かに返事を返されてもそれは困るのだが。 掃除用具入れにこっそり隠れて、リボーンの熱烈なファンの子たちをやり過ごすとこ早10数回。リボーンと知り合ってまだ3日目なのに、である。 一体いくつのファンクラブがあるのやら。 いや困ったな…なんて掃除用具と共におさまっていると、ガチャリと扉が開いた。 「……今日はまたとんでもねぇところに隠れているもんだな。」 「仕方ないだろ。美術準備室とか屋上とかしらみつぶしに探してくんだ、あの子たち。もうここしか逃げ場がないんだってば!」 扉を開けたのは彼ことリボーンで、こいつが隣に居ればファンの子たちはオレに手出しができない。大好きな人にみっともない姿は見られたくないのだろう。っていうか、オレ何で追い回されているんだ。 付き合っていると誤解されていたから、翌日にはしっかり否定したのに。どうして信用されないのだろうかと小首を傾げていると、リボーンはオレの手を取ってゆっくり引っ張り出してくれた。 向かい合わせで並ぶと20センチ近く違う。これでオレより年下なんて信じられないよな、とじっと眺める。 その間も手は握られたまま。 うん、きっとこれが悪いんだ。 「リボーン、手を離して。」 「嫌だぞ。オレはずっと握っていたい。もっと言えばツナのその唇に触れてみたい。」 ふむ、と考えてから握られていない方のリボーンの手を取るとそのままオレの唇に指を押し付けてみた。 ふにふにと唇で指に触れるとリボーンが彫刻になってしまったかのように固まってしまった。 「リボーン?どうしたんだよ?……おーい、触りたいんだろ?触ってもいいよ。」 喋る度に指に唇が触れて、その度にリボーンの視線はそこへと注がれるのに固まったままでいる。掴まれた方の手をリボーンの顔へと持っていくとリボーンの手ごと頬を叩いてみた。 「な…ツナ…」 「ん?何?どうした?」 やっと意識を取り戻したリボーンが、真剣な顔で近付いてくる。 うーん、やっぱり色男って違うね。眉間の皺が浮かぶ表情すら渋いよ、なんて思っていたら。 「きゃー!!リボーン君に何するのよ!」 女の子たちの絶叫がリボーンの背中越しに響く。 っていうか、オレ何にもしてないけど。 一瞬だったけど、ちらりと見えたリボーンの顔が殺気立っていた。 舌打ちどころじゃない迫力に女の子たちは氷付いたように動けない。 「…見りゃわかんだろ?イイところを邪魔するんじゃねぇ…」 女の子たちは生きた氷像のままコクコクと首だけ縦に振ると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。 その背中にも一言。 「ツナはトクベツだ。また追いかけ回したり、吊し上げたりしやがったら女でも容赦しねぇぞ。他のヤツらにも伝えとけ。」 リボーンの声が聞こえたのかは定かではないが、まだ逃げて行った方を睨んでいる頭にチョップを入れた。 「…何しやがる。」 「それはこっちの台詞だろ?女の子には優しいんじゃなかったの?」 腰に手をやって怒っているぞとポーズをとれば、肩を竦めて苦笑いした。 「ツナが好きだ。」 「…うん、オレも。」 言い返してやれば、ハーッと深いため息を吐いて首を横に振った。 「分かってねぇ…」 「失礼だな!分かってるって!」 「もういい。…とりあえず、もう掃除用具入れに隠れることはなくなるだろうよ。」 「それは嬉しいや。」 えへっと笑うとリボーンも嬉しそうな顔になる。 いつの間にか外れていた手が躊躇うようにオレの手を握ろうとするから、握り返してやった。その手に徐々に力が篭ってきた。 「…ツナ、さっきは唇を触らせてくれたが、それ以上触りたいって言ったらどうする?」 恐る恐るといった調子で訊ねるリボーンが可笑しくて、握った手を引き寄せて胸に手を当てさせると顔を見て言ってやった。 「どこでも好きなように触れば?」 ブッ!と凄い音がしたと思えば、鼻に当てた手の隙間から血が流れてきた。 「ちょ…!大丈夫?!」 「おま…性質悪ぃ。」 顔を真っ赤にして鼻をハンカチで押えるリボーンに、膝枕してやるよと言ったらすごいスピードで逃げて行ってしまった。 「…意外と純情なのかな?」 本当は分かっていた。 あれだけ毎日好きだの愛してるだの言われて気付かないヤツは居ないんじゃないだろうか。 だから答えてやったのに、分かってないだなんて失礼だ。 だからもう少し分かっていないフリをしていようと思う。 さてリボーンが気付くのはいつだろうか。 . |