5.このボンクラボスの企みには顔を合わせた時点で気付いていた。勿論内容は分からないが、何かを企んでいることは確かだ。 まあこいつとてオレの顔を見て、ボンゴレがどう動いているのかを悟ったのだろう。 他人を使うことを覚えたせいで、10年前に比べると随分ずる賢くなったと思う。だがそれでいいと理性では納得している。 納得していないのはそれ以外の部分だ。 戦いたくないというボスとしての姿勢は曲げていなくとも、戦わざるを得ない場合というヤツは確かにある。 今回はどうやら後者らしいと目を見て理解はしたが、どう決着をつけるつもりなのかだけは見届けたい。 ツナを悪戯の過ぎたガキどもの前に押し出してやれば、細い背中はわずかな緊張を伝えてきたがそれは微々たるものだった。 問いかけた癖にツナの口を塞いだままだったことに気付いたガキが、それを解こうとしてこちらに顔を向けてオレの自由になった手足に気付いた。 「お、お前!いつの間に!」 肩を竦めることで答えを濁すと、ガキの顔に焦りの色が見える。こちらの正体を正しく理解したのだろう、恐怖で手さえ伸ばせないでいた。 誘拐までやってのけた癖にしょうがねぇ意気地なしどもだなと鼻を鳴らす。仕方ないと後ろからツナの口を塞いでいた布を外してやれば、茶色い髪が呼吸を深くしながら跳ねた。 「はぁ……やっと口で空気が吸えた」 緊張感の欠片もない声が漏れ聞こえ、それを耳にしたガキどもがやっとこいつの異常なほどの場馴れ具合に気付いて目を瞠る。 ガキどもの注視にも顔色一つ変えないツナは、ぐるりと首を回して一人ひとりの顔を眺めると気楽に口を開いた。 「バレされちゃったからこれも解くよ。……ふう、肩が痛かったんだよな」 そう言うとあっけなく手足を縛り上げていた縄を解いていく。楽になったと首を左右に振りながら肩を回して、ツナはガキどもへと視線を向けた。 「年齢的には君たちのお兄さんぐらいかな。後ろのヤツは気にしなくていいから」 生意気な口をきく元教え子の背中を靴の先で蹴り上げると、眉を寄せた顔がチラリとこちらを振り向いてすぐに元に戻る。 その横顔に目を眇めた。 「さて、ここからが本題だ。君たちの『取引』に同道させて貰うよ」 言った途端、ガキどもの誰もが顔を強張らせて硬い息を飲んだ。 どうやらツナの目的はソレだったらしい。さすがに逃げられなかったという訳ではないようで内心で安堵の息を漏らす。 そんなオレの顔と、ツナの有無を言わせぬ口調にたじろいだガキどもの中から一人、やっと口を開いた。 「金は返す……あんたも、降りてくれ」 「ムリだよ」 即座に返したツナの言葉に諦めにも似た表情を浮かべて唇を噛み締めたガキは、迷うように視線を左右に揺らして手元の携帯電話を握りしめる。 運転をしているガキの一人がもうすぐ目的地に着くとこちらに告げて、目に見えるほどガキどもは動揺した。 脂汗を垂らすガキの一人は、オレに視線を寄越すと肩を落として項垂れて泣き声のような小声で告げる。 「……分かった」 それがガキどもの抵抗をへし折った瞬間だった。 重い沈黙が広がった車内からガキの一人が降りていく。 アタッシュケースからボストンバッグへと中身を移動したそれを抱えたガキは、不安げに車内へと目を向ける。 それを見たこいつらのリーダーらしきガキは無言のまま顎を上げて先へと促した。 それに小さく頷いてから指定されていたのか、迷いのない足取りで教会のドアを押し開け吸い込まれていく。 なるほど、ここならばマフィアもガキも不自然でなく同席できる。しかし神の前でよくも汚い金のやり取りなんぞ出来るもんだと唇を歪めていると、隣でそれを見ていたツナが顔を上げてシートから立ちあがった。 まだ早いと諫めるために伸ばした手は、厳しく顰められた眉を見て元に戻っていく。それから引っ込めた手を拳の形に作り直して茶色い頭の上に迷いなく振り降ろした。 ツナの空っぽな頭に鈍い音を響かせると、声も漏らせないらしいツナは眦に涙を浮かべながらこちらを振り返る。 「なにするんだよ!」 ヒソヒソとがなり声を上げるツナにニヤリと眉を上げたまま笑い掛けた。するとツナは顎を引いてこちらから距離を置くように横にずれる。 身体半分ほど遠ざかったツナに身体を寄せると、また逃げを打ったツナは車のピラーに行方を阻まれて焦り顔を見せた。 そんなやり取りの間にも視界の先ではひとつの動きが生じている。 教会のステンドグラスで飾られた扉の向こうから悲鳴が聞こえ、人を押し退けるように我先にと扉の外へと数人が飛び出してきた。 その中に先ほど入っていったガキは見当たらない。 視線を寄越したツナに頷くと、ドアに手を掛けて騒動の渦中へと足を踏み出す。 自分とツナと、それから仲間を心配してかガキどもも車から降りて教会の中を覗き込もうと窓へと飛び付いた。 ツナはといえば、自らの童顔を自覚してか周囲を気にすることなく出入り口へと向かっていく。 手ぶらでひょいひょいと歩いていくツナに、懐の拳銃を渡そうとして手を止めた。 相手はならず者だ。武器を持たない一般人ならいざ知らず、同業者に遅れを取るほど落ちぶれてはいないだろう。 自分で撒いたタネは自分で刈り取らせるつもりで人質になったのだが、事態は思わぬ方向へと転がってきていた。 マフィア相手ならオレが出る必要もない。 そう頷いたオレは懐から手を抜くとガキどものお守を請け負うために仲間の様子を覗くべく窓にしがみ付いている背中を尻目に横へと凭れかかった。 教会の中からは神父の声が聞こえてくる。 どうやら本当にここの神父はマフィアとガキどもの知り合いではないらしい。 神への冒涜だと憤る神父の叫びに肩を竦めていれば、それを黙らせるためにか銃声が響いた。 こんな場所で発砲していれば、すぐに警察がやってくるというのにどれだけ先が読めないマフィアなのか。 ボンゴレのシマを荒らす阿呆どもだから仕方ねぇのかと窓の奥を覗き込んで目を瞠る。 「ててて、手を上げろ!!みんな出て行けって!そうしなきゃ撃つぞ!!」 よく見知っている拳銃がカタカタと情けない音を立てながら厳つい男の背中に突き立てられている。 ああ、あのダメツナはオレがくれてやった護身用の拳銃を嫌々ながらも持ち歩いていやがったのかと思考が逃避しかけた。 そうじゃねぇ。 つまりは持ち歩いていた拳銃をガキどもに取り上げられ、それを使われたという訳だ。 ガキどもも聞いていなかったのか、窓の外から困惑と非難の声が漏れている。リーダー格のガキは止めようと思ったのか、今は開け放たれた扉へ向かおうと足を踏み出した。 その足元に拳銃を撃ち込む。 サイレンサーを装備した銃声は抜けた音がするも、騒ぎ立てている教会の中では聞こえなかったのか、こちらに気付く様子はない。 しかしガキの靴先には硝煙のにおいと煙が立ち上り、それを見ていたガキの誰もがその場所へと縫い止められた。 「悪ぃな、ガキども。ここから先はマフィアの領分だ」 邪魔をされないようにと一瞥したオレの視線を受けてガキの一人が泣きはじめる。 助けてという声に、ツナはなんと答えるだろうか。 教会の中へと踏み出したツナの茶色い髪が視界の端で動き出した。 2012.11.29 |