7.母親が持たせてくれたおかずとつまみの入った袋を提げて渡されている鍵に手を掛けた。 押したチャイムに返事がないからいつものように解錠して中に入る。 いつ来ても生活感のないマンションだと思いながら、踏み入れた先に見覚えのある靴があってその隣にピンヒールが重なるように置かれていてギクリとした。明らかに女性のそれを見て知らず眉が寄る。 人を呼びつけておいて、女を連れ込んでいるのか。どうしてなのか分からないが、胸が塞がれたように苦しくなった。 そんな自分を認めたくなくて逃げ出そうと後ろ手に玄関のドアノブを掴んでいると、玄関に続く廊下の奥から人の気配がやってきた。 「どうした?そんなところでボサッとしてやがって」 オレが逃げ出すより先に目ざとくオレを見付けたリボーン君がそう声を掛けてきた。それにどう返事をすればいいのかと迷っていると、リボーン君に腕を掴まれていた妙齢の女性がその腕を振り解いて空気を切る勢いのままオレとリボーン君の間を裂くように玄関へと向かってきた。 ロングヘアの綺麗に手入れされている髪がふさりと宙に舞い、母親というには若すぎる女性の横顔を見るとはなしに視界に入れた。 自分とは似ても似つかない綺麗な人で、リボーン君の隣が似合う女性だと思った。 「もう二度と逢わないわ」 「そうしてくれ」 「ッツ!」 捨て台詞を逆に切って捨てられた女性の顔が歪む。事情も分からず茫然と眺めているだけだったオレに、チラリと視線を寄越した女性は泣きそうな顔でオレを睨むと、オレの手からドアノブを奪って玄関の向こうへと消えて行った。 パタンと玄関に響く音に気にする様子もなくリボーン君はオレに背を向ける。 「な、なあ!オレ帰るからさ、あの人呼び戻してやってよ」 居心地の悪さにそう口に出してしまえば、リボーン君は歩く足を止めてオレを振り返った。 「これはオレとあいつの問題だ。ツナには関係ねぇな」 「でもさ!」 オレが食い下がる筋合いもないが、ほんの一瞬だけ見えた女性の涙がどうしても離れない。オレのせいで女性が振られたなんて思わないが、オレが訪ねて来たせいで追い返されたのだとしたら申し訳ない。 そもそもオレもリボーン君から呼び出されたのだから、一番悪いのは鉢合わせをさせたリボーン君だと思う。 だけどひょっとしたらあの女性が突然訪ねていたのかもしれない。 よくよく思い返してみれば、リボーン君の部屋にも居間にもキッチンにも人が居た気配がなさ過ぎる。 モデルルームのように整頓されたマンションはリボーン君のご両親が海外出張のためにハウスキーパーを雇っていると聞いたことがある。しかしそれも週に一度、清掃のみという契約だからリボーン君はオレと違って片付けることが苦ではない性格なのだろう。 彼女が居るならオレをこんな風に気軽に呼び出せる訳もないし、部屋に気配は残るだろうからいくらオレでも分かる筈だ。 考えれば考えるほど先ほどの女性が突然訪ねて来たことが正解で、それを非難するように食い下がったオレの方が悪い気がする。 ここはオレが悪かったと謝ってしまおうかと顔を上げると、そんなオレを見ていたリボーン君の眉間が寄って渋面になった。 「…いくら言っても信じられねぇ、か」 言われてオレがリボーン君の言葉を信用していなかったことに気付く。こんな関係になって、一番最初に彼女が居るだろう、その子に悪いと思わないのかと詰れば、リボーン君はそんなモンいる訳ねぇだろと返してきた。 キスをするたび、身体に触れられるたびに、男だからと逃げようとするオレにお前しかいないと睦言を繰り返されて流されていたのは誰だったのか。 その場限りの言葉だとどこか引いていたオレは、一歩引いていたのではなく信じられなかったんだと今頃気付く。 だけど素直になんてなれる訳がない。 オレを脅してこういう関係を迫ったリボーン君のどこを信じればよかったのだろう。 返す言葉を持たなくて黙り込んだオレをじっと見ていたリボーン君は、靴を履いたままのオレの腕を掴むと強い力で引っ張り上げた。 「ちょ、オレ靴が…」 靴も脱がしても貰えずに廊下に踏み入れた足元を見て慌てる。そんなオレに構うことなくリボーン君は腕を引っ張ると今度はオレを担ぎ上げた。 ふわりと身体が浮いて、まさかと思う間もなく足が地面から離れていく。 「ひぇ…!」 突然の行動に驚いていれば、リボーン君は肩の上で暴れるオレを気にした様子もなく歩き出した。 「リ、リボーン君っ?!」 宙に浮いた状態でリボーン君の顔を覗き込もうとしても体勢的に難しい。怒らせたのか、それとも…。 見えない顔が見たくて足をバタつかせていれば、いつもは入らない一番奥のドアの前に立った。 ここに来たばかりの頃、リボーン君の寝室だと聞いていたそこだと気付いて後ろに首を回していると、リボーン君はオレを肩に抱えたままそのドアを開けてまた歩き出す。 初めて入ったリボーン君のプライベートな空間。どうしてよりも興味が勝り、気がそちらに向いていた隙をつかれて突然身体を宙に放られる。 「うわ、ぁ!!」 ドスンとくる筈の衝撃は思ったほどではなく、自重のせいで何かに沈み込んだ身体が同じ力で押し戻されて目を白黒させた。 「言って分からねぇならこれしかねぇか」 返事をする間もなくリボーン君がオレの上に伸し掛かってくる。 肩を掴まれ、押し倒されてそこがベッドの上だったと気付いた。柔らかいベッドに沈み込んだ身体は思うように動かなくて、手足をバタつかせてもリボーン君を押し退けることも出来ない。 「何で…っ」 どうしてこうなったのか分からない。怒っているのか、それとも単にしたくなっただけなのかすらオレには分からなかった。 リボーン君のことを何も知らなかった自分に気付いて、そんな自分の鈍さに焦る。 「ここを……こうして広げて中に入れば、『関係』はできるぞ」 「ひっ!」 笑いながらズボンの上から尻の間を指で撫でられて息が詰まった。 やっぱり女性との関係に首を突っ込んだお節介なオレを疎ましく思っているらしい。いつもは嫌だと言えば引いてくれる手が、今日は執拗にそこばかりを擦っていく。 首を振って手で身体を押し返そうとしても、伸し掛かる重みに逃げ出す糸口を見出せず焦りばかりが募った ダメだと思うのに慣らされた身体からは力が抜けて、無理やり重ねられた口付けに意識がトロリと溶けていく。 そんな場合じゃないのに、リボーン君とのそれは拙い自慰なんかよりよっぽど気持ちいい。 食い千切られそうな勢いの、舌と舌を絡め合い唾液を飲み込んでいく行為に知らず身体が火照り、それを吐き出すために声を漏らせば、塞がれていた唇をリボーン君はわずかに離してぺロリと舐め取る。 「そんなにイイ顔しやがって、なにが嫌だ」 自分がどんな顔を晒しているのかなんて知らない。リボーン君の唇が動くたびにビクビクと震える身体が、たとえどんなにリボーン君を求めていても、心はどっちつかずのままふらふらと彷徨っている。 リボーン君を想っている子がたくさんいることをオレは知っていた。リボーン君目当てで朝のファーストフードまで追っかけてくるほどだ、真剣なんだろう。道を歩けば振り返る女性のなんと多いことか。 それを見て最初は羨ましいと思っていたのに、今は。 先ほど見た女性の綺麗な面差しに、言い知れぬ不安が湧き上がっていたことを認めてしまおうか。 繰り返される甘い口付けを堪えるように目を閉じ、リボーン君の手の行く先を肌が捉える。 シャツの裾を捲られて肌の上を滑る手の冷たさと唇の熱さに吐息を漏らせば、もっと下からカチャカチャという音が聞こえてきて閉じていた瞼を薄く開いた。 覗き込んだ先には取り払われていくズボンと下着が見えて、慌てて下肢を手で覆った。 「今更だぞ。ツナがどんなにいやらしくココを濡らしていたのか、もう見えた」 「っ、あ」 低い声だけで手の中の起立がビクリと跳ねる。それを知られまいと顔を伏せて手で抑え込むも、先からは期待に体液が滲み手を汚していく。 膝を立てリボーン君の目から逃れようと身体を縮めれば、リボーン君の手はシーツと身体の隙間から入り込んで尻の奥に辿りついた。 「ゃ…!だめ、だめっ」 オレの声なんて耳に入ってもいないかのように、指は中へと吸い込まれていった。 ず、ずず…と容赦なく開かれる痛みに身体は強張って、呼吸が乱れて考えが纏まらない。 こんなことしたらダメだと思うのに、どうしてダメなのか理由が思い浮かばなくて混乱する。 リボーン君の言う通り、今更じゃないかとどこかで声が聞こえた。そう、今更だ。流されて口でイかされたことも、イかせたこともある。自らの竿と彼のそれを擦り合って達したことだって数え切れない。 楽しむ術がまたひとつ増えるだけじゃないかと露悪的に唆す声を、小さな警鐘が遮った。 「やめろ…っ、やめて!」 どうにか動いた足でリボーン君の肩を蹴ると、中で蠢いていた指が止まり伸し掛かっていた身体がわずかに離れた。 「ツナ、」 「お、オレは男だから…。興味だけでそんなこと、出来ないよ」 だからごめんと身体をベッドの上から引き揚げようとすれば、すぐにリボーン君の手が伸びてきてまた引き摺り戻される。 「興味だけでこんなこと、できると思ってんのか?」 言うとオレの中にいたリボーン君の指が容赦なく奥へと突き進んできた。強引に力で掻き分ける指に息が止まる。 痛いと口に出せないほど身体は強張り、拒絶するように指を締めあげていく。激痛に食いしばった唇を上から力ずくで重ねられて、やっと息を吐き出すことを思い出す。 ハッと吐いた息のお陰で身体から力が抜けて、和らいだ痛みの先で指がぐるりと円を描く。そこにわずかな快楽を見付けて声が漏れた。 「ん、ふっ…あ!」 一度漏れ出た声は止められず、指を動かされるたびに痺れるように身体の端まで広がっていく。今まで経験したこともない淫らな誘惑に仰け反ると、縋るものを求めて伸し掛かる身体に手を伸ばした。 「なあ、ツナ…そういうお前こそ、気持ちよけりゃ誰でもいいんじゃねぇのか?」 酷い言葉に目を見開くも、言い返すことも出来ずにリボーン君の頭を抱えてビクビクと身体を揺らした。 指の行方に震えるオレの胸元に顔を寄せたリボーン君は、捲り上げた裾から鼻先をねじ込んで胸の先に齧り付く。 痛い、筈なのに痺れるような昂ぶりが身体中を駆け巡った。唇で擦り合わされ、舌で転がされて身悶える。 「ん、クッ…!」 首を振ることでやり過ごそうとした快楽を、指と舌で掬い上げられて一層押し上げられた。 触れられてもいない起立から先走りがしたたり、リボーン君の服にしみを付けていく。イきたくて、我慢出来なくて、震える膝がガクガクと揺れていた。 「離して…っ!ダメ、ダメだ!」 押し退けようと突っ撥ねた手も間に合わず、リボーン君の指で射精させられた起立は白い体液を撒き散らしていった。 ドロリとしたそれがリボーン君の服にかかったことを確認して目を瞠る。浅い息遣いを繰り返す胸の上にいた顔がゆっくりと視線を合わせた。 「指だけでイけるなんて、とんだ淫乱だな」 「ちが」 「違わねぇな。お前は男なら誰でもいい淫乱なんだ」 言い切られて言葉もない。リボーン君以外となんてしたこともないのに、そこまで言われると不安になる。 初めて弄られたというのに、痛いどころか射精までさせられた。どうして、とまた自分に問いかける。 納得のいく言葉をひとつだけ思い付いたが、それを口にしたらお終いだということを知っていた。 . |