4.アイマスクを掛けられて腕を引かれながら少し歩くと、エンジン音が聞こえてきた。 オレとオレの腕を引いている子ども以外にも、3つの足音がある。それを確認しながらわざとよろけたり、転んでいると子どもたちが慌てたように左右からオレの腕を掴んで立たせた。 移動させられるんだろうと思っていれば、無理矢理歩かされた先にある車の後部座席に転がされる。 「大人しくしてろよ!」 言うと子どもたちはオレを後部座席の足元に押し込めてから、その前の座席に座り込んでいく。 オレはといえばまた口を布で縛られているから声なんて出る筈もなかった。 こういったことに不慣れなのだろう、オレの安否を気にしてなのか逃げ出さないための確認なのか幾度も振り返る気配がある。 それに気付かぬふりをして頭を動かさずにいれば、安堵したように息を吐いて顔を前へと向けた。 さて、と今の状況を考える。 どうやら先ほどのオレの哀願を『父親と姉』なる人物へ渡したらしい。その場で聞かせたのか向かってすぐに戻ってきた子どもが、興奮気味にリーダー格の少年にそのことを伝えていた。 オレが聞いていることにも気が回らず、次の行動を練る子どもたちは時間に押されてかすぐに行動を起こしていく。 マフィア相手ならばオレの指示がなくとも即断できても、この懸案は時間がかかるだろうと予想していたのにこれだ。 今アジトに居ると思われる顔を思い浮かべてピンときた。こういった作戦を立てる人物に一人だけ心当たりがある。 あいつだよなぁと声を漏らさずにため息を吐くと、思い浮かべた顔がニヤリと楽しそうに笑った。 そうリボーンだ。 獄寺くんならまずはオレの身の安全を最優先する作戦を立てる。敵の目的が分からないのに話を進める筈もない。 山本という線も考えたが、山本ならば一人で切り込んでくるだろうことは分かっているからそれも違う。 クロームはといえば骸の指示を仰ぐから、自分の意にそぐわないと計算が崩壊してしまう獄寺くんと相性が悪い。こちらも同じく時間がかかるだろう。 そこまでいけば、後は消去法というかこんな無謀にも思える策を実行に移せるだけの人物などあいつしかいないから言わずとも知れる。 オレの『父親』役を偽装した時点でリボーンしかいないのだが、どうしてあいつの変装を誰もおかしいと思わないのだろうか。 ともかく、リボーンが指揮を取っているのならばオレは寝ていればいいという訳ではなさそうだ。 今日はどんな無茶を振られるのか、それだけは心配だともう一度呼吸のついでに肩を揺らすとため息を漏らした。 ブレーキによる重力加速のためにオレの身体は一度床へと沈みこむ。その乱暴な運転から解放されたことを知ってホッと肩の力が抜けた。 運転免許証があるのか疑いたくなるようなハンドル捌きだったが、何かを轢いた振動もなくここまでこれたことに心の中で神に感謝した。 まあ居るか居ないかは別として、だ。 バタン、バタンと車のドアを開ける音と人の降りる重みに軋む車体を感じて、外に出た人数を確認する。 オレの前の席に座っていた3人は2人がかりでオレを引き摺り起すと車の外へと連れ出した。それを見ていたリーダー格の少年がオレを振り返りながらオレの腕を引いている少年へと声を掛けた。 「そろそろ時間だ。このガキの面、拝ませてやれ」 頷いた気配がして、横から手が伸びてくる。これで少しは情報が手に入ると、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。 「寝惚けてないで、ちゃんとパパにお願いしろよ」 言われて顔を上げた視界の先には、やはりというか当然ながらリボーンが居た。 その隣には幻覚の気配を纏った京子ちゃんが居てギョッとする。多分というか絶対クロームだろうが、それでも見た目が京子ちゃんであるというだけで身が引き締まった。 リボーンに目配せをするも、こちらを見もしないリボーンは手にしていたアタッシュケースをおずおずと差し出した。 待って、と言えない代わりに心で思う。 読心術で読んでいる筈だと強く思っているのに、リボーンは動きを止めない。 ダメだ。このままでは金だけ取られて後ろにいるマフィアの足取りが掴めなくなる。 慌てて掴まれていた腕を振り切ると、リボーン目掛けて体当たりをした。 ガツンと音を立てて地面に落ちたアタッシュケースを蹴り上げると、後ろから子どもたちに押さえ付けられて膝をついた。 揉みくちゃに頭や背中を押されながら、それでも顔を上げて確かめる。すると、地面に落ちたアタッシュケースを拾い上げたリボーンが両手で抱え直すとリーダー格の少年に詰め寄った。 「お願いです!息子を、ツナを返して下さい!お金ならあります!人質が欲しいなら私が息子の代わりになりましょう」 傍から見れば痛めつけられている息子を心配している父親に見えるだろう。けれど相手はリボーンだ。 こちらの意図に気付いたのか、それとも別の意図があるのかすら分からずに変装中のリボーン顔を下から見上げる。 寄越せ!と乱暴にリボーンの腕から取り上げたアタッシュケースを腕に抱えた少年は、仲間に合図を送るとリボーンの背後から忍び寄る。 気付いていて当然の筈なのにリボーンは無視を決め込んでオレに手を伸ばす。そこに鉄パイプを振り降ろされて頭上に叩き込まれた。 ドサリと地面に倒れ込んだリボーンを見てヒヤリと肝が冷える。慌てて幻覚で京子ちゃんになっているクロームに視線をやると、ボンゴレのお抱え運転手が手を引いて走り去るところだった。 「人質が一人増えちまったな!姉ちゃん、また会おうな!」 リーダー格の少年がそう叫べば、囃したてるようにオレとリボーンを取り囲んでいる子どもたちも声を上げた。 「警察にちくりやがったら、こいつらの命は無くなると思えよ!」 そうだ、そうだ!と興奮している子どもたちの合間を縫ってどうにか顔だけリボーンへと向ける。 当たる瞬間に打点をずらした殴打によって額から血は流れているものの呼吸は乱れがない。顔色も大丈夫そうだ。この調子なら、しばらくすれば意識は戻るだろう。 それにしても無茶苦茶をする。 こちらの意図を分かって敢えて一緒に捕らわれたということだろうか。 別にこいつじゃなくてもいいのにと思えど、ならばクロームにこんな役目を与えたら骸が煩い。 というより、なんでこいつがわざわざ捕まる必要がある。 人質はオレだけ、それも続行して2度目3度目の接触を持てばいいだけなのに。まさかオレが本気で捕まっていると思われたのか。 そんなことはないと自分で自分の疑念を一蹴する。 オレのヘマを認めればリボーンは自分の教育理念(という名の躾)を根底から覆されるのだからそれはない。だとすれば、やはりわざとリボーンは捕まったのだ。 クロームを見送った子どもたちが金の確認をしてから、こちらに顔を向けてきた。 一度金の虜になってしまえば、自制を利かせることが難しい彼らでは後は坂道を転がるより容易く欲にまみれていく。 案の定、手にしたことのない大金を前に理性を失いつつある子どもたちは虚ろな笑いを浮かべながら次の接触でいくらせびるのかを話はじめていた。 お仕置きが必要なのかもしれない。 この子どもたちだけではなく、裏で糸を引く者たちも。 意識を失ったままのリボーンを2人がかりで引き起こしながら、転がっているオレを立たせるとまた車の中へと押し込めた。 「おい、お前一体どこの金持ちなんだよ!こんな短時間でこれだけの金額を用意出来るってことは、そこにいるパパはよっぽどの資産家なんだろ?」 いいよなあ!と声を掛けられても無言で俯いていれば、横から小突かれてリボーンの上へと転がった。 口を塞がれていては何も言えない。答える気もない。 オレと同じく後ろ手に手首と肘を戒められているリボーンだったが、こちらは口元の自由がある。 意識を取り戻した際にやり取りをする気なのだろう。 車の後部座席の足元に転がされていたリボーンは、オレの加重による衝撃で意識を取り戻した。 クッと息を詰める呼吸が聞こえ、それを悟られないようにリボーンの顔の上に覆いかぶさると視界の影で黒い睫毛が揺れる。 重みのせいですぐにオレに気付いたリボーンがジロリと黒い瞳をこちらに向けた。 大丈夫なのかと視線で問うと、薄い唇が笑みを浮かべる。余裕なのだろう。 派手な作戦が好きな元家庭教師に眉を寄せることで異議を唱えていれば、リボーンの意識が覚醒したことに気付いた子どもの一人がオレを押し退けた。 「ガキの父親が目を覚ましたぞ!」 慌てたようにそう声を掛けられて、リボーンは含み笑いを堪えようとして噴き出す。 「くくっ!おしめの取れてねぇガキにガキ呼ばわりされる気分はどんなもんだ、ツナ。いや、ボス……」 「ボス?」 聞き慣れない言葉に子どもたちは目配せをしてこちらを探るように見詰めている。 リボーンはといえば、先ほどまでの大人しい中年男といった雰囲気を消して普段通りのヒットマンとしての気配を濃くしていた。 感じたことのない違和感に子どもたちは狼狽え、誰かの言葉を待っている。 そこにやっとリーダー格の少年が口を開いた。 「ボ、ボスって何だ!」 どこかに移動するのだろう、動き始めた車が地面の振動を内部に伝えてくる。 目的のある動きが、これから何かがあることを知らせていた。 獄寺くんはこのリボーンの行動も見ているのだろうし、山本も控えていることは明白だ。 辺りを囲む違和感に気付いたのか、子どもたちは怯えたようにオレを見ている。 くどいようだがオレはいまだに口を塞がれたままだ。 つまりリボーンしか答えることが出来ない。 「ボスも知らねぇのか?マフィアの一番上のヤツだ」 言葉もなく子どもたちの視線がオレに注がれていた。嘘だと、あり得ないとこちらを見る目が言っている。 いつの間にか自分の拘束を解いていたリボーンは、オレのそれには触れることなく子どもたちに顔を向けた。 「しかもボンゴレだぞ。どうする、ガキども」 ボンゴレという言葉に子どもたちは呼吸さえ止まったように動けなくなる。 矢面に立たされるようにリボーンによって前面に押し出されたオレは、顔色を失くしていく子どもたちの表情をぐるりと見渡した。 半信半疑ながらも、リボーンの常人ならざる言動に思うところがあるのだろう。 リーダー格の少年が首を振って震える指先をこちらに向けた。 「あ……、嘘だよ、な?」 さて、どう答えることがこの先に繋がるのだろうか。 2012.11.06 |