10.久しぶりの高熱に過保護になってしまった母親を追い払って、とにかく寝たいからと部屋から追い出すと一人になった部屋の天井を見詰めながら布団を引き寄せた。 鼻の頭まで被り、今はいない人物の名残を確かめるように額に手を伸ばす。 思い出すだけでまた熱が上がりそうだと思いながら、それでも思い出さずにはいられない。 傍にいたいなんて真顔で言われて言葉もなかった。そもそも男に言う台詞じゃない。 そう返すことも出来ずに顔を赤くしてしまえば、リボーン君はオレの髪から手を離して顔を寄せてきた。 すっと通った鼻筋の下にある唇。女の子みたいに艶やかでもなければ、ふっくらともしていないのに、緩く結ばれた口許は官能的ですらある。 あの唇にされた数々の所業が突然フラッシュバックするように頭の中に思い浮かんでパニックになった。 「やっ…!」 咄嗟にリボーン君の顔を突っ撥ねるも、その手を左右に取られる。自分よりも大きな手が縫いつけるようにオレの腕をシーツに押し付けて身体が強張った。 情けないが怖いものは怖い。自分の意思を無視され続けた昨晩の行為は自分が思っていた以上に身体は覚えている。 気持ちいいよりも、機械的に吐精させられた記憶にガタガタと震えていれば、目の前の顔がわずかに歪んですぐにオレを拘束していた腕は離れていった。 何もされないことに心底ほっとしたのに、遠退いていった体温を追いかけたくなる。 自分で自分が分からない。 気まずさに視線を逸らすと、リボーン君の手がまたオレの髪に触れた。壊れ物を扱うような手付きに強張りが解けていく。 掻き分けるように額にかかった一房の髪を横に流されて、気持ちよさに目を閉じれば額に息が掛る。 慌てて開いた瞼の先でリボーン君の唇が迫り、それに口を挟む間もなくリップノイズを響かせて額に唇を落とされた。 「んなっ!?」 飛び退くように離れていった顔はひどく色っぽいのに、どこか年相応のこどもっぽさが垣間見える。 そんな悪戯に成功したガキ大将みたいな笑顔にぎゅっと心臓が掴まれて、ドキドキと心臓が高鳴った。 そんなオレの気も知らないでリボーン君は笑う。 「もうやらねぇから怯えんな」 「怯えてなんか…!」 経験の浅さを指摘されたようで反射的にキッと睨めば、それに肩を竦めるとベッドの横に手をついて降りていく。 オレを覗き込むリボーン君の顔が遠くなったことに心細さを覚えてリボーン君のシャツの裾に手を掛けると、その手を掴んで口付けてきた。 手の甲に触れた唇の感触と、気障な表情に慌てて手を引っ込める。 「なん、なっ…っ!」 2度もしてやられたオレはうまく怒鳴れなくて口籠った。顔は多分言われるまでもなく赤くなっているだろう。 気恥ずかしさで隠すように手で顔を覆うと、その隙間からリボーン君が顔を覗かせた。 「もうやらねぇじゃなくて、もう嫌がることはしねぇ…だな」 「え?」 どういう意味だろうと手を退けて見上げると、降参とでも言うように両手を上げるリボーン君の姿があった。 それに首を傾げる。 「急ぎ過ぎた自覚はある。突然ツナの可愛い痴態を見て舞い上がっちまったなんていい訳だな」 「バッ!」 なにを思い出しているのか随分といやらしい顔で笑うリボーン君の言葉に、一番最初の自慰を見られたことまで思い出すと血が沸騰しそうなほどくらりとした。 幸いなことに寝ている状態だから倒れずに済んだが、代わりに逃げ場も隠れる場所もなくて赤い顔のままリボーン君の視線に晒され続ける。 「ずっと気になってたヤツのエロい姿に興奮しない男はいねぇだろ?」 「そ…っ、ええぇえ?」 ずっと?それっていつからなのかと聞きたい気持ちをどうにか抑えて、一番訊ねたかったことをおずおずと口に出す。 「かわいいとか、エロいとかって……その、普通男には使わないと思うんだけど」 「そうか?」 話の腰を折られて口籠る。 だけど、あの夢と現の狭間で聞いた答えが知りたい。 やっぱり自意識過剰なのかもという逃げたい気持ちを押し込めると、ごくりと唾を飲み込んで気持ちを奮い立たせて口を開いた。 「…オレのこと、す…すき?」 だけど自信がないから震えるような声で訊ねれば、上げていた両手をオレの顔の左右に押し付けて顔を覗き込まれた。 「好きだぞ」 ふっと笑みを含んだ顔を見ていられなくなって布団を被った。自分で訊ねた癖に居たたまれないほど恥ずかしい。 どうしてオレみたいなヤツをと思えど、もう口も開くことが出来なくて膝を抱えて芋虫のように丸くなる。 そんなオレの背中を布団越しに軽く叩くと、ゆっくり休めよという台詞を残してリボーン君は部屋から出て行った。 熱のせいだけじゃなく、頭がふわふわする。 自分が男を好きになったことも信じられなかったが、それが実るなんて思ってもみなかった。 いつでも片思いで、しかも相手に自分の存在すら気付いてさえ貰えないオレが、どうしてリボーン君みたいな相手に不自由しないタイプになんて。 あそこまで言われても嘘なんじゃないのかと疑う自分を捨てきれない。 額に手をやれば、唇の温かさがまだ残っているような気がした。 2日ほど寝込んだオレは、店長にお小言を貰ってから復帰することになった。 どうやらオレの居ない間、獄寺くんとオレの代わりに入ってくれた子との間でトラブルがあったらしい。詳しくは聞いていないが、おおよその見当はつくからすみませんでしたと素直に頭を下げて夜の店内へと足を踏み入れた。 「沢田さんっ!!」 犬のしっぽがついていたらきっとはちきれんばかりに振っているだろう獄寺くんの声に顔を上げて笑顔で応えた。 「2日もごめんね?大丈夫だった?」 きっとオレ以外のバイトとつのを突き合わせたんだろうなと知りながら、それでもこの前のことを気にしていないというつもりで訊ねる。 「はい!全然平気っす!沢田さんこそその後のお加減は?」 それに何気なく応えた獄寺くんはただの世間話のつもりで声を掛けてきたのだろう。だけどオレはその言葉に咄嗟に顔を作ることも出来ずに頬が染まった。 「や……あの、ちち、違うんだ!」 何が違うのか自分でも分からないのに、とにかく何か言わなければと焦れば焦るほど言葉がうまく出ない。 妙な汗は出るし、顔の熱はちっとも収まらなくて余計にどもった。 「あああ、あのさ!」 「大丈夫です。オレ知ってますから」 オレの顔を見て肩を落とした獄寺くんは、オレに背を向けるとフライヤーの前に歩いていく。 店内の時計を見上げれば、まだオレの交代時間には少し間がある。お客さまも今はレジにいないから少しだけと獄寺くんの傍に寄ると、獄寺くんはぐっと握りしめていた拳で顔を拭いはじめた。 「リボーンさんとお付き合いすることになったんすよね?あの日に想いを確かめ合ったと聞いて…うっ……うう」 「おも、おもい?!」 どこまで知っているのかと焦っていると、後ろからお客さまの入店する音が聞こえてきて獄寺くんを振り切るように慌てて振り返る。と、 「いらっしゃいま…」 いつものように声を上げたその先に、今まさに話していた人物が出入り口の扉を押して現れた。 オレに気付いたリボーン君が軽く手を上げてレジに向かってくる。 まだオレの時間の前のアルバイトがそこにいて、それを押し退けることも出来ないから手を小さく振るとふっと眼を細めてオレに笑い掛けた。 するとアルバイトとそれを見ていたらしい女の子たちの歓声が上がる。 そんなことはいつものことで、一々気にも留めていなかったのに今日は眉が寄ることを止められなかった。 レジの前に立ってメニューを眺めているリボーン君を肩越しに振り返っていれば、妙な声が聞こえてきた。 「うう…うっ」 「ご、獄寺くん?」 唇を噛んで目にはうっすらと光る何かを浮かべながらもポテトを揚げ続けている獄寺くんに声を掛けると、頭を振ってフライヤーから顔を上げた。 「大丈夫っす!分かってたことですから!」 何を分かったのかは知らないが、必死にポテトに塩を振りかける獄寺くんは鬼気迫るものがあった。 それかけ過ぎなんじゃと思いもしたが声も掛けられずに頷くと、はしゃぐバイトの子に近付いていった。 2012.04.17 |