リボツナ3 | ナノ



16.




頷くリボーン君を見ながら、嘘だろうと疑うよりそうなんだと妙に納得した。今までが夢物語みたいだと感じていたからそう思えるのかもしれない。
ぼんやりとしながら視線を逸らすと手にしていた携帯電話をズボンのポケットにしまい、スカル君にもう一度バイトの件で声を掛けてから立ち上がった。
黙ったままオレを見詰めている視線に気付いたが、今のオレにはもう一度そちらに顔を向けることは出来そうにない。
着替えの入ったバッグを手に取ると、何故か震えはじめた手を隠すように掴んでリビングを出た。
綺麗に磨かれた廊下の床に視線を落としながら、もうここに来ることもないんだろうなと寂しい気持ちが湧いてきた。そんな自分のバカさ加減に顔を歪めているとスカル君の声が背中にかかる。

「おい、どうしたんだ?何かあったのか?!」

理由は分からないながらも、自分の言動でオレの様子がおかしくなったことに気付いたのだろう。彼に罪はないから悪いとは思うが、今は何も考えたくなかった。
ごめんなとだけ謝って慌てて顔を前に戻す。そのスカル君の後ろにリボーン君の顔を見付けてしまい、咄嗟に足が逃げを打った。
いつもの鈍臭さを返上して玄関まで駆けだすと靴を突っかけて玄関のドアに飛び付く。
いずれ詳しい話をきかなければならないことは分かっていても、今はとてもそんな気になれそうにない。
視線を足下に落としたまま玄関の外に足を踏み出したその時、後ろから呼び止める声が聞こえてきた。

「ツナ、オレは」

低い声。何度も聞いた自分を呼ぶ響きにビクリと肩を竦めて、止まりそうになる足を無理やり上げると玄関の向こうに身体ごと押しやる。
ドアノブから手を離し、バタンと閉じた扉を振り返らないようにと顔を伏せたままその場から駆け出した。








どこを歩いてきたのか、気がつけば見覚えのある街角の風景が目の前に広がっていた。深夜に出歩く趣味などオレにはなくて、唯一夜に外出することといえばバイトだけだ。
だからなのか、無意識にバイト先に近付いていたらしい。あと少しで出勤するところだった。
今日は非番だからさすがに顔は出し辛いが、こんな深夜に家に帰る訳にもいかなくて迷う。家に帰れば母親を驚かせてしまうだろうし、今は誰にも詮索されたくない。
こんな時どうすればいいのかさえ分からなくて、普段は気にしたこともない周囲に視線を巡らせてみた。
すると明け方5時まで営業しているという看板を見付ける。

「あ…カラオケ、か」

特に歌が上手い訳でもないし、友だちも居なかったからそんな場所に入ったこともない。
少し向こうにはネットカフェの看板も見付けたが、一人にはなりたくても静かな場所には居たくなかったからカラオケの方が今の自分にはいいような気がした。
カラオケ店の前まで来ると深夜だというのに意外に人が多くて気後れする。一人でカラオケなんて追い出されるだろうかとビクビクしながらカウンターに近付くと、手慣れた調子で大学生らしい店員が手続きをしていく。

「あのー申し訳ないんですけど、身分証明書ありますか?」

「はあ…」

そこまで提示するのかと驚きながら車の免許証を取り出す。それをカウンターに置けば、店員が何度もオレと免許証に視線をいったり来たりさせていた。

「い、一応免許証のナンバーの控えを頂きますね」

「どうぞ」

どうやらまた学生と勘違いされたらしい。それでも追い出される気配はないからいいかと思うことにして、渡された鍵に書かれている部屋番を探しに足をそちらに向けた。
すれ違う人たちも様々で、若い男女から年のいった中年男性はたまた女性たちとそれなりに人で賑わっている。
そんな波を掻き分けて指定された部屋を見付けたオレは、キョロキョロと辺りを伺いながらも中へと入り込んだ。
随分と薄暗い部屋だ。それでも見えないほどじゃないとソファに座ってテーブルの上に置かれていた説明書きを覗き込んだ。
それに従って適当に曲を指定していくと大きな画面にタイトルが映り、部屋中を覆い尽くすような音量でメロディが流れてくる。
歌わなきゃとマイクに手を掛けるも、やっぱりそんな気分になんてなれる訳がない。
膝を抱えて画面に流れる歌詞を目で追うも、心の中はそれどころじゃなくて整理さえできない状態だ。
今更疲れが出たのかだるい身体をソファに預けて、頭を背凭れに乗せると目を閉じる。
リボーン君がオレを脅していた黒い暗殺者だった。
ネットゲームはあれ以来怖くて覗いていなかったし、リボーン君の家ではゲーム機しか使っていなかったから少しも気付かなかった。
確かに上手いと思うことは何度もあったけれど、リボーン君はオレに付き合うという形でしかゲームをしなかったからそれほど好きじゃないのだろうと思っていたぐらいだ。
そうやってオレの目を誤魔化していたのかとも思ったが、単にそれほど好きではないということが正解な気もする。
けれど間違いなくリボーン君はあの黒い暗殺者だ。オレの大切なデータを盗み、それを盾に脅していたあいつなのだ。
バラ撒かれたくなければ言うことを聞けと、バイト先まで指定して…何食わぬ顔で客としてオレに接触をしてきた。
知らなかったオレは彼女の写真をバラ撒かれたくない一心でバイトを始めて、あんなことまでさせられた。
あんなこと、を思い出すと羞恥で耳まで熱くなる。そもそもあれほどタイミングよく植え込みの奥を覗き込むなんて普通ならありえない。
だけど自慰を強要した本人ならばその日にオレがすることは分かっているから、オレの休憩時間を狙っていればよかった筈だ。だから見つけることも容易かったのだろう。
思い返してみても彼が何を思ってオレを標的にしたのかよく分からない。
もしも金銭絡みならばとっくに要求されていてもおかしくないぐらいには情報がダダ漏れしている。自宅まで知られてしまったのだから脅せばいくらでも払っただろう。なのに一度としてその要求はされたことはなかった。
だからオレをおもちゃ代わりに嬲って楽しむつもりなのだろうと思っていたら、パタリと音信不通になって、母親にメールで通販会社に連絡して欲しいと言われなければ忘れてしまうところだった。

「オレ、バカだよなぁ…」

あれだけ必死に取り返そうとしていたのに、リボーン君とのことで頭がいっぱいになってしまうなんて。
相手にされないと分かっていたのに、もしかしたらなんて淡い期待を持った自分はやっぱり底抜けのバカだ。
歌う気もな癖にいくつか入れていた曲も終わり、周囲の部屋から漏れ聞こえる音と声がわずかに耳に届いた。
一人じゃないんだとホッとするも、こんなに惨めな自分を誰かに覗かれるのはいやで抱えた膝の上に額を乗せて顔を伏せた。
好きだと言われたあの言葉を信じたいと思った。信じたかったのはオレがリボーン君を好きになっていたからだ。
だけど根底から覆されて何を信じればいいのだろう。

「結局言い損ねたな」

今にして思えば言わなくて正解だった。
オレをとことん笑い者にしたかったのだろうか。こんな年にもなって定職にも就かず、ちょっと優しくしただけで男を好きになるような気持ち悪い男がいると。
悔しくて、はらわたが煮えくり返るぐらい怒りが湧き上がってきているのに、まだどこかで信じたい気持ちが残っている。
嘘でもいいからそんなハンドルネームは知らないと、冗談だと言ってはくれないだろうか。
ズボンのポケットに入れたままの携帯は音一つ立てることはなく、沈黙を貫き通している。
それが答えだということを知ってなお、縋りたい自分に気付いて乾いた笑いが漏れた。
他人みたいな声が部屋の底から響いて、湿りはじめたズボンの膝が冷たくなってくる。
そこでやっと自分が泣いているのだと知っても、止める術などなかった。








「いらっしゃいませ!」

とオレが声を上げれば、ドリンクとフライヤーのバイト2人もそれに続けてお客さまにあいさつの声を上げた。
結局朝まで居座ったカラオケ店から追い出されるように店を出たのは明け方の4時半を少しまわった頃だった。
そんな時間になれば開いている店を探す方が難しくなるから、彷徨う手間を惜しんでバイト先に朝食を摂りがてら顔を出すと、ヨレヨレした店長が珍しく深夜から早朝のレジに立っていた。
どうやらバイトが風邪をひいて、急遽店長が代わりをしていたらしい。
10時から近隣店舗の店長会議があるんだと泣きつかれ、休日の筈なのにこうして店頭に立っていた。

「沢田さん、ごめんね!お先に失礼します」

「あ、はい。お疲れさまでした!」

店長とシフトを組んでいた女性パートさんが帰っていく。時計は9時になるところで、平日だからそれほど客足もなくいつも通りの朝だった。

「…いつも通りっていうには、来なかったけどさ」

今日は来なかったリボーン君を思って誰にも聞かれないように小さな声で呟いた。
あんなことがあって、どんな顔をして接客すればいいのか分からないから丁度よかった。なのにガッカリしている自分がいる。
普通の顔で、いつも通りに声を掛けてくれるかもなんて期待していたらしい。
毎朝ここで待っているリボーン君の追っ掛けの子も、今日は彼が姿を現さなかったから8時過ぎには店を出ていった。
それに自分は用済みになったんだと知る。
いつもの朝。いつものバイト。いつものあいさつ。
『いつも』をくれたのはリボーン君で、なのに彼だけ居ないことに胸が塞がれていく。このまま窒息したら楽になるかなとバカなことを考えていると、出入り口に背の高い影が扉の向こうから見えた。

「いらっしゃいま…せ……」

何気なく顔を上げて声を掛ければ、今思い浮かべていた顔がそこに現れて語尾が震えた。
逃げたいと反射的に腰が引けて、だけどバイト中だと我に返って足を戻す。
レジの前に立つと、リボーン君が近付いてくる気配に心臓が煩く暴れだした。浅い息を繰り返し、それでも逃げないと決めて視線を上げる。

「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら、お伺いします」


2012.05.01







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