リボツナ3 | ナノ



20.




店内に入り、すぐに時計を見上げれば休憩時間を20分も過ぎていた。慌ててスカル君の待つレジまで顔を出すと、オレとその後ろにいたリボーン君の顔をみてホッと息をつく。

「間に合ったんだな、先輩」

よかったと安堵の表情を浮かべるスカル君に驚いていると、後ろからリボーン君が鼻を鳴らした。

「何てめぇの手柄みてぇな顔してやがんだ」

そう返事をしたリボーン君にやっと得心がいく。
盗聴器を探し当てたスカル君にオレの監視もさせていたのだろう。オレが休憩に入ったことをどうやって知らせたのかと不思議に思っていたら、レジの片隅に見慣れないスマホが置かれていた。
お礼を告げようとスカル君に向き合うも、レジに入る手前で後ろから肩を引かれて足が前に進まない。
どうしてなのかは言うまでもないから固まっていると、自分の身長より高い位置からスカル君に向けて声がかかった。

「てめぇはもういいから、とっとと休憩に行きやがれ」

シッシッ!とオレの後ろから手を振るリボーン君に、レジの前に居たスカル君は一瞬だけ眉を顰めたが、オレの後ろを見て怯えたように頭を振るとカウンターから飛び出してきた。

「レジが混んできたら呼べよ!」

「あ…、ありがとう!」

逃げ出す勢いでオレの横を通り過ぎていくスカル君にそう声を掛ければ、少し得意げに花の下を擦って従業員用の休憩室へと消えていく。
丁度客足が途切れたのか、店内には誰の姿もない。残されたのはオレと、その後ろに立つリボーン君だけだ。
ぎこちない動きでリボーン君の手を外すとカウンターの向こうに踏み入れる。
今更湧きあがってきた諸々の感情に顔が上げられなくなって、レジの端に手をつくとずるずると沈み込むようにしゃがんだ。

「……ごめん。お礼なんて碌なことも出来ないけど、よかったらコーヒーとか飲まない?」

なんでもいいからと言えば、リボーン君は息を飲んで身を乗り出してきた。

「ならお前がいい。ツナをくれ」

「あ、あのな!オレは商品じゃないっていってるだろ!!………大体、オレじゃ釣り合わないし」

しれっと言われて思わず顔を上げたが、黒い瞳がオレだけを見詰めていたことに気付くと慌てて顔をカウンターの奥に引っ込めた。
嫌いになった訳じゃない。されたことは店長と変わりないと分かっているのに、どうしてかリボーン君を軽蔑出来そうになくて、そんな自分を持て余していた。
自分の気持ちを言い表すことも出来ず、それをどう伝えればいいのか術さえ知らなかった。
長い沈黙が降りて、カウンターの端から少しだけ目線を上げると、先ほどと変わらない顔と体勢でリボーン君がこちらを覗いていた。

「っっ!」

どうしよう、何を言えばこの場をしのげるのかと回転の鈍い頭で考えるも、カウンターを掴んでいた手を握り込まれた。
驚いて引っ込めようとした手ごとグッと引き上げられて否応もなくリボーン君の眼前に晒された。

「あ、っ」

何か言わなければと口を開くも何も言葉が出てこなくて声が詰まる。罵倒してやろうという気すら萎えて、もう何を言えばいいのかすら見失った。
目の前にある黒い瞳に囚われて身動きも取れない。
握られたままの手に力が込められて痛いほどなのに、それを振り解きたいとは思えなかった。
視線を反らせずにリボーン君を見詰めていると、薄い唇が動きはじめる。

「5ヶ月前のことだ。その日はつまらねぇ学校をフケて、時間を潰しがてらここに立ち寄って来店するヤツの顔をたまたま覗いてたんだ」

突然何を話出したのかと思いもしたが、とりあえず聞いてみようと口を閉ざす。すると、そんなオレに気付いたリボーン君の顔が近付いてくる。

「平日の昼間ってのは主婦と仕事を抜け出したオヤジが多くてな。オレみたいにサボるヤツもそうそう居なかった。そんな中、どう見ても高校生というより中学生みたいな面をしたヤツが入ってきたんだ」

「ふうん」

適当な相槌を打てば、リボーン君は口端を上げてクツクツと笑った。

「お前のことだぞ。中学生が何してやがるんだと気になってずっと見続けてりゃあ、買い物を済ませたお前が外に出た途端警察に補導されかけて腰を浮かした。だが、すぐに警察が頭を下げて離れていったからそこでようやくお前が成人しているんだ気付いた」

そんなことなど覚えてもいない。補導されかけるなんてよくあることで、だけど中学生はいくらなんでも酷いと唇を尖らせると、くっ付きそうなほど顔を寄せてきた。

「っ!」

逃げを打つオレを引き止める腕に動きは止まる。間近に迫る顔にオレは頬を赤らめて目を伏せてその視線から逃れた。

「次に会ったのは駅前だ。朝、ロータリーでバスから降車した女子高生の集団に押されたお前は鞄の中身をぶちまけただろう?その時、携帯を拾った男を覚えてないか?」

話の流れからするに5カ月ぐらい前のことらしいことが分かる。だけどオレは粗忽者で色んなところで鞄をぶちまけたり、財布を落としたり、書類を置いてきたりなどしょっしゅうだから覚えがない。
そこまで考えて、まてよ…と何かに引っ掛かった。

「そういえば、その頃ってまだ月に1〜2度は職安に通ってた時期だ。提出書類をうちに忘れて、慌てて引き返そうとしたら女子高生に押されて踏み潰されそうになったことがある、かも」

思い返してみれば、あの時に携帯電話を落としたかもしれない。あんな衆目のある場所での粗相に慌てたオレは、拾って貰った携帯を受け取ると確認もしないでその場を後にした。
伏せていた顔を上げてリボーン君を見上げると、ニヤリと悪い笑みを浮かべている。意味も分からず首を傾げると、リボーン君は話を続けた。

「その時だ。オレの足元に飛んできたそれを拾うと、お前の名前とアドレスを抜かせて貰ったんだ」

「はぁ?!それ犯罪だろ!」

「じゃあ何か。見知らぬ男子高校生に名前とアドレスを聞かれたら答えたってのか?」

悪びれなく切り返された台詞にオレは口をパクパクと開閉させた。そういう問題じゃない。
何か言ってやろうとしたが、何も思い付かなくて諦めるとまたリボーン君は口を開く。

「お前の名前とアドレスは分かった。だが、どうしたらお前の視界に入れるようになるのかが掴めなかった。慌てて駆け出したお前の後を追っていくと、折よく自宅に戻っていくところだった。気付かれないように何度もお前の家で張ってみたが、どうにも働いている気配がねぇ。そこでお前の携帯を覗いた時に見たアクセス履歴を思い出したんだ」

「って!完璧にストーカーじゃないか!」

いくらオレが間抜けだからってあまりに酷い。どうして気付かなかったのかと己の鈍さに顔を引き攣らせていれば、オレの突っ込みを無視して話は先に進んでいった。

「見たことのあるurlだと思ってたんだ。パシリの熱中してたゲームを見て思い出したオレは、まずはゲームの上位に入り込むことにした。そこで情報を持っていそうな上手いヤツに片っ端からメールをしてみたんだ。そうしたらすぐにお前からメールが返ってきて…さすがのオレも驚いたんだぞ」

「イヤイヤイヤ…!それ驚くところ違わない?!」

まるで神様が引き合わせたかのような巡り合わせだと言われ、納得できないオレは大声を張り上げて突っ込む。それすらスルーしてリボーン君はオレを見詰め続けた。

「メールをする内にツナはゲームは出来てもパソコンの知識はからきしだと分かった。オレはどうにかしてリアルのお前と会いたかったんだ。悪いとは思ったが、お前を外に出すネタはねぇかと遠隔操作でお前のパソコンのデータを調べさせて貰った」

「お前っ!」

そこだけは許せないと睨みつけていれば、リボーン君は複雑そうな表情を浮かべる。横目でチロリと見られて、首を傾げた。

「あのデータ、確認したことあるか?」

「え…?えーと、買う時に確認したけど」

しかしその一度きりで、保存はしたが確認はしていなかったことを思い出す。
ひょっとしたらオレが思っていた画像ではなく、もっと過激な画像だったのかと青くなれば、オレを見ていたリボーン君は小さくため息を吐いた。

「だったら一度確認してみろ。オレはてっきりお前はゲイなんだと思ったぞ」

「ええぇぇえ!!?ちょ、どういう…」

訊ねようとしたが、なんとなく察しがついた。
どうしてオレだけ回収されなかったのか。そしてパシリだったオレに、どうしてそんな画像が回ってきたのか。
つまりはオレのデータだけ別のものだったのだろう。しかもゲイ疑惑を持たれるような画像ってどんなだ。
情けなく眉を寄せていれば、それを見ていたリボーン君が肩を落とす。

「すぐに誤解だって分かったがな。宝物みてぇにプロテクトまで掛けてた割には、覗いた形跡もねぇ。しかもその画像の男よりイケメンのオレに微塵も靡かねぇってのが一番解せねぇだろ」

何に張り合っているんだと半眼になりながら、こうなったら最後まで聞かねばと顎を引いて顔を上げた。
そんなオレに視線を合わせたまま唇は動いていく。

「ゲイならオレにもチャンスはあると思った。だがお前はオタクだが恋愛対象はノーマルで、いくら声を掛けても反応が薄い。まずは店員と客という関係から脱却しようと揺さぶりを掛けてみれば、そこまでやらねぇだろうと思った自慰をしていて…理性が飛んだ」

その場面を思い出したオレは、焼け付くような羞恥に苛まれて視線を伏せるた。耳まで赤くなっている自覚はある。
あの時はどうにかしなければ彼女の画像が流れてしまうと必死で、だから自分のことまで気が回らなかった。
上からの舐めるような視線に口の中が渇き、少しひりついた唇を舌で湿らせると吐息が一層近付いてきた。

「何度もツナに告げようと思った。だが、言える訳もねぇ。そうこうしている内に距離が近くなって、余計に言えなくなった。バレないようにとネットゲームからIDを消してアドレスも変えようとした矢先に、お前にバレた」

零れ落ちた言葉は、罪悪感と恋慕に押し潰されそうな男の声に聞こえた。
本来ならオレは女の子がいいのだから気持ち悪いと思う筈だ。けれど同じ性別の男に、リボーン君にそこまで望まれて、胸の奥がじわじわと熱を持ちはじめる。
こんな気持ちをどう表現したらいいのだろうか。
伏せた視界の先には握られたままの手があって、それを振り解くなんて考えてもいない自分が恥ずかしい。
恐る恐る視線を上げてリボーン君の顔を見上げると、答えを待つように硬く唇を引き結んだままでオレを見詰めていた。
口を開きかけて、だけどどんな言葉もリボーン君の告白に比べれば陳腐な気がする。
オレなんかのどこがお気に召したのかさっぱり分からないが、向けられた想いの丈は嫌でも伝わる。そもそも男をストーカーする男がどこにいるというのか。
……いや、そういえば男を盗撮する男もいるのだからあり得ないとも言えないけれど、どうしてオレなんかをストーカーした上に脅迫までして欲したんだろう。
よく言えば平均的、お世辞にも綺麗とか可愛いとかいう言葉はそぐわないオレより、リボーン君の取り巻きの中にはお似合いの女の子がいるのに。
そこまで考えてリボーン君を拒絶する気すらない自分を自覚する。
応えてしまってもいいのだろうか、でも。やっぱりオレなんて…という気持ちが浮かんだ途端、まるで見透かしたようにオレの手を掴む力が強くなる。
それに勇気貰って口を開けば、期待するような、絶望するようなどちらともいえない顔でオレを見詰めていた。

「オレ…」

その続きが出てこない。向けられた好意に返せるだけの想いが自分にあるのかと自問を繰り返す。
店長に強姦されると思った時、オレはリボーン君の顔を思い浮かべていた。同じ行為の筈なのにあんなに気持ち悪いと思ったのは初めてで、逆にいえばリボーン君とのそれはいつでも快楽が先に立っていた。
上手いせいだと思っていたのに、リボーン君じゃない男に襲われてみて全然違うと知って。
オレを求めている腕と、自分の好みの男なら誰でもいいという店長とでは違って当たり前だったと思う。
だけど。
オレの手を握る手を一度振り解くと、リボーン君の手がその場で固まる。その上からそっと手を握りるとどうにか顔を上げた。
恥ずかしいし、逃げ出したいけど目を見て口を開く。

「ご注文は『沢田綱吉』ですねっ!さっ、最後までおいしく召し上がって下さい…!」

ペコリと頭を下げようとしたオレと、その顎に手が伸びてきたのはほぼ同時だった。
下げかけた顎を横から伸びた指に摘まみ上げられて、視界の先を塞がれる。横から食い付くように唇を塞がれ、その感触に恐怖でも嫌悪でもなく歓喜で背中が震えた。
抗いようもなく気持ちいい口付けに素直に身を委ね、唇と唇の隙間を割り込んでくる舌を迎え入れる。
カウンターを挟んでいるなんて忘れてしまうほど激しいキスに自らの舌を差し出せば、すぐに絡め取られて息が上がる。
他人の唾液なんて気持ち悪いと思っていた以前の自分では想像も出来ないほど、送りこまれてくるそれを違和感なく飲み込んでいった。
それでも2人分の唾液はすぐに溢れて顎を伝い落ちる。リボーン君の指を濡らし、自分の喉元に沿って襟元の奥へとシミを作っていく。
それでもやめられなくて、ここが店内でお客さまがいつ入店するとも知れないのにと理性は警鐘を鳴らしていても止まらない。
今まで何度もしたキスよりずっと気持ちいい。少し体温の低いリボーン君の唇に啄ばまれ、擦り合わされて腰が砕けていく。
カウンターにしがみ付くように乗り上げていれば、少し離れた場所から遠慮がちに小さく遠慮がちな声が割り込むよう聞こえてきた。

「あー…そろそろモーニング始まるんだが」

「ッ!!」

スカル君の声だと気付いてやっと理性の欠片が戻ってくる。
なのに逃げ出そうとしたオレの後頭部に手を回していたリボーン君は、逆に力を込めてオレを引き寄せた。

「んんっ…!」

思うさま貪られ飛びそうになる意識をどうにか保つと、やっと唇が離れていく。ホッとしたような、残念だったような気分でカウンターに身体を預けていれば、リボーン君の声が耳朶に落ちた。
その低い、艶のある声に脳と思考を染められていく。
たった一言でオレを籠絡したリボーン君は、顔を上げられずに唸るオレの頭の上で今度はポツリと呟いた。

「オイ、ツナ。ユニホームに着替えてねぇぞ」

「えっ…あぁ!」

そういえば着替え忘れていた。勢いをつけて身体を起こした筈が、ちっとも動かなくて焦る。キスで腑抜けた身体は自分のいうことをきいてはくれない。
どうしようかと目を泳がせていれば、それを見ていたスカル君がレジに入ってオレの背中を押した。

「先輩が責任取るつもりらしいんで早めにいってきてくれ。5時過ぎるとそれなりに混むのは分かってるよな?」

「へ……?うぁぁああ!!?」

何のことだと返すより先に身体が浮き上がる。突然のことに声を上げたオレを煩そうに担ぎ上げたリボーン君は、レジを抜けると奥に向かっていく。

「店長の様子も見てきてやるか。今後のことはオレに任せとけ」

「うん…って、立場逆だろ!」

思わず突っ込みをいれれば、フンと鼻で笑われる。

「テイクアウトされてる癖に生意気だな」

「生意気なのはそっちだろ!ストーカーじゃないか!」

口にしてはいけない単語を口にした時点でオレの負けは確定していた。


口は災いの元。
そして、お持ち帰りされる場合には口のきき方に気を付けるべきだと知った今日この頃。



終わり


2012.05.14



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