15.バタン、ガツンという音が玄関から聞こえ、ほどなくリビングに現れたフルフェイスヘルメットにライダースーツ姿の男にオレは心底ビビった。 よくフルフェイスヘルメット着用のままでの入店を断るとあるが、それも道理だと思う。顔が見えないということは意外に怖い。 とにかく顔をそちらに向けたまま男の一挙手一投足に神経を尖らせていれば、男はおもむろにヘルメットを脱いだ。 紫の髪に濃いメイクながらも見覚えがある。よくよく考えなくとも呼び出されたのはパシリ君で、それ以外に来客なんてある訳もない。ホッと息をついて肩を落とすとパシリ君がオレに視線を合わせてきた。 突然呼び出されたのだから当たり前だが憮然とした顔のパシリ君を前に、片付けもそこそこに慌てて頭を下げた。 「あ…突然呼び出してごめんね?えーと、パシリく」 「オレはパシリじゃない!スカルだ!」 即座に返ってきた台詞に頷く間もなく背後からリボーン君の足が彼の脇腹に入る。オレに向き合っていたせいで防御もとれなかったのかクリーンヒットだ。 あれは痛そうだと顔を引き攣らせていれば、後ろからリボーン君が現れて蹲るパシ…スカル君を跨ぐとオレと彼の間を塞ぐように割って入ってきた。 「これでよかったのか?」 「いや、だから………うん、ありがとう」 へたにスカル君を庇ったりすれば、余計にリボーン君に痛めつけられるらしいと気付いて感謝の言葉を口にした。 それからさすがにこんな夜中に突然呼び出されたスカル君が気の毒になって、飲み物でも出すべきかと立ち上がる。 「んーと、持ってきた炭酸飲料でもいいかな?なんか飲むよね」 キッチンに向かおうとリボーン君の横を通れば、腕を掴まれて背後にあるソファに押し戻された。 「そこで座ってろ。ツナに免じて水でも持ってきてやる」 言うとリボーン君はオレとスカル君に背を向けてリビングから出ていった。暴君、という単語が浮かんだがそれには目を瞑っていまだ蹲るスカル君に膝をついて近付いた。 「ホントごめん!バイト代わってくれたって聞いたからバイト代渡したかっただけだったんだ。重ね重ねごめんな!」 パンと手を合わせてスカル君に詫びる。それに横を向いていたスカル君が小さくため息を漏らした。 「いい。先輩が理不尽なのはあんたのせいじゃないからな。それよりバイト代、くれるのか?」 「うん、オレもバイトだから大した額じゃないんだけどね」 用意しておいたバイト代入りの封筒をスカル君に手渡すと、それを奪い取るようにオレの手から毟って中を確かめる。 「お、結構あるな。やっぱり学生と社会人じゃ時給が違うんだな」 臨時収入だと喜んでいるスカル君に顔を近付けて店長から懇願された話を持ちかけた。 「もしなんだけど、スカル君はあの店でまたバイトする気ないかな?ああいうイレギュラーなバイトが欲しいんだって。オレと店長だけだと、夜中がうまく回らなくてさ。女の人だと危ないし…考えてみてくれる?」 獄寺くんもいるが、彼はまだ学生だからあてにするには心もとない。その点、スカル君も来てくれれば今回のようなことがあってもどうにかなる。 一言頼んでみて欲しいと言付かってきていたからダメ元で訊ねてみたが、思いの外真剣に考えてくれていた。唸る彼に言葉を重ねた。 「もう少し時給アップしてくれるって言ってたよ。そうだ!店長のメアドに返事してくれって言われてたんだ。そっちにメールして貰えるかな?」 ズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、普段使っているキャリアメールではないメールボックスを呼びだした。 パソコンのメアドと一緒のそれを開くと、またも迷惑メールが大量に送信されてきて辟易する。 だから滅多にこちらのアドレスを携帯では開かないようにしていたのだが、バイト先に登録したアドレスはこちらの方だったから仕方ない。 これだったらキャリアメールを登録すればよかったと思っても今更だろう。当時は黒い暗殺者にメールで脅迫されて勤め始めたのだ。キャリアメールまで危険に晒したくなかった。 ぶつぶつと文句を言いながら店長からのメアドを探していると、携帯を覗き込んでいたスカル君が指を伸ばして呟いた。 「あの人、よっぽどあんたが気になるらしいな。ケータイどころかこっちにまでメールしてくるなんてあんたの全部を知りたいってことなのか?」 「え…」 スカル君の指が示したアドレスに言葉を失くす。 あの人と呼ぶということは彼にはこのアドレスの相手が誰なのか知っているということだ。 突然動きを止めたオレにスカル君は気付くことなく話を進めていく。 「気障なハンドルネームだと思わないか?黒い暗殺者だなんて、普通付けないよな!何様だってんだ!」 自分の言葉に酔っているのか鼓舞する勢いでそのアドレスの相手をなじり始めた。 「あんただろ、ネットゲームで知り合ったってのは」 「なん、で知って…」 どこまで知っているのだろうか。いや、そもそもあいつって誰だ。 耳元がジンジンと熱くなっている。張り裂けそうに鼓動を刻む心音が今の自分の心境を如実に表していた。 今の今まで『黒い暗殺者』が誰なのか、そして目的すら分からずに指示されるまま動いてきた。それが意外な形で明かされようとしている。 震える唇のままスカル君の顔を覗き込んでいれば、鼻に皺を寄せて彼の携帯を取り出した。 「見てみろよ、先輩のスコア!異常だろ、初めてでこれだぜ」 どうやら画面を携帯で撮ったようで、見えにくいながらもハイスコアが並ぶ画面の一番上に見覚えのあるハンドルネームがあった。 「黒い…暗殺者」 「その時期、オレが寝ずに進めてたネットゲームを数時間でクリアしやがって…もっと上手いヤツを探すとか言ってあんたと出会ったんだろ」 だからもうネットゲームはやらないと憤る彼の言葉も上滑りしていく。何を聞いても自分の心臓の音に邪魔されてうまく聞き取れない。 それでもこれだけは聞きたくて自分の携帯のそのアドレスを指さすと、うまく動かない唇をどうにか開いた。 「あ…これ、だれ?」 「誰って、あんた何言ってんだ?」 そこでやっとオレの様子に気付いたのか、スカル君は怪訝な顔でオレから携帯を取り上げるとそのアドレスにポイントを合わせて返信を押した。 そこにリボーン君がペットボトルを手にリビングに戻ってきた。 「てめぇ、何勝手にツナの携帯を弄ってやがる……っと、」 まるでタイミングを計ったように低い振動音が響いて、それにリボーン君が動きを止める。オレの携帯もスカル君の携帯も目の前にあって、ピクリともしていないのだからリボーン君のそれが鳴っているのだろうということは分かった。 まさか、と首を振る。 たまたまだ。たまたまスカル君が送ったメールと時を同じくして受信しただけだ。女の子からのメールがよく届くから、それに違いないと自分に言い聞かせてリボーン君に視線を投げると、本当にミネラルウォーターしか持ってきていなくて苦笑いが漏れる。 ただの思い違いだと、そんなことを少しでも疑った自分がおかしくて無理やり笑っていれば、持ってきたペットボトルをスカル君に放り、オレに断りを入れてからリボーン君は懐から携帯を取り出した。 受信を告げるランプが視界に入り、それを何気なく見ていたオレはリボーン君の携帯画面に表示されていた自分のアドレスに息を飲む。 オレの視線から隠すようにリボーン君の手は携帯をすぐに引っ込めたが、だから余計に本当なんだと知れた。 「今の、なに?…なぁ、教えてくれよ。スカル君は教えてくれないんだ」 まるで笑っているみたいな声が出た。 震えて、上擦って、それからスカル君の手から自分の携帯を取り返す。 また同じように黒い暗殺者へ何も書かれていないメールを送信すると、リボーン君の手の平で振動がして受信ランプが灯る。 「どうしてリボーン君の携帯に受信するのかな?」 意味が分からないと首を振る。緩く振っていた首が、止まらなくなって狂ったように左右を行き来してあまりの振動に眩暈さえ覚えた。 訊ねた癖に知りたくなくて、だけど耳も塞ぐことができない。そんなオレに驚いたスカル君が慌てた様子でオレの肩を掴んだ。 「おい、あんた大丈夫か?何言ってんだ、黒い暗殺者はリボーン先輩だろ?だからリアルで面識を持ったんだろ?」 まるで当たり前みたいに言われて息が止まる。 状況証拠もある。何よりスカル君にはオレに嘘を吐く理由がない。 だけど信じたくなかった。 自分でも強張っていると分かる顔をリボーン君に向ける。こちらを見ていたリボーン君の表情は何も映していなくてオレには分からなかった。 「本当に、リボーン君なのかよ?」 訊ねた瞬間、リボーン君はどこかが痛むような眉間に皺を寄せて小さくああとだけ答えた。 2012.04.26 |