19.※ツナがリボーン以外に襲われる描写があります。苦手な方はご注意下さい。 「来てくれて嬉しいよ、沢田くん。まぁ、来なきゃコレをネットにあげるだけだけどね」 街灯を背に近付いてくる店長の歪んだ顔に身動きが取れなくなる。そんなオレを舐めるように見詰めていた店長は着ているジャケットの懐から携帯電話を取りだした。 まだ信じられない。だってオレがどこで何をしていたのかをバラされれば、店を任されている店長にも迷惑が掛かる。 別の用事だと頭を振って必死に息を整えようとするも、そんなオレの前に見覚えのある写メを突き付けてきた。 「ぁ…っ!」 「なかなかイイ出来だと思わないかい?早朝のファーストフード店の横でひっそりと自慰をするシチュエーションに酔う淫乱店員、って感じで」 まるでアダルトみたいじゃないかと浮かれた声で囁かれ、羞恥よりも恐怖に目の前が真っ暗になる。 言い知れない恐怖と信じられない出来事に息もままならずに携帯の画面だけを見詰めていれば、店長の手はオレの肩を掴むと強引にワンボックスまで引っ張っていった。 「こんな話を誰かに聞かれたくないだろう?入るんだ」 有無も言わさず後部座席に放り込まれると、暗くてよく見えない車内の何かに躓いて転がる。だけど躓いた先は床ではなく、すべてフラットにされていた座席の上だ。 痛みはないものの体勢を立て直す隙もなく上から店長に伸し掛かられる。 「なにす、っ!」 慌てて起き上がろうとするも、体格の差と体勢の不利がそれを阻む。夜目が利かないオレは暗い車内ではドアの位置すら分からなくて必死に探そうと首を巡らせた。 そんなオレに店長は荒い息を近付けてくる。 「ダメだよ。逃げられたらコレがどうなっても知らないよ」 耳朶をねぶるように囁かれ退路を断たれた。 どうして、と混乱する。自慢じゃないが、オレは一度だってその手の人たちからアプローチをされたことがない。 何か誤解があるんじゃないかと、まだどこかで甘い考えを捨てきれずにいれば、店長の手が躊躇いなくズボンの前に伸びる。 形を確かめるように撫でられて背筋が凍った。気持ち悪くて身を捩ると、それを追うように店長の顔がオレの首筋に埋まる。 「ひぃ…!」 手慣れているのかあっという間にベルトを緩めるとズボンの中へと手が入り込んできた。同じことをされた覚えがあるのに、リボーン君じゃないだけで自分の身体は快楽を追うどころか気持ち悪さに胃が痙攣を訴えてくる。 嫌だ。嫌だ。嫌だ…! もがいても捩っても逃げられない状況にパニックを起こす。助けてと声を上げかけたオレの口を店長の手が塞いで、だけどまだ漏れる声に焦ったのかオレを押さえ付けたまま店長は足元から何かを取りだした。 ビッ!と手で引き千切った音がして、それを口に張り付けられた。ガムテープだと知ったのは塞がれた口が息を吸えなくなってからで、それを取ろうと焦って手を伸ばすと両手首を掴み取られ、それすらぐるぐると背中で一纏めにされた。 「んんーっ!」 声も出せない。逃げ出すことも、抵抗する術さえ取り上げられた。 オレを見下ろす視線は何かにとり憑かれたのか狂気の色に染められている。 怖い、気持ち悪い、助けて…!助けて、リボーン君! 口に出せないからこそ、本当の気持ちだけが心の中に残った。羞恥とか、恐怖とか、体裁とか、いじけた自分の気持ちもどこかに吹き飛ぶ。 リボーン君以外の誰にも触れられたくない。どんなに蔑まれようとも、リボーン君が好きだ。 必死で身体をくねらせてもがくオレから衣服を剥ぎ取ると、店長は躊躇いなくオレの下腹部に顔を埋めた。 縮こまる起立を舌で舐められて益々恐怖に震える。そんなオレをどう勘違いしたのか店長はそこから顔を上げて訊ねてきた。 「どうしたんだい?沢田くんの大好きな背徳的シチュエーションじゃないか。深夜の休憩時間に上司に襲われる君の顔は素晴らしいよ!」 とんでもない勘違いに首を激しく振って否定するも、もうオレのことなんて素通りしている店長には伝わる筈もなかった。 オレが云々ではなく、自分の理想の状況に興奮している。 こんな人だなんて思ってもみなかったが、それだけに余計始末に負えない。逃げ出せる隙もなく、誰かに知らせてもいなかったことを今更後悔しても遅い。 それでも店長が正気に戻るという一縷の望みに縋りたくて、唯一まともに動く足で店長の肩を蹴り上げた。 「痛いじゃないか。なんてことをするんだい!まったく、沢田くんがいけないんだよ!あんな小僧なんかにうつつを抜かすから、こんな強引なアプローチになってしまった」 あんな小僧に心当たりがなかったオレは、店長を押し遣っていた足を止める。その隙をつかれて足を掴まれた。 「それとも、オレが本部に戻る前に見て欲しかったとか?」 違うと首を振っても聞き入れてはくれなかった。 身体を横に寝転がされて、片足に体重を掛けられてもう片方を割広げられる。隠すものもないソコを鼻息も荒く凝視されて身体が強張る。 もうダメなのか、女の子じゃないから仕方ないと諦めかけたその時、突然運転席の側面を殴りつける音が聞こえてきた。 側面という側面をスモークガラスで覆っているから、何が起こっているのかよく分からない。 突然の音にオレの股間から店長が顔を上げるとバシャン!というガラスが割れる音がして、ぬっと手が車内に差し込まれた。 「だっ、誰だ!人の車を破損させて、警察を呼ぶぞ!」 あくまで自分が正しいと声を張り上げる店長を無視して、入り込んできた手はドアロックを解除すると後部座席のドアを開いた。 暗い車内に慣れた目が見覚えのある輪郭を映している。 そんなご都合主義があるもんかと、ガラスを割ったフルフェイスヘルメットを掲げた人影を見詰め続けた。 「そういうてめぇは何従業員を強姦してんだ。訴えたらどっちが勝つか分かってんのか?」 そんな場合じゃないのに、声を聞いただけで胸がぎゅうと締めつけられる。どうしてこんなところにとか、何をしに来たんだとかなんて、どうでもいい。 リボーン君が助けてくれたことに涙が出そうになる。 焦った様子の店長の襟首を後ろから引くと、オレの上から重い身体が遠退いていく。後ろ手に括られていた身体をどうにか起こすと、外に引き摺り出された店長とリボーン君の声を聞き取ろうと開いていたドアの向こうに視線をやった。 「君!なんの根拠があって強姦だと言うんだ!彼とは同意の上なんだぞ!」 そんなバカなと目を見開くと、即座に首を振ろうとしてハッと顔色を変えた。店長がこちらに先ほどの写メを見せていたからだ。 あんな写真を取られていたことを知られたくなくて動きを止めると、リボーン君は店長を道路に放り投げてこちらに向かってきた。 リボーン君の体重にギッと車が軋んで、それに顔を上げると口を塞がれていたガムテープを剥がされた。手首を戒めていたそれも取り払われ、やっと自由を確保する。 「言ってやりな、その思い上がった小僧に。強姦プレイも大好きなんだってな」 拒否するとは微塵も思っていない店長の言いっぷりに唇を噛んで視線を下げた。頷かなければあの写真をバラ撒かれる。誰に知られるより、リボーン君にだけは知られたくない。 黒い暗殺者としてオレを脅したのはリボーン君で、だから要因は彼だけどそれを押し付けたくはない。 こんなバカな茶番に付き合わせる気はないから、ムリでも演技でもいいからと何でもないように顔を上げると、それを覆うようにリボーン君の手が伸びてきた。 「オレのせいで辛かったな。もう大丈夫だぞ」 押し付けられたリボーン君の胸元で息が止まる。強がろうとしていたオレを見透かしたように背中に手をまわすと一瞬だけ強く抱きしめられて仮面が剥がれ落ちていく。 眦に浮かんでいた涙を吸い取られ、リボーン君の唇が触れていったのだと知った。一瞬の優しい感触に声さえ出せずに顔を上げると、オレを庇うように背中を向けて店長と向き合った。 「こいつが何か知ってるよな?」 リボーン君はそう言うとジャケットの懐から手の平より小さいサイズの黒っぽい箱のような形状の何かを取りだした。それを見た途端、店長の形相が変わる。 「どうして、いや…何のことか知らないな」 白を切るように顔を地面に背ける店長に違和感を覚えた。それが何なのかを確かめようと覗き込めば、リボーン君はオレの鼻先に押し付けるように差し出してきた。 手に取ってみてもよく分からない。 かなり小さく、軽い箱をぐるっと回してもこれといった特徴もなくて首を傾げる。 「分からないなら分かるようにしてやるぞ」 地面に座り込んでいた店長について来いと言うと、オレの腕を掴んだまま降車する。見ればリボーン君のバイクが横付けされていて、そこにはパソコンらしきものといく種類かのコードが待ち受けていた。 それを見てしゃがみ込んでいた店長が尻で後ずさりを始める。 オレは脱がされていた服を着込んでから、店長とリボーン君の間に立って様子を伺う。 すでにパソコンの起動はされていたのか、手にしていた箱をぐるりと回して調べるとコードの束の中からひとつ取りだして繋いだ。 何かのソフトが起ち上がる。それを眺めていれば、ほどなく画像ソフトとみられる画面が現れてリボーン君は躊躇なくボタンをクリックした。 どんな画像が見えるのかと覗き込む。すると、思いもよらない動画が始まった。 どこから撮っていたのかオレの着替えシーンが流れている。斜め下から見上げるようなアングルでの画像に身体が固まる。 誰がこんなことを…と考えて話の流れを順に追えば、突然店長が声を張り上げた。 「し、知らない!オレは知らないぞ!お前が仕掛けたんだろう!?」 見苦しくわめく店長を振り返ると、オレの視線に気付いた店長が泡を飛ばしながらリボーン君に向かって叫びはじめた。 まさか。 驚きに目を瞠っていれば、言われっぱなしだったリボーン君がフンと鼻を鳴らした。 「バイトでもないオレが事務所の中に入れると思ってんのか?おめでたい頭してんじゃねぇぞ」 「だったら、どうしてこれの在り処が分かった?!忍び込む以外にこんなものがあることを知ってる筈がないだろう!」 自分ではないと罪をなすり付けようとするも、言葉の端々に見え隠れする胡散臭さは逆に自白しているようなものだった。 それにしても、どうしてリボーン君はこんなものがあることを知りえたのか。盗撮されていたオレですら気付かなかったというのにと驚きの視線を向けると、オレに向かって肩を竦めた。 「パシリだ。最近、パシリがバイトに入っただろう?」 そういえば…と頷くと、パシリが誰なのか知らない店長はリボーン君を睨みつけている。 それを無視してオレに話しかけるようにリボーン君は言葉を続けた。 「ここの店長がお前に気があると聞いてちょっと気になってな。試しに探知機を持たせて調べさせてみればこれだ」 リボーン君の持ち掛けてきた話し合いもメールさえ無視したオレなのに、どうしてそんな心配をしてくれたんだろう。ただのおもちゃにそこまで気を回すことはないのに。 勘違いしそうになる自分を戒めて首を振れば、それを見ていたリボーン君は長いため息を吐き出した。 「証拠はそれ以外にもある。ここに勤めていたバイトにもツナと同じことをしただろ。盗撮した画像をもと脅してセックスを強要した。そいつはどうやら戸籍ごと逃げ出したらしいな」 あの時はどうして辞めたのかと思っていたがな。そう続けたリボーン君の言葉を聞いていた店長は勢いをつけて立ち上がると自分より背の高いリボーン君に食ってかかった。 「はははっ!どこに証拠がある!それには沢田くんの画像しかないんだよ!」 その言葉でリボーン君の話が本当なのだと知れた。 とんでもない男に目をつけられていたのだと冷や汗が流れる。このままじゃ、また同じことの繰り返しだと焦った。 けれど店長の台詞にリボーン君は焦るどころかニヤリと口端を上げて笑った。 「見るか?決定的な証拠ってヤツを」 リボーン君がキーを押すと、画面から悲鳴と喘ぎが混ざった声が聞こえてきた。 近付いて確認すれば、店長と見たことのない気の弱そうな若い男がくんずほぐれつで絡みあっている。 すぐに何の動画なのか理解したオレは顔を背けると耳を塞いだ。多分、男の方はオレのように無理やりなのだろう。見てしまったことに顔を伏せて心の中で詫びると、その後ろから店長が叫んだ。 「そっ、そんなのは合成だ!オレは無実だ!」 言うと逃げ出した店長はエンジンのかかったままの車の運転席に乗り込む。しかしタッチの差でリボーン君の手が店長のジャケットを掴むと、乗り込みかけていた身体ごと引き戻した。 「どうした?無実なんだろう?逃げるってのはどういった了見だ」 ひょろりとした店長を地面に叩きつけたリボーン君は、首を締めあげて逃げ出せないように乗り上げた。 「合成ならこれを本社に送っても平気だよな?」 「ややや、やめてくれ!オレの人生が終わる!」 この後に及んで保身の言葉しか吐き出さない店長を煩わしそうに覗き込んでいたリボーン君は、手の力を込めて醜悪な男の悪あがきを遮った。 ガクリと落ちた店長に驚きはしたものの、心配なんて微塵もない。あるとすればリボーン君がオレを助けたせいで警察のご厄介にならなければいいと思っただけだ。 未成年だし、今回の件は店長の分が悪すぎるから大丈夫だろう。何かあればオレが責任を負えばいい。 そう心に決めながら、リボーン君が店長の襟首を持ったまま立ち上がる様をぼんやりと眺めていた。 オレの視線に気付いたのか、黒い瞳がオレを映して苦しそうに眉を寄せる。 その顔に反省の色を見付けて苦笑いを返した。 「ありがとう…」 今はこれしかリボーン君にかける言葉が見当たらない。 他に色々と思っていたこともあった筈なのに、すべて瑣末なことにしか感じられなくなる。 もういいんだと首を振って、それから店長をどうしようかと思案していれば、リボーン君は伸びた店長を車の後部座席に放り投げると手足をそこにあったガムテープで縛り上げた。 駆動したままだったエンジンを切り、キーを抜き取るとオレにそれを投げて寄越す。 「…朝一で本社にメールを送るが、それまではここで放置しとけばいいぞ。懲りねぇヤツには罰が必要だからな」 「うん」 続かない会話に顔を伏せれば、リボーン君はオレの腕を掴んで歩き出した。一歩また一l歩と近付いていくと暗闇にいたせいで店の灯りをまぶしく感じる。 このままどうするつもりだろうかと横を歩くリボーン君を見上げると、オレを見ていたらしい視線とかち合った。 「話を聞いてくれるか?」 その問い掛けに頷くと、店の出入り口のドアを手で押し開けた。 2012.05.10 |