リボツナ3 | ナノ



13.




食事をして、ゲームをして。それから家主でもないのに先に風呂に入っている。
広い浴槽は大人2人がゆうに収まるサイズで、正直一人で入るにはいささかもったいない気もするが、だからといって男2人で入ることも普通はないからこれでいいのかもしれない。
何度か使ったことのある浴室だったが、今までは汚れを落とすためだけにシャワーを浴びたことしかなかったから、こうして湯船に浸かるのは初めてだった。
ちゃぷんと湯船を掻き分けて、寝転がるように足を伸ばしてから、あれから後のことを思い出した。



あの後、何も言われず、何もされないままこうして普通の友だちみたいに過ごしていた。といえども、オレは友だち付き合いなんてしてこなかったから多分だけれど。
それに不満なんてない筈なのに、実際には気持ちの整理がつかないでいる。
好きだと言ったあの言葉も、求めるように伸ばされた手も、全部その場限りの熱に浮かされた戯言だったのかと思うとやりきれない。
そもそも、こうしてリボーン君の家に来るようになったのはバイト先で自慰をしているところを見られてしまったからだ。
その理由を言えずにいたオレに、それならば黙ってやる代わりにと性的な関係を持ち掛けてきたのはリボーン君だった。
相手は高校生だし、女の子には不自由していない様子だったから、ただの気まぐれなんだろうなと諦めて付き合うことにした。学生時代につけられたオレのあだ名は『ダメツナ』だ。諦めることは得意だった。
その内飽きるさと高を括っていたのに、突然現れた女性の影にオレは動揺した。
そんなオレをリボーン君は誤解したのか手酷く淫行される。指で身体の奥底まで抉られて、嬲られて、どこもかしこも触れて刻みつけられた行為に心と身体は音を上げた。
倒れる寸前まで意地を通したオレを、無理やり休ませて家に連れ帰ったのはリボーン君だった。オレが目覚めるまで傍に居て、自分のしたことに反省の色をみせてから少しずつ変わり始めた。だけど。
好きだと言われても、信じられなかった。
オレはどこにでもいる普通の男だし、相手はあのリボーン君だからどこまで本気なのか分からない。
言われた言葉をどこまで信じていいのか探っていれば、これだ。


先ほどまでのゲームでは、今までのセクハラが嘘のように一定の距離を置かれた。これが普通だといえば、そうなのだろう。
だけど触ることが当然とでもいうように、常に後ろから抱きかかえるように座らされていたのだ。それが今までのことが嘘だったみたいにきちんと座イスを用意されて、ひとつにリボーン君が座って、もうひとつあったから驚いた。
リボーン君の顔色を伺っても、気付かないと言わんばかりに無視されてよく分からないながらも自分もそれに倣った。
その時は少しおかしいなと思った程度で、それもすぐにゲームに熱中しだしたオレはまあいいかと深く考えることはしなかった。
いつもより2人でゲームや会話が弾んだことに気をよくしていたオレは、気が付けば12時を越えていたことに気付いて怯えた。
以前ならば『寝る』ということは寝転がりながら身体を弄られたり、互いの起立を扱きあったりすることだった。
気持ちがいいこともしてくれるし、嫌なことばかりじゃなかったことは認める。だけど、また同じように一方的な愛撫やら自慰のような手淫やらを気持ちいいと思えるかといえばかなり微妙だ。
それに後ろだけでイかされ続けたことは、トラウマにまではならないまでも心に影を落としていた。
時間に気付いたリボーン君がゲームの手を止めて、こちらを振り向く。自分でも分かるほどビクリと肩が震えて強張ったオレの顔を見たリボーン君は、それに何も言うことはなく立ち上がった。
変わらないかと諦めて顔を伏せていたオレの横をあっさりと通り過ぎ、リボーン君はオレに声を掛けることなくリビングを出ていってしまった。
いつにない行動に顔を上げて様子を伺っていれば、少しの間の後にバスタオルを手にしたリボーン君が現れた。

「もう少ししたら風呂がたまる筈だ。先に入って来い」

「え、えぇぇえ?」

一緒に入ってやると言われたことはあっても、一人で入って来いとははじめて言われて驚きに目を瞠る。
茫然と見上げているだけだったオレの腕を引くと、立ち上がらせて背中を押しリビングから追い出されて今の状況となった訳だ。
だから、戸惑っている。
好きだと言われたことや、夕方の一件は嘘だったのだろうか。嘘とまではいかないが、その場のノリというヤツだったのか。
やはり男なんて飽きるし嫌に決まってると分かっていたけど、こうもあっさり手のひらを返されれば不満も…。

「って、不満てなんだよ!」

思わず自分で自分に突っ込みを入れる。
あんなこと、されないに越したことはない。自分の手より大きな手が身体中のあちこちをまさぐり、口付けを落としていく感覚を思い出して身体の芯が熱を持ち始めた。
湯船のせいだけじゃない熱さにハッと浅い息を吐き出して、振り払うように頭を振るとバスタブから立ち上がる。
ウジウジ考えてもどうにもならないことは知っている。オレが何を考えようと、何を思おうとも、選択権はリボーン君の手の中にあるのだ。
オレは言われた通りに従うだけ。オレの意思なんて最初から介在していないのだから、嫌もいいもなかった。
シャワーのコックを捻り、少しぬるめのお湯を頭の上から被る。
そう、オレとリボーン君はそういう関係だった筈だ。
身体を好き勝手にすることには飽きたのだろう。次は何を要求されるのかと思うと、怯えとは別に胸の奥がチクリと痛んだ。
それには気付かないフリをして手早く髪を洗うと、流す指を手荒く掻き混ぜた。







それから2度ほど同じようにリボーン君に呼び出されて夜を一緒に過ごした。
以前のような扱いは一度もされることないからオレで遊ぶことには飽きたということで確定だろう。
借りて来たDVDを観たり、それに飽きてオレがソファで寝てしまっても起こされるでもなく、ただ隣に居てくれた。
これが普通の友だちというヤツなのだろうか。オレには分からない。
隣に居て、バカなことを言い合って、それから同じ時間を共有する。そこにはオレの居場所があるような気がして、ここに居てもいいんだと言われているみたいな気になる。
思いあがりも甚だしいと自戒する端から受け入れられて、ずぶずぶと深みに嵌っていった。
バイトを終えて自宅に帰りつき、一日の休みをどう過ごそうかとパソコンの前で考えていれば携帯電話にメールが届く。
メールを開けばやはりリボーン君からで、オレが探していたファミコン時代のレトロゲームを見付けたとある。すぐに遊びに行くことを返信しようとして、我に返った。

「本当にこれでいいのかな…」

「何のこと?」

独り言に返事があるとは思ってもみなくて、突然後ろから掛かった声に飛び上がるほど驚いた。

「なっ!か、母さん?!なんだよ、一体!」

自室のドアを開け放していたことも忘れ裏返った声をあげて振り返ると、母親が洗濯物を手にドアの前からこちらを覗き込んでいた。
呟きを聞かれたことよりも、母親のオレを見る視線に眉を顰める。

「…なんだよ」

ジロジロと上から下まで眺めていた母親は、年齢を感じさせない顔を考え込むように傾げてから何を思い付いたのかパッと顔色を明るくした。

「何が違うのかなって思ってたけど、うん、そうね!最近のツナは綺麗になったわね!」

「は、はぁぁあ?何言ってんの?」

少なくとも息子に言う台詞じゃない。それとも自分とよく似た息子を褒めることで、自画自賛でもしたいのだろうかと呆れてため息を吐いた。

「誤解しないでね?顔が云々じゃなくて…何ていうのかしら?色っぽくなった、とでも言うのかしら?」

益々意味不明だ。
以前から好きだった子は今では手の届かない存在になっているし、最近はバイトとリボーン君の家とこの自宅の往復だけしかないのに、出会いなんてある訳もない。
相手にしてられないと顔をパソコンに戻せば、母親は手にしていた洗濯物をオレのベッドの上に置いて後ろに近付いてきた。

「…なんだよ、まだ何かあるのかよ」

気にしないと言い聞かせても、含み笑いを漏らす母親の気配に居心地が悪くなる。

「うふふ…!自分でも気付いてないのね。我が子ながら本当に鈍いんだから!」

「気持ちの悪い笑い方するなってば!本当にそんなの居ないって!」

睨み付けるようにパソコンの画面を追っても、母親の言葉に動揺してちっとも頭の中に内容が入っていかない。
手に持ったままだった携帯を隠すように膝の上で持ち直すと、それを覗き込む母親の顔が反射してモニターに映った。

「好きな人に出会える確率なんて本当に少ないのよ。ツナの想いはツナにしか伝えられないわ。好きだと思ったら告白してみなきゃね?」

家光さんとの出会いを思い出しちゃたわ〜!とはしゃぐ母親を尻目に、俯いた視線の先にある携帯を親指で弄る。

「…そんなの、うまくいったから言えるんだろ」

不貞腐れたような声を出して呟けば、それを聞いていた母親は頬に押し当てていた手を外してケロリと言った。

「いいじゃない。ふられたって、死ぬ訳じゃないのよ?」

「そうだけど!」

人ごとだと思って好き勝手を言う母親に顔を向ければ、意外と真面目な顔でこちらを見ていた。

「…一時、すごく様子のおかしい時期があったわよね?それからすぐにバイトを始めるって言いだして、自分がすごく張りつめた顔をしてたの知ってた?」

気付かれていたとは思わずに目を瞠る。そんなオレを見詰めたまま、母親はまた口を開いた。

「何かあったのかなって心配したわ。だけどツナったら何も言ってくれなくて……父さんに電話しても、ツナももう大人なんだから少し様子を見ろって言われて母親って無力だわって思ってたのよ」

苦笑いを浮かべる母親に顔が上げられなくなる。心配させまいとしたことが、かえって心配させていたのだと知って返す言葉もない。
俯いたオレの頭の上で鼻をすする音がして、バツの悪さに肩を窄めていると、母親のため息が聞こえてきた。

「どんなに辛い恋でもそこにツナの想いがあるなら誰に言われる筋合いもないわ。母さんはツナを応援するだけ!幸せになって欲しいけど、その幸せの形を押し付ける気はないのよ」

生きているだけでいいと笑う母親の声に、今までどれだけ心配させたのかを知る。思えばニートになって、家でゲームばかりしていたオレを気にしないなんてある訳がない。
気付かずに注がれ続けていた無償の愛情を感じて、こんな自分でも必要とされていることに価値を見出せたような気がした。
そしてバイトを始めたことで広がった世界は、自分の居てもいい場所が出来たんだとやっと今思えた。
自らが動き出すことで手に入れたそれらを思い浮かべていれば、母親は眦を擦ってからまた含み笑いを浮かべて顔を寄せてくる。

「それで、ツナの好きな人は年上なの?それとも人妻かしら?」

「違うよっ!」

まだ追求したかったらしい母親を追い出すと、手に持ったままだった携帯電話に向かい合う。
正直、ハードルは高い。
相手は男で、自分も男で。しかも彼はモテるし、オレは女っ気どころか人と触れ合ったことすら皆無だったから、勘違いしていないとも言い切れない。
やめようか、いややっぱり…と部屋の中を何十回とウロついてから息を止めて携帯に指を伸ばした。

『聞いて欲しいことがあるんだ』

と短いメッセージを書き込むと、送信ボタンを押した。


2012.04.23







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