リボツナ3 | ナノ



11.




深夜から明け方にかけてのバイトが終わると、毎度のように寝不足気味な獄寺くんと別れて自宅へと向かう。
帰る道すがらリボーン君からメールが届いて、意外とマメなことに驚きつつも、2日ほどバイトを代わってもらったパシリ君とやらにお礼がしたいと返した。すると即座に返信が届く。

「んん…?パシリが付け上がるからいらないって、どういう友だち関係なんだろ?」

学生時代、自分もパシリだなんだと同級生や上級生にこき使われてきたことを思い出した。
少々どころではなくパシリ君に同情しながらも、どうにか代わってくれた日数分のバイト代だけでも渡したいとまた送り返す。
送信ボタンを押して数十秒後、ズボンのポケットに入れていた突然携帯電話が鳴り出した。
自慢じゃないが自分の携帯電話が鳴ったことなんて数えるほどしかない。
基本的に友だちらしい友だちもいないオレは、メアドを交換したことさえ片手で数えられる程度だ。
最初は誰の着信音だと辺りを見渡して、けれど住宅街のど真ん中を歩く人影はオレ以外ないから、そこでやっと自分の携帯電話の電話機能に気付く。慌ててポケットに手を突っ込んで携帯を取り出した。

「もしもし?」

『遅ぇぞ、何してた』

朝、バイト先で別れたときには上機嫌だったのに、今は何故か不機嫌な声になっている。
どうしたのかと首をひねりながら、まさか自分の電話の着信音が分からなかったなんて言えないから、バイト帰りに買ってきたコンビニのフランクフルトと炭酸飲料で両手が塞がっていたんだと誤魔化した。
確かに手にしているし。

『お前はただでさえガキっぽい面してやがるんだから、買い食いしながら帰んなよ』

補導されるぞとからかわれて、心当たりがあるオレは声を荒げた。冗談じゃなく、働きはじめてから2度ほどお巡りさんに補導されかけた覚えがあるからだ。

「一言余計だよ!っとに、それでなんでこんな時間に電話してきたんだよ!」

時間は9時少し前だ。そろそろ授業が始まる時間だろうと訊ねれば、まだ大丈夫だと言われて納得できないながらもふうんと頷く。

『そんなことより、お前のことだ』

「へ?オレ??」

何かしただろうかと手にした電話を眺めていると、電話口から低い声が聞こえてきた。

『どうしてパシリばかり気にするんだ?』

「どうしてって…」

普通は気になるだろう。あんな夜中に突然呼び出された上に、2日もオレの代わりをさせられたのだから、申し訳ないと思うことは普通だと思う。
それを理解できないらしいリボーン君がおかしいんだと言えば、電話の向こうが無言になった。
よほど彼に声を掛けたくないのだろうか。ならばと別の案を出してみた。

「じゃあさ、スカル君の携帯の番号かメアド教えてくれよ。自分で連絡取ってみるから」

『……』

無言のままで返事もないことに電波が途切れたのかと耳をすませば、電話の向こうから苛立ったような舌打ちが聞こえてきた。

「おい?」

やはり聞き取れなかったのかと電波の繋がりのいい場所を探してウロウロしていると、リボーン君の声が届く。

『いいじゃねぇか、パシリぐらい。そんなに他の男が気になるってのか?』

「ええ?」

言いがかりのような言葉に返事のしようもなくて情けない顔になる。ただお礼がしたいだけなのに、どうしたら伝わるんだと回転のよろしくない頭で考えて…ふと思い付いた。

「なあ、それって焼きもち?」

軽口のつもりで言えば、電波の向こうでブッと吹き出す音が聞こえてくる。手にしていたフランクフルトの棒を振って、冗談だって!と慌てて前言を撤回するとリボーン君がもっと低い艶のある声で呟いた。

『そうだぞ。オレが妬いちゃおかしいか?』

まるで口説かれているように耳元で囁かれて目を瞠る。自分の顔が赤くなったことを自覚しながら、誰にも見られていないことを確認して小声で電話の向こうに抗議した。

「ななな何言っちゃってるの?!おまえ、そこ学校だろ?聞かれるって!」

『それがどうした。聞きたきゃ聞きゃいいだろ。オレはちっとも恥ずかしくねぇぞ。お前のことが好きだといくらでも言ってやる』

わざと聞かせたのか、リボーン君の後ろから女の子の悲鳴が聞こえてきた。これで今の話を聞かれたことは確定だ。
早朝のファーストフードにまでリボーン君を追ってくる女の子がいるぐらいだ。先日の一件も詳しくは聞いていないが、家に押し掛けてくるほど思い詰めていたのだろうと思われる。
そんな女の敵…じゃない、世の女性の秋波を一心に受けているようなリボーン君を一人占めしてもいいのだろうか。
返事を保留にしたままでいるから、意趣返しとしてからわかれるのだろうかと思えど、うまい返答なんかオレにはできない。

「と、とにかく…パシリ君に言っといてよ!都合がつかないならオレ学校まで行くからさ!」

聞かなかったことにしてそう言付ければ、電波の向こうからため息が漏れた。

『そんなにパシリに会いてぇのか?オレだけじゃ不満だってのか?』

「へへへ変なこと言うなよっっ!だから、代わってくれた分のバイト代を渡したいだけだって!」

とんでもない方向へとすり替わっていく話を、どうにか引き戻して懇願する。

「頼むよ……な?」

そもそもパシリ君の本名も知らないのだ。獄寺くんに訊いてみたけれど、学年が違うということとリボーン君のパシリだということ以外知らないと言われてしまった。
いくらリボーン君の頼みで代わってくれたとはいえ、オレが本当に助かったことは事実だ。お礼がしたかった。
電話の向こうのリボーン君に拝みこむように縋れば、数瞬の間のあとに分かったという不承不承ながらの返事をどうにか取り付けた。

『代わりに今日はうちに来るんだぞ』

「え…っ、う」

あんなことがあって、しかも今はリボーン君に押し切られそうになるほど甘い言葉攻めにあっているから素直に頷けない。
もうしないと言われても、ならばとノコノコ出掛けるバカがどこにいるだろうか。

『オレがお前の家に向かってもいいが、そうすると後ろの女子もついてくるかもしれねぇな』

それは困る。というか、それを狙ってそんな場所であんな台詞を吐いたんじゃなかろうか。
じっとりと手のひらに汗が滲んだことを自覚する。
リボーン君の追っかけになじられる想像をして、慌てて首を横に振った。女の子の本気はガチで恐ろしい。

「分かった…先に待ってるから」

それ以外の返事は出来なかった。









リボーン君の学校が終わるまで、まだ時間はあるからと一度家に帰ることにした。
明日はバイトがないからこのまま起きていてもいいが、リボーン君の家にいって寝てしまうのも無防備だと思う。だから少し昼寝する程度でいいかと居間に転がって船を漕いでいた。
オレにだって人並みに危機感ぐらい持ち合わてるんだと言い聞かせ、そんな自分にハタと我に返って赤面する。

「イヤイヤイヤ!違うって!」

誰に聞かれた訳じゃないのに、自分で思わず突っ込みを入れる。手を顔の前で振り、それを誤魔化すように咳払いをしていると、庭で洗濯物を干していた母親がひょいと顔をこちらに向けた。

「どうしたの?また顔が赤いわよ」

「なん、なんでもない!なんだよ!」

妄想に耽っていた自分を知られたくなくて照れ隠しに切り返せば、母親は気にした様子もなく小首を傾げた。

「ふうん…。ねぇ、ツナ。この前ツナに頼んで通販の取り寄せをお願いしたじゃない?それがまだ届かないのよ。一ヶ月以上過ぎているし、本当に欲しかったものだからメールでどうなってるのか訊いてくれないかしら?」

「ええ?まだ来てなかったのかよ。分かった、訊いてみるよ」

夜勤明けのぼんやりした頭を振って、居間の畳の上から立ち上がる。そういえば、しばらくメールを覗いていなかったことに気付いた。
迷惑メールの仕分けが面倒だなと埒もないことを考えて2階にのぼっていく。
オレがバイトの間に母親は勝手に部屋に入ったのか、カーテンは全開に開かれている。見られて困るものもないと思いながら、パソコンに指を伸ばすと電源を入れた。
すぐに起動画面が現れる。
それに目を奪われていて、気が付いた。

「あ…っっ!ヤバ!!」

どうして今まで忘れていられたのか、不思議でならない。
リボーン君とのゴタゴタでパソコンを起ち上げることもしていなかったから、かれこれ2週間ぶりになるだろうか。
眠気も吹っ飛び、焦るオレの気持ちを試すようにパソコンの画面がゆるやかに起ちあがっていく。
ウイルス対策ソフトが起動すると、久しぶりの自動更新が始まって苛々と画面を睨みつけた。

「ああ、もう!」

端折る訳にはいかないそれが終わるまで待つ。
やっと通常の画面に戻ったパソコンにマウスを走らせて、もどかしい思いでメールをクリックした。
わずかなタイムラグで受信を開始したサーバーには1000を超えるメールが流れ込んでくる。
それを目で追っていくも、あまりの速さに夜勤明けの頭はついていけない。
大人しく全て受信するまで待つこと4分。受信トレイにポインターを合わせて開いた。
しかし、

「…ない?」

いくら探しても『黒い暗殺者』のメールは見当たらない。
見落としているのかもと迷惑メールフォルダも覗いてみたけれど、やはりなかった。
自慰の写真を撮れと言ってはみたものの、本当にオレが撮るとは思わなくて引かれたのだろうか?
リボーン君に撮られたそれを、恥を忍んで添付したというのに何もリアクションがなくて拍子抜けする。
罵倒なり、脅迫なりが返ってくると思っていたのに。
何か他の手でオレを脅迫する気なのだろうかと、出会ったゲームサイトにアクセスしてみるも、そんなIDは存在しないと画面が告げてくる。
ほっとするより、不気味さに胸が重く塞がれていくようだ。

突然消えたIDと音信不通を前に、どうすればいいのかオレは分からなくなった。


2012.04.19







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