策士は策に溺れたのか信じられない。 こうならないようにあの手この手で邪魔してきたのにこの有様。 と言うか。 サイアクだ。 昼休みを境に並盛高校内を駆け巡った噂は、放課後には全校生徒のおよそ7割が知る事態となった。 その7割に入らなかったスカルは、翌朝目にした光景に我が目を疑った。 残念ならが何度見ても変わらないその光景に、自分の視力をまず疑い、それから白昼夢でも見ているのだろうかと精神を疑った。 それも前を歩く二学年上の先輩の掛け声によって脆くも崩れ去る。 「あ、スカル!おはよー!」 見慣れたミルクチョコレート色の柔らかそうな髪が朝の光に揺れた。振り返った顔はいつも通りの優しい笑顔で、隣にいる人物さえいなければすぐに隣に駆け寄っていくのに。 …そもそもあの人がこの時間に登校すること自体稀だ。何でいる。 「よお、パシリ。」 「……おはようございます。ツナさん、先輩。」 ツナさんと一緒に振り返った顔は、隣のクラスのリボーン先輩だ。何で同級生なのに先輩なのかって?それは昔からこの人ともう一人の金髪の先輩の2人にパシリ扱いされてきたからだ。理不尽な仕打ちの数々に身も心も飼い慣らされていた。もう癖としか言いようが無い。すごく不本意ながら。 そんなオレの葛藤など気付いていないツナさんは、リボーン先輩の隣をするりと抜けるとオレの方まで近寄ってきて満面の笑みでこの異常な事態になった事情を説明してくれた。 「昨日スカルに言われた通り、手紙出したんだ。そうしたら丁度保健室でリボーンと会ってさ。付き合ってくれるって言うからお願いしたんだ。本当にありがとう!」 「ツナさん、映画にっていう一言を忘れています…!」 慌てて訂正すると、あははっ…と乾いた笑いで答えてくれた。 「もう遅いみたい。気が付いたら全校中に勘違いされちゃってて…さっきリボーンのファンの子たちに吊し上げられそうになって本人に助けられたところ。」 ツナさんは後ろにいるリボーン先輩を振り返るとごめんなーと謝っている。だけどリボーン先輩はニヤリと笑っているだけだ。 「…先輩は何て言ったんですか?」 「それがさー言わないんだよ、こいつ。その内納まるだろうって。」 眉毛をハの字にして困った顔すら可愛らしい…じゃなかった、先輩のその笑顔には裏があることをオレは知っている。 大体男とつるむなんて絶対にしない先輩が、朝からツナさんの登校に合わせて一緒に歩いていることがそもそもおかしい。 嫌な予感は往々にして当たるものだが、今回ばかりは当たって欲しくはなかった。 「パシリ、てめぇツナと知り合いだったんだな…?」 「…」 知り合いだとバレたくなかったからこそ、以前ツナさんだと思われるドジっ子な上級生のことに口を割らなかったというのに。 ツナさんへもリボーン先輩の知り合いだと知られたくなくて黙っていたくらいだ。 何故かなんて愚問だろう。 男に興味なんて持つわけがない先輩が最初っから興味津々で、尚且つこのツナさんの容貌だ。気に入るだろうと予測がついたからこそ、ツナさんに手紙を出すことを提案したのだ。 男の名前の入ったラブレターもどきを下駄箱に入れておけば、その名前の人物には気持ち悪がって近寄らないだろうと踏んだから。 ああ、一体どこで計算を間違えたんだ。 「そういえば、保健室へはどうして?」 「体育の時間にまたこけて派手に擦り剥いたから…」 制服の袖を捲くると白くてほっそりとした腕が現れる。肘には包帯が巻かれていて痛々しい。 産毛すらない腕から視線を外せないまま、なるほどと納得した。 リボーン先輩はツナさんと思われる上級生の体育の時間をいつも気にしていた。そこへ保健室へと足を運ぶツナさんを見つけ、つまらない授業を放棄して覗きに行ったのだろう。 悪戯が過ぎる神様を今ほど恨めしく思ったことはない。 いつの間にかツナさんの横へ移動してきていたリボーン先輩は、晒されていた腕をいかにもオレの目に触れさせたことにすら忌々しいといいたげに庇うとすぐに袖を下げた。 「パシリはほっといて行くぞ、ツナ。」 「へ?お前ら一緒の学年だろ、3人で行こうよ。」 ツナさんが言えばチッと短い舌打ちの後、ジロリとこちらを睨んできた。 リボーン先輩は怖いけど、だからといってツナさんを置いて逃げる訳にはいかない。 こっちは5月からずっと想い続けているのだ。 「スカルのお陰だよ、ありがとう。」 リボーン先輩とツナさんの頭上で視線の戦いを繰り広げていれば、唐突にツナさんにお礼を言われてしまった。 「な…何がですか?」 「んー、色々?スカルがいい脚本書いてくれたからオレ映画を撮ろうっていう気になったし。…リボーンと出会えたのもスカルのお陰だし…」 「違うぞ、ツナ。オレとお前が出会ったのは運命だ。」 ツナさんの手を握ると、今まで見たこともないような面持ちで迫っている。って、ツナさんがリボーン先輩の毒牙に! 「気障だなー、さすが本場モンは違うや。でもそれはオレに言う言葉じゃないから。」 …見事にスカされていた。 すごい。ここまで分かりやすく迫られてスルーしている光景を初めて見た。 リボーン先輩はといえば、肩透かしに合ったのに切れることなく再び手を握るとまだ口説いていた。 オレたちの前後には並高生が徐々に増えてきている。 それを気にした様子もなくツナさんに迫るリボーン先輩と、意味を理解していないツナさんと。 これでどんな噂が広まるのやら。 横を見ればツナさんが落ちる日なんて永遠にこなそうだ。 ざまあ見ろと言いたいところだが、これではオレも同じ目に合うのだろうか。 . |