2.「オイ獄寺、まだ隠してることがあんだろ?」 自らの発言のどこが笑いのツボだったのかすら分からないクロームが首を傾げている様子を目の端に入れながらそう声を掛けた。 すると獄寺はじわりと額に汗を掻きつつ、伏せていた顔をそのまま床に擦り付けんばかりに勢いよく土下座する。 「すみません!すみませんっっ!」 ダメダメな教え子を守るためなのか口を割る気配のない獄寺にチッと小さく舌打ちを零す。そんなオレの横からやっと笑いをおさめた山本が、笑いで乱れた息を整え顔を上げた。 「んー…ひょっとするとアレか?」 「バッ!!言うな!10代目がそうおっしゃっ」 つい漏らしそうになった山本を、制するように声を上げた獄寺がオレの気配に気付いて視線だけを真上に向ける。 詳しく聞き出そうと近付いていたオレがニィと口端を引き上げれば、それを見た獄寺は顔色を失くしガクリと項垂れるとようやく話はじめた。 「実は10代目の死ぬ気の炎なんですが………一般人相手には出せません!」 「…んだと?」 言葉の意味が分からずに再度訊ねる。 「すいません!何度か試していらっしゃったのですが、炎が出ない相手にはどうやら超直感が働いてしまうようで死ぬ気の炎すら出せないようなんです!ってか!」 言っている端から自分の言葉に焦りを覚えた獄寺が、頭を抱えて床の上で煩悶の雄たけびを上げる。 「ぬぉぉお!今の10代目に何かあれば、オレはどうしたら…!」 ゴロンゴロンと転がり回る獄寺に嘆息して顔を上げれば、隣で腕を抱えて考えこんでいた山本は突然ドアに向かって歩き出す。 「どこ行く気だ?」 「どこって、ツナ探しに」 軽い口調での返答に懐から取り出した拳銃を構えることで意思を伝えた。 守護者でもある山本相手。しかも主と決めた男を『助ける』と既に決めている山本を押さえつけるならば、こうするしかない。 普段の飄々とした表情の隙間から殺気が顔を覗かせる。 「素直に行かせてくれねーのな?」 「当たり前だ。てめぇと獄寺、それからバカ牛はボンゴレ10代目守護者として顔も名前も売れすぎてるんだ。行くならクロームとオレだぞ」 少なくとも山本と獄寺が揃ってが動けばボンゴレに何かあったことを敵対マフィアに悟られる。 それはあのダメツナが一番警戒している最悪の事態も招きかねない。 足場を崩され、そこからボンゴレの掟が意味をなくしていけば、ここで生活している一般市民が巻き添えを食う。 「だいたい、守護者が動くことで敵対マフィアに今の状況がバレちまったらヤベぇしな」 そういうリスクもあるのだと示せば、山本は感情と状況を計りに掛けて不服そうにぐっと顎を引いて押し黙った。 重い沈黙が降りて、オロオロと指示を待つ運転手とオレの言葉を噛み締める獄寺の間からクロームが割り込んでくる。 「あの…骸様が、私では不安だからと…」 「お前で十分だ。骸はいらねぇ」 言い切ってやると、クロームの内からくやしげな声が聞こえてきたが誰もそれに耳を貸すものなど居なかった。 黒髪に眼帯というクロームの姿は人目を惹きすぎるということで、自らに幻術を施すと見覚えのある姿になった。 あっけなく掴まったダメボスの中学時代からの想い人だ。 人に訊ねまわっても警戒心を持たれない人物をと注文するとこうなった。 選択に間違いはないものの、複雑そうな顔をしている獄寺と山本に肩を竦めながらクロームに頷く。 「その格好でダメツナを助けてやると喜ぶぞ」 「そう…」 物言いたげにオレに視線を寄越したクロームは、何でもないともう一度呟いて幻術の綻びがないかを確認する。 背中を向けたクロームを見詰めていれば幻術で伸びた長い髪が見えた。 想いの長さだけ伸ばしているのだとあの時京子は何故自分に言ったのだろう。 どうしてこんなことを急に思い出したのか分からない自分に驚いて、意識を切り替えるように自分の格好も確かめた。 さすがのオレでも黒スーツに帽子の出で立ちで歩き回ることは出来ないから、チノパンにシャツとジャケットというどこにでもいる格好に着替えている。 変装術を駆使して記憶に残らない中年男になり済ましていると、やっと満足できたらしいクロームを伴ってツナ専用の車に乗り込んだ。 「こっちから連絡は取らねぇから、街中にいる構成員にオレとクロームの動きを追うように指示を出しとけ」 「分かりました!10代目をお願いします…!」 土下座する勢いで頭を下げる獄寺の心中を察して頷くと、隣で情けない顔をしている山本に声を掛けた。 「安心しろ。いくらあいつがトラブルメーカーでも、1時間や2時間で死にゃしねぇだろ」 「いや、そっちじゃなくて…ツナって引きが強いっつーか、悪いっつーか」 長い付き合いだからこその台詞に、オレも分かっていたからため息が漏れた。 自力で帰ってこれないという事実がソレを物語っている。 素人相手に殺されることはないだろうと思えど、殺される以外ならあるかもしれないから面倒だ。 死ぬ気になれないということは、縛られてしまえば縄ひとつ解くことも出来ないということなのか。 ボンゴレ屈指の武闘派などと称されていても、実際は相手がツナを殺る気でいるから対応が出来たらしい。 考えれば考えるほど頭痛が酷くなってきた。 ダメツナがと小さく呟けば、先に車に乗り込んでいたクロームがくすりと笑う。 「そのあだ名、久しぶりに聞いた…」 当て擦られていることに気付いていても、精々面の皮が厚く見えるようにフンと鼻で笑ってやる。 ボンゴレのボスとして一人立ちさせるために、ここ1年ぐらい顔は見せてもボス付きの仕事はのらりくらりと断っていた。 それ以外の遠出の仕事や一人きりの暗殺は以前と同じくこなしているから、いくらダメ生徒とはいえ意味ぐらい分かる筈だ。 頃合いとしては遅いぐらいで、どうしてここまでかかったのかといえばこのダメツナ加減を見れば分かるだろう。 そんな建前とは別に、自分にも制御できない感情というヤツがある。それを誰かに悟られる訳にはいかないから今は表情を変えられない。 不自然にならないよう気を付けながら運転手に顔を向けて発車を促した。 「いいか、慌てている様子で手紙を渡された付近を廻るんだ。途中のパティスリーでクロームを降ろす。次にオレが車から離れて探しにいくフリをするから、そこからは構成員に尾行けさせろ。車からは離れるんじゃねぇぞ」 「了解しました」 硬い表情で頷いた運転手は、普段よりぎこちない手つきでサイドブレーキを戻していく。 運転席と後部座席には会話を遮断する意味もある仕切りがあるが、今はそのままの方が会話がしやすい。 動き出した車の振動を感じながら背中を預けずに辺りを見回すも、ボンゴレのアジトの周りには人気は見当たらない。 出入りを誰かに見られていないことを確認してから、隣の視線に気付いて振り返る。 『教えて、ボスの先生』 脳に直接響く声はクロームのものだ。 わざわざオレだけに呼び掛けたということは、運転手には聞かれたくないのだろう。顔と視線は前を向いたまま頭の中でなんだと言葉を作る。 『すごい…今までこちらから呼び掛けたことはあっても、それに返事なんてなかったのに』 クロームもまた、視線を外に向けながら会話を続けていく。 そんなことはどうでもいいと続きを促せば、クロームははっきりとオレに問いかけた。 『どうしてボスに言わないの?』 何をだ、とは聞き返せなかった。 2012.10.19 |